ミアラの授業《2》
感想ありがとう、ありがとう。
トテトテと歩く幼女学院長に続き、俺、シイカ、フィオの三人は、学院の中を歩く。
「私の授業では、基本的に遺物研究をしてもらうことになる。理論の勉強も大事だけれど、それは他の先生が教えてくれてるからね。より実践的に、というのが私の授業の信条だ」
「さっき、三年生の先輩が実地研修に出てるって言ってましたけど、それも?」
俺の質問に、ミアラちゃんはコクリと頷く。
「うん、そうだね。どれだけ机の上で魔法を練ることが出来ても、それを本当の意味で自分のものにするには、実際に使って活用しないとダメだと私は考えてる。まあ、それぞれ適性というのがあるから、一概にそうとは言えないんだけれど」
「森にいれば、魔法はいっぱい身に付くわ」
「シイカ、覚えておけ。お前のそれは、相当特殊な例だ」
「……あ、でも、ユウハさんも森の出身なのでは?」
「なら、ユウハも特殊な例ね!」
「いや……まあ、そうなんだが」
フィオの言葉を受け、何故か勝ち誇った表情になるシイカに、苦笑気味にそう答える。
「あははは、君達といると、退屈しないよ。――さ、着いたよ」
そう言って彼女は、廊下の行き止まりにあった大きな扉を開いた。
「おぉ……」
「わぁ……!」
思わずそんな声が、俺とフィオの口から漏れる。シイカはいつも通りである。
――眼前に広がるのは、不自然な程巨大な空間。
そこに武器やら骨董品やら、様々な物品がズラリと丁寧に保管されており、部屋を埋め尽くしていた。
百や二百なんて数じゃない、千は余裕で超える品があるのではなかろうか。
……なるほど、宝物庫か。
俺には価値はわからないが、恐らく途轍もなく希少なものばかりなんだろうな。
「ミアラちゃん、この空間は……」
「うん、空間魔法で実際より広くしてあるよ。座標の連続性も断ち切ってあって、ほとんど亜空間化してあるから、気を付けてね。この中で一人で迷ったら、私が気付かない限り、一生出て来られなくなっちゃうから」
さらっと恐ろしいことを言うミアラちゃん。
亜空間……シイカの尻尾の中にあるらしい、食料の貯蔵庫と似たような空間ということか。
……なんか、一気に凄さが薄れたような気がするな。
いや、多分これは、シイカのやってることが凄いのだろうが。
「さ、君達、この中から、研究の題材とする遺物を選んでくれ。何でもいいよ」
「……この中から?」
「この中から。直感で選んでくれたまえ」
「直感で?」
「直感で」
ニコニコと笑みを浮かべるミアラちゃんは、それ以上の説明をしなかった。
俺達は顔を見合わせると、言われた通り、宝物庫内部の探索を開始する。
本当に、色んなものがあるな。
金色に輝く王冠。
何だか歪な形をした、拳大の宝石が付いている杖。
博物館とかに置いてありそうな、美しい装飾の腕輪。
もうホントによくわからん道具。
古びた、血の儀式で使われてそうな石仮面とかもある。人間やめそう。
俺達が興味を惹かれたものがあると、ミアラちゃんの解説が入る。
何かを呼び出せる壺とか、使用者を守る護符とか、怪物が封印されている封印の書とかを指差して説明するときの彼女の顔が、もうなんかいつもよりニッコニコで、なかなか可愛かった。
ミアラちゃん、こういうのが好きなのね。
「んぅ……」
「? どうした、シイカ?」
何となく、調子が悪そうにしているシイカ。
「ここ、気持ち悪い」
「気持ち悪い?」
「色の違う魔力が、いっぱい。入り混じって、グチャグチャで、気持ち悪い」
そう言って彼女は、シュパッと尻尾を伸ばし、俺の腰に巻き付く。
「……シイカさん、この尻尾は何すか?」
「中和」
……魔力が気持ち悪いから、俺の魔力でそれを中和、って意味か?
……まあ、なんか俺のわからない感覚があるようだし、好きにさせてやるか。
そんなやり取りをしている俺達の横で、フィオが驚いたような声を漏らす。
「う、うわ……こ、この意匠、もしかして古王国時代の杖ですか……?」
「ん、よく勉強してるね。その通りだよ」
「よ、四千年前の品のはずですが……よくこんな、状態が良いものを……」
「ここに保管する際、私が幾らか手入れしたというのはあるけれど、強い魔力の込められた品は、経年劣化がほとんどないからね。内部に込められた魔力が呼び水となって、自然と周囲から魔素を集め、修復する力が働くんだ」
「……なるほど。確かに、ある一定以上の魔力が集まれば、自然と他の魔力、魔素を引き寄せるという研究が――」
「ただ、条件がまだ曖昧なんだよねぇ。同じ環境で実験を行っても、異なる結果が観測されることがあって――」
二人の始めた専門的な会話を聞き流しながら、俺はシイカをくっ付けたまま遺物を見て回り――その時だった。
俺の右手が、ソレを掴む。
「……あ?」
思わず、そんな声が口から漏れる。
俺の意思じゃない。
右手が勝手に動き、知らない間に、何かを掴んでいた。
「…………」
恐る恐ると、自身の右手に視線をやり――これは、刀、か?
鞘はなく、抜き身の状態。
反りのある、片刃の刃。
血を思わせる、非常に濃い紅色をした刀身。
いや、厳密には、刀ではないのだろう。
ただ、似たような構造をしているだけ。
恐らく、製作時のコンセプトが刀と似ているんだろうな。
鍔はない。滑り止めらしい金具が、柄に付けられているだけだ。
そして――刀身に渦巻く、素人の俺ですらわかるような、濃密な魔力。
禍々しい、という言葉がピッタリ来るような刀を、俺の右手が握っていた。
「…………」
とりあえず、変なものを触って変なことになりたくないので、俺はすぐに離そうとし――が、離れない。
俺の指が、俺の指ではないかのように、動いてくれない。
柄に吸い寄せられている、といった感じだ。
「ぐっ、な、何だ、これ!」
「……へぇ? ユウハ君、珍しいものに好かれたね」
「み、ミアラちゃん、何すか、これ!」
いつもニコニコ笑みを浮かべている幼女学院長だが、俺の状態を見て、殊更愉快げな様子で口を開く。
「それは、人を斬り、魔物を斬り、果ては国を崩壊させ、数世紀に渡って命を吸い続けた呪いの魔剣だね。銘はなくて、ただ『災厄を齎すモノ』とだけ伝承が残ってる。外の世界にあると危険過ぎるから、その剣と交渉して、ウチに来てもらったんだ」
いや、怖すぎなんだが。
色々ツッコみたい部分はあるが、とりあえず怖すぎなんだが。
「……あの、この剣、くっ付いて離れないんですけど」
「うん、よっぽど気に入られたんだろう。ちょうどいいから、君の研究の題材はそれにしなよ。大丈夫、それだけ好かれたのなら、君の命を吸うことはないだろうさ。それにその剣、とっても強い力があるから、きっと君のためにもなるよ」
「え、嫌過ぎる――うわっ!?」
……ミアラちゃんの言い方からしても、多分この刀には、どれだけしっかりしたものかはわからないが、意識が存在するのだろう。
いわゆる、インテリジェンス・ウェポン、なんて呼ばれる奴だ。
異世界だし、そういうのもある訳だ。
俺の物言いが不服だったのか、柄を握る俺の指に、チクチクとした抗議のような魔力を流し込んでる。
「ちょっ、やめ、チクチクすな! いい加減離せ――いや、離させろ!」
だが、刀からは『拒否』の意思がこちらに伝わり――と、そこで、不満そうな顔のシイカが、俺の腰に巻き付けていた尻尾を離し、次に刀を掴む右手へと巻き付いてくる。
「ダメ。ユウハの魔力は、私の」
「何度も言うがお前のではないし、つか、話がややこしくなるから入ってくんな!」
その俺達の様子を見て、ニヤリと笑みを浮かべるのは、幼女学院長。
「よし、面白いから、君の研究対象はソレで決定ね! 学院長決定なので、拒否権はないよ!」
「アンタ意外と鬼だな!?」
「……が、頑張ってください、ユウハさん」
同情的な顔で俺を見る、フィオだった。
味方はフィオだけか……。
作者は刀好きです。カッコいいから。
あと、インテリジェンス・ウェポンも好きです。カッコいいから。
あ、今回は大太刀じゃなくて普通の刀だよ。




