初級剣術授業《2》
超嫌々ながら、俺は、木剣を正中に構える。
ゲルギア先生もまた、真っ直ぐこちらに剣を向け、ゆらりと身体を揺らし――なっ!?
心構えなんてする暇もなく、刹那の間に、いつの間にかゲルギア先生が剣を振りかぶっており、俺の目前に切っ先が迫る。
慌てて剣を挟み込み、ドタマを殴られる前に防御。
が、攻撃はそこで終わらず、まるで生き物が如く伸びてきた突きが、今度は俺の腹部を狙う。
怖ぇわ!
何だよその動き!
どうにかギリギリで、身体を捻り回避に成功するも、攻撃は止まらない。
必死で受け、避け、逃げる。
手加減はしてくれているのだろうが、それでも目で追うのがギリギリの剣撃だ。
さぞ今の俺は、周囲からは無様に見えていることだろう。
「どうした。前に出んと、一生攻撃は続くぞ」
――そう言われても……ッ!
確かにその通りではあるのだ。
俺とゲルギア先生の間に、どうしようもない技術の隔たりがある以上、受け続けるだけではいつか必ず攻撃を食らう。
クソッ、素人に無茶なことやらせやがって……ッ!
剣の心得が何もない俺に出来るのは――見ることだけか。
見ろ。
集中しろ。
剣の動き。
腕の動き。
胴の動き。
足の動き。
視線。
集中が進むにつれ、時間が引き延ばされる感覚。
一秒が、何十倍もの時間に延びていく。
だが、防御にあまりにも必死になっていた俺は、そのことに気付いていなかった。
周囲の音が消える。
雑念が消え去る。
――来る。
上段からの一撃。
だが、これは本命の攻撃じゃない。
剣と腕の動きが上段からの袈裟斬りに見せているが、胴と足が攻撃ではなく別の動きを見せている。
恐らくここから、一歩を踏み込み、俺の陣地を奪いに来る。
フェイントの種類は違うが、先程カルとの組手でも、似たようなことをやっていた。
そこで俺は――逆にこちらから、相手の懐に這入り込んだ。
神経の全てを集中させて見ていたおかげで、ゲルギア先生が木剣を振り、身体が流れた瞬間に動くことに成功する。
一手分、俺に余裕が生まれる。
がら空きの胴。
ここだ。
これを逃したらもう俺に攻撃の機会は来ないと、不格好な形でも思い切り剣を振り抜き――が、空振りさせたはずの木剣がいつの間にか出現し、俺の渾身の一撃は防御される。
なっ、い、今の防御すんの!?
腕の動きが見えなかったんだが!?
ヤバい、特大の隙を晒した。
攻撃に姿勢の全てを持ってかれている今、防御なんて不可能だ。
俺は、ぶん殴られるのを覚悟し、冷や汗ダラダラの状態で後ろに逃げ――が、追撃は来なかった。
ゲルギア先生は、構えを解いていた。
「……ふむ。ユウハ、お前も次回から上級剣術の授業に参加しろ」
「えっ!? ……お、俺、超絶初心者だって言いましたよね?」
「お前は非常に目が良い。二、三発は当てるつもりで放ったが、結局全て防御された。故にお前に必要なものは、一から順序良く教えていく教育ではなく、より多くの経験値を得られる実戦訓練だ。初級、中級の授業では、型を教えることが多く、お前には合っていない」
……目が良い、か。
今、確かに俺は、見ていた。
必死にだったので何にも疑問に思わなかったが……うん、確かに、よく見えていた。
本当に俺の肉体、高スペックなことで。
「うん、僕も先生と同じ意見だよ、ユウハ。基本、基礎は、論ずるまでもなく大事なものだけど、君みたいに本当にゼロからのスタートなら、実戦訓練で動きを覚えてしまった方が効率的だ。それに、僕だけ上級じゃ、つまらないし」
ニヤリと笑うカル。
「……わ、わかりました。そうします」
「うむ、励むと良い」
ゲルギア先生は、コクリと頷いた。
……剣術というものに、心躍るものがあるのは確かだしな。
学びの機会があるのなら……学んでみるか。
と、そこで、シイカが話に参加する。
「む。私は?」
「あー……そうだな。先生、シイカなんですが……」
「ゲルギアを倒せば、私もユウハと同じ授業で良い?」
「お、おい」
その遠慮のない言葉に、だがゲルギア先生は腹を立てた様子もなく、ジッとシイカを見て答える。
「……あぁ、いいだろう。名は、シイカと言ったな。――この際だ、聞け! 他にも我こそは、と思う者がいるのならば、この後順に相手しよう。私と剣を交え、己の力量を見せてみよ。興味がない者は、それはそれで構わん。肉体を鈍らせぬことを目的とするが良い」
そして、三度彼は木剣を構える。
「トーデス・テイルと剣を交えるのは、初めての経験だ。これは組手であるが、そのヒト種とは隔絶された力、存分に見せてみよ」
「? あなた、死なない?」
ちょっと心配そうな声音のシイカの言葉を聞いて、こちらを注視している他の生徒達がざわつくが、逆にゲルギア先生は、楽しそうに笑う。
「心配は無用だ。組手で殺されるような実力しか私が持ち合わせていないのならば、そもそもが教師として失格である。だから、こちらのことは気にするな」
「そう、わかった」
シイカは先程まで俺がいた場所に立つと、手に木剣を持たず、尻尾の口で咥え、構える。
素振りのやり方を教わっていた時は普通に手に持っていたが、まあ、アイツの戦闘は全て尻尾が基点になるしな。
本気で戦うのならば、自ずとそういうスタイルになるのだろう。
「構えはそれで良いのか?」
「さあ、わからないわ。でも、私が戦う時はこうだから」
普段と全く変わらない平静とした様子でそう答え――何の前触れもなく、シイカが攻撃を開始する。
バシュン、と弾丸が発射されるように、木剣が先生へ襲い掛かる。
アイツの尻尾は、普段はそこまでに感じないが、実はそれなりに長い。
よく巻き付かれているので、そのことは知っている。
そして、伸びる。
ゴムのように、とまではいかないのだが、若干の伸縮性があり、故にリーチが長いのだ。
俺だったら多分、普通に食らってアウトだったろうその一撃を、ゲルギア先生は半歩分だけ身体を逸らし、回避。
シイカの攻撃の間合いがかなり広いことを悟ったのか、距離を詰めに動いた彼だったが、シイカはそれを許さず、リーチを生かしてゲルギア先生に次々と斬撃を浴びせ、その場に釘付けにさせる。
――そこからしばらく続く、激しい剣の応酬。
どうやら、俺やカルとやっていた時は、ゲルギア先生は全く本気じゃなかったようだ。
もう、次元が違うのだ。
使っているのが木剣なのに、どうやったら、ドゴォン! とか、ズギャァン! みたいな、ビームでも発射されたんじゃないかって剣戟の音が鳴るんすかね。
正直、シイカを相手にして大丈夫なのかと心配になる部分があったのだが……流石、この学院の教師ということか。
というか、ゲルギア先生マジですごいな。
シイカもまた俺と同じく剣に触ったのが初めてとはいえ、あの尻尾の動きに当たり前のように対応している。
彼は人間だと聞いているが、こっちの世界の人間は、極まったらあんな化け物レベルにまで成長するのか。
他の生徒達も、呆気に取られた顔で二人の戦いを見ているのが、周囲に目を送るとよくわかる。
そうして、二人の次元の違う戦いに俺もまた魅入っていると、バギリ、という音が鳴る。
見ると、尻尾に力を入れ過ぎてしまったのか、シイカが木剣の柄を噛み砕いてしまっていた。
「む……折れちゃったわ。ユウハ、貸して」
「お、おう」
俺が木剣を渡そうとしたところで、しかしゲルギア先生から待ったが入る。
「いや、ここで終わりにしよう。お前と決着をつけるとなると、あと数時間は掛かるであろうし、恐らくどちらかが重い一撃を負って終わりとなるだろう。……全く、学生相手の授業でここまで肝を冷やされるとは」
「そう。じゃあ、私もじょーきゅーで良い?」
「……少し、悩ましいところだな。お前には確かな戦闘能力があるが、恐らく剣術は必要ない。というより、ヒト種の戦闘技能が必要なようには思えん」
苦笑気味の表情で、そう話すゲルギア先生。
……確かに、シイカには自前の牙がある。
今見ていて思ったが、ゲルギア先生は確かな技術を以て組手を行っていたが、シイカの方は、ぶっちゃけ身体能力に物を言わせ、木剣を振り回している感じだった。
それでも、彼と拮抗するだけの実力があるのである。
駆け引きはあったが、多分シイカは、剣なんざなくとも同じことが出来るのだろう。
むしろ、慣れている尻尾の牙を使った方が、強いのかもしれない。木剣の柄を噛み砕く、なんてアクシデントもない訳だしな。
「剣術は必修だが、我々が、お前の役に立つ知識を教えられるかどうかは正直怪しいところだ。そうである以上、無理に受けろとも言えん。お前が望むならば、この授業を別のコマに割り当てることも――」
「ユウハがいないなら、いかない」
食い気味で答えるシイカに、彼は少し考える素振りを見せてから、答える。
「……いいだろう。では、お前もまた、次からは上級剣術の授業に。こちらで、専用のメニューを考えておこう。――さあ、他に私に挑みたいものがいるのならば来い」
ゲルギア先生は俺達の指導から離れ、他の生徒達の相手をし始める。
と、俺が見ていることに気付いたのか、シイカが不思議そうにこちらを見返してくる。
「何?」
「いや……お前もなかなか頑固だなって」
「? 別に、そうでもないわ」
そうかい。
こうして俺達は、上級剣術の授業に参加することが決まったのだった。
間に合ったら今日もう一本投稿しやす。




