表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/148

目が覚めたら捕食寸前だった件《2》


「おわあぁッ!?」


 思わず悲鳴をあげ、本能的な動きで右手を顔の前に出し、頭を守り――。


「ん……?」


 ――不思議そうな声音と共に、今にも俺を食おうとしていたその口が止まる。


「……生きてる?」


 目の前の口の怪物から放たれているとは到底思えない、透き通った、聞き惚れそうになる程の美しい声。


 しかし、今の俺にはそれを気にするだけの余裕はなく、必死に言葉を紡ぐ。


「い、生きてる、生きてるから!」


「……そう。死体じゃなかったの」


 残念そうな声音と共に、ゆっくりと口が閉じられていくのを見て、思わずホッと安堵の息が漏れ――そこで俺は、口の正体に気付く。

 

 


 口の怪物は、少女(・・)だった。




 美しい、ロングの銀髪。

 長い睫毛で彩られた、大きく、宝石のような紅色の瞳。


 神秘的とすら思える、左右対称に整った相貌。


 透き通るような肌をした華奢な肉体を、ボロボロの布切れ一枚で隠しており、そこから、艶めかしく煽情的な、スラリとした手足が覗いている。

 背丈は、俺より頭一つ低いくらいだろうか。


 隔絶された、という形容詞がピッタリ来るような、信じられないような美少女であり――だが、問題は、そこではないのだ。


 決定的に俺とは違う、目を引く部位。


 それは、口である。


 顔に付いている口ではない。


 尻尾に(・・・)付いている口(・・・・・・)だ。


 彼女の腰の後ろからウネウネと動く尻尾が生えており、その先が怪物の口になっているのである。


 今は閉じられているのでただの尻尾にしか見えないが、俺を食おうとした際に、ぐぱぁっと大きく裂け、何倍もに拡張し、中に幾本もの鋭い牙があったのを、もう本当に目の前で確認している。


 その姿に圧倒され、思わず固まってしまっていた俺は、しかし少女――少女だと思われる生物の言葉により、再起動させられる。


「はぁ……久しぶりの、ご飯……あなた、とても美味しそうなのに……」


 俺を食べようとするのはやめてくれたようだが、それでもなお、未練そうに尻尾の先がこちらを向いているのを見て、慌てて言葉を返す。


「ま、待て、言っておくがな、人間は食ってもクソ不味いぞ! 筋張っていて、肉が固くて、しかも食えるところが少なくて」


「……そうなの?」


「あぁ、だから俺を食べるのはやめとけ。食っても吐くぞ」


 勿論、実際に食ったことがある訳ではなく、半ば都市伝説として知っていたものを、適当に誇張して言っているだけである。


 だが、今俺が縋れるものは、言葉のみだ。


 幸い相手には理性と知性があり、会話が成立している。

 この反応からすると、どうやら今までに人間を食ったことがある訳ではなく、非常に空腹であるが故に、倒れていた俺を仕方なく、といったところであるようだが……。


「んぅ……残念……」


 本当に残念そうに、両手を腹部に当て、落胆した様子で肩を落とす怪物少女。


 それに連動して、彼女の尻尾も項垂れるように、がっくりと下を向く。


 ……何と言うか、こんな時にすっげぇマヌケな感想なのだが、随分可愛い動きをする尻尾だな。


 ――とりあえず、食われる未来は回避出来たか。


 とにもかくにも状況を把握するべく、少女の横で、俺はサッと周囲を見渡す。


 やはりここは、森の中であるようだ。

 人の手など一切加えられていない巨大な木々が無秩序に生い茂り、陽の光は感じるものの少し薄暗い。


 いったいどうして俺は、こんなところに倒れていたのだろうか。


 そして、いったいこの怪物少女は、何なのだろうか。

 人間、ではあるのか?


 世界には、まだ誰も知らない、こんな種族も存在していたのか――なんてことが脳裏に浮かぶくらいには、この時はまだ、俺には余裕があった。


 いや、割といっぱいっぱいであったことは間違いないし、だからこそ理解するために、現状確認を必死に行っていた訳だが、しかし思考はまだ正常に働いていた。


 だが、俺は空を見上げ、そのことに気が付いてしまったのだ。


 ん……? と目を凝らし、え、と驚愕に硬直する。


 正常に働いていた脳みそが、停止する。


「……マジか」


 声が掠れる。


 木々の隙間から覗く、青い空。


 そこに浮かぶ、爛々と世界を照らす太陽。




 ――その横に、月のようなもの(・・・・・・・)が二つ(・・・)浮かんでいた(・・・・・・)




 当然ながら、地球の太陽の横に、あんなものは浮かんでいない。


 あまりにも現実離れした光景に、理性が理解することを拒み、だが目の前の圧倒的な現実が、その意味を脳みそへと無理やり叩き付けてくる。


 ――あぁ、そうか。そういうことか。


 なるほど。


 世界にとっての異物は、彼女じゃない。


 この世界(・・・・)にとっての異物は、俺なのだ(・・・・)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ