朝
――朝。
いつもの食堂にて、ゴード料理長のバカ美味い料理の配膳を受け取った俺は、座れるところを探す。
初めて来た際は、人っ子一人いないようなガラガラ具合であったが、学院が始まった今は大分混雑しており、大体の席が埋まっているのだ。
あと、食堂はここ以外にも二つあるらしく、そちらの料理も文句なく美味しいそうだが、やはり一番はゴード料理長の料理であるようだ。シイカ調べ。
アイツの食に対する本気具合は知っているので、この情報の信頼度は高いだろう。うむ。
まあただ、せっかくだから、その内他の食堂も食べに行ってみるか。
出る料理も微妙に差があるようだしな。
ちなみに今、シイカはいない。
アイツもこの辺りの勝手には慣れたらしく、朝一で起きて朝一で配膳を受け取り、俺が軽く身支度を整えた時には部屋でくつろいでやがった。
ホントにもう、飯に関することだけは覚えが早いというか、何と言うか……。
前は律儀に待っていたが、俺としても待たせるのは嫌だし、そういうところで気を遣い合うのは良くないと思うので、無しにさせたのだ。
幸か不幸か、奴とは今後、長い付き合いになるだろうし、少なくともこの学院にいる間は、同じ部屋で過ごし続けるのだ。
余計な気遣いや我慢はしない方が互いのためだろう。
そんなことを思いながら食堂内を歩いていると、空いている席を発見し――と、お。
「うぅ……美味しい……」
その空席の対面側に、つい先日幼女学院長に紹介された少女、フィオ=アルドリッジが座っていた。
何だか泣きそうな顔で、ゴード料理長の料理を食べている。
「あー……フィオ、大丈夫か?」
「っ……あぁ、ユウハさん、でしたね。おはようございます、全然大丈夫です」
「おう、落ち着け。そんな、泣く程美味しかったのか?」
「別に泣いてないです」
「そうか。目元が赤いぞ」
「ぐっ、ぐむぅ……」
「ほら」
「…………ありがとうございます」
フィオは俺からハンカチを受け取ると、目元を拭い、それからポツリと呟く。
「内緒にしてくださいね、ご飯食べてて泣いてたって」
やっぱ泣いてたんじゃねぇか。
俺は苦笑を溢し、空いていた彼女の対面の席に腰を下ろす。
「ここ、座らせてもらうぞ。――まあ、気持ちはわかるけどな。ここの料理が超絶美味いのは間違いないし、ウチのも、初めて食べた時大分感動した様子だったし」
「……そうですね。ユウハさんの相方さんが、ご飯を食べるためにこの学院に来たと言っていたのも、頷ける美味しさです。こんなに心が籠った料理、久しぶりです」
「心?」
「はい。この料理からは、手間暇をかけて、食べた人に美味しいと思ってもらいたい、満足してもらいたいという気持ちが感じられます。本当に……美味しい」
涙は引っ込んだようだが、それでもなお、感動した様子でそう話すフィオ。
どこか、内心を外に出さないような、取り繕うような笑みと共に。
俺は、何と答えるべきか少し悩んでから、冗談めかして肩を竦める。
「……ま、それだけ絶賛してもらえたら、ゴード料理長も嬉しいだろうな。お前、シイカと気が合うんじゃないか?」
「それで気が合うと言われるのも、ちょっとアレなんですが……それにしてもユウハさん、よくシイカさんとあれだけの関係を築くことが出来ましたね?」
「あん? 関係って?」
「いえ、とっても仲が良いようなので。よくまあ彼女と、それだけの仲になったなと」
「そう言われてもな。俺としては、なるようになったから、としか言えんが……トーデス・テイルっていうのは、そんなに怖がられる種なのか? すげー強いってのは、前にミアラちゃんから聞いてるが」
世界最強らしい龍族と渡り合える、という話なので、つまり彼女らトーデス・テイルもまた、世界最強を名乗れる種なのだろう。
だから、強いから怖い、っていうのだったら、わからなくはないが。
「……シイカさんは、確かに外見は普通の、いや普通ではないですね。かなり可愛い女の子です。だから、あまり実感が湧かないのかもしれませんが……今から言うのは、あくまで例えです。角がいっぱい生えていて、牙もいっぱい生えていて、目が八個くらいあって、身体から触手が生えているバケモノが学生服を着ていて、『おっ、同級生だからよろしく!』って声を掛けてきたら、どう思いますか?」
「そりゃあ……初見じゃビビるわな」
なるほど、トーデス・テイルという名前には、それだけの畏怖があるということか。
「勿論、学院長様がこの学院への入学を許可した以上、彼女に危険がある訳じゃないのはわかっているんですが、今まで伝え聞いた情報からの偏見は、どうしてもあると言いますか……正直ちょっと怖いところが……」
「なるほどねぇ。つか、よく考えたら俺も、最初に出会った時に食われ掛けたっけか」
「……えっ、食べられそうになったんですか?」
「あぁ、美味そうだって」
「……だ、大丈夫なんですか? 私、これからシイカさんと同級生として接していく自信がなくなってきたんですが……」
不安そうな顔になるフィオを見て、俺は笑う。
「つっても、一度話してもう理解してると思うが、シイカは相当アレな部分があるから、警戒するだけ無駄だぞ。アイツのことを怖がるくらいなら、その日の夕飯の献立が何かを予想する方がよっぽど有意義な時間だ」
いや、マジで。
俺とて、奴との付き合いが長い訳じゃないが、それこそまだ一か月くらいの付き合いだが、それだけは断言出来るのだ。
と、俺の言葉に、フィオは一瞬ポカンとした顔になってから、クスリと笑う。
「フフ……そうですか。そうなのかもしれませんね。――ユウハさんは、出身はどこなんですか?」
「出身? ……森かな?」
「森? ……あぁ、なるほど、自然と深い関わりのある地域の生まれなんですね。ということは、シイカさんとはそこで?」
「そうだな、それで出会った」
多分盛大に勘違いしているのだろうが、別に嘘という訳でもないので、このまま勘違いしていてもらおう。
「逆に、フィオの方は、どこの出身なんだ?」
「私は……私の方は、内緒で」
「内緒か」
「まあ、特に話すこともない辺鄙なところですよ。何にもないつまらない場所なのですが、学院長様が『ウチに来ないか』って誘ってくださいまして、いい機会だからこうして出て来たんです」
「へぇ……」
……この様子だと、出身に関する話は、あまり聞かれたくないんだろうな。
俺達と同じくミアラちゃんによってこの学院に来たと言うのなら、やはり何かしら事情があるのだろう。
あと、こうして改めて対面して思うが、背が低く、幼さを感じさせる顔立ちはしているものの、フィオには結構落ち着いた雰囲気もあるのがわかる。
可愛らしい顔立ちの中に、大人びた一面が感じられるのだ。
幼女学院長にイジられていた時や、シイカに振り回されていた時は大分面白い感じになっていたが、素の状態はこちらなのかもしれない。
それからも、雑談を続けながら朝食を食べていると、まじまじとフィオがこちらを見詰めてくる。
「? 何だ?」
「いえ……あれですね。ユウハさんは、普通ですね」
「おう、誉め言葉かどうか微妙なラインの言葉だな。否定はしないが」
俺は確かに異世界人で、なんか変な魔力をしてるっぽいが、一般人なのは間違いないし。
「誉め言葉ですよ、誉め言葉。ユウハさんくらい普通なのは、この学院では珍しいですから。むしろ、オンリーワンって感じです。この学院でオンリーワンですよ、ユウハさん。すごいです」
「お前、やっぱりバカにしてるな? 泣いてるのを見られて、実は根に持ってるな?」
「いえ、別に泣いてないですし」
「まだそこを言い張るのか……」
さっき認めてたじゃねぇか。
俺は一つ苦笑を溢し、その場を立ち上がる。
「うし、ごちそうさま。さ、お前も、泣く程美味しかったから味わってゆっくり食べたいのはわかるが、ミアラちゃんの授業に遅れないようにな。今日が初回だろ」
「は、話してたから食べるのが遅くなっただけです!」




