授業開始
ブクマが千超えてた。やったぜ。
読んでくれてありがとうありがとう。
「な、何なんですか、あの二人は!?」
「あははは、面白い子達だろう? この学院ではなかなか見ないタイプだね」
「見ないというか、絶対いないですよ!」
ユウハとシイカの二人組と別れた後、思わず声を荒らげるフィオに対し、ミアラはクスクスと笑いながら答える。
「フフ……彼らは少し、事情が特殊でね。元々、自ら志望してこの学院に来た訳ではなく、私が誘う形で来てもらったんだ。だから、こういう言い方は少しアレだけど、他の子達程この学院に思い入れはないのさ」
「! 学院長様が……?」
ミアラ=ニュクスとは、『世界で最も偉大な魔法使いは誰か』という問いにおいて、必ず名を挙げられる人物である。
この学院は、そんな彼女に教えを受けたいがために集まる生徒が多く、だからこそ先程の平然とした態度を見て、愕然としてしまったのだ。
「……何者なのでしょうか、彼らは?」
「私も詳しくは知らないよ。知っていることと言えば、悪い子達ではない、ということだけさ」
ミアラは、言葉を続ける。
「だからという訳じゃないが……君は、あの二人とは仲良くなれると思うよ。少し話した感じ、彼らはこの辺りの出身ではないようでね。君の出自のこととかを聞いても、毛程も気にしないだろうさ」
「……そう、ですか」
絞り出すようにそう答えたフィオに対し、ミアラは慈母を思わせる笑みを浮かべ、少しだけ背伸びをし、少女の頭をポンポンと撫でる。
「大丈夫。君は、ここではただの学生だ。ここにいる限り、私達は必ず君を守るから。もっと、肩の力を抜いていいんだよ」
「……はい、ありがとうございます、学院長様」
「フフ、さっきみたいに、ミアラちゃん様でもいいんだよ?」
「もう……そんな風に呼べる気はしませんよ」
少女の言葉に、さらに小さな背丈の幼女は、ニコリと微笑みを浮かべた。
* * *
入学式から、翌日。
「――私が、あなた達の『基礎魔法理論』を担当するアルテリア=オズバーンよ。基礎と言っても、覚えることは非常に多いだろうから、気を抜かないように。一年の間は、しっかりとこの基礎を学びなさい」
教壇に立っているのは、最近ずっと個人授業を付けてくれていた魔女先生。
だが、今日は、個人授業ではない。
そう、とうとう始まった、正式な授業である。
魔女先生のこのコマは、必修の一つであり、今後一年受けていくものなのだが……やばい。
もう、やばいという単語しか出てこない。
わからないのだ。
前提とする知識が多過ぎて、何を言っているのか理解出来ない。
気分としては、アレだ。
九九を覚えたばっかで、高校の数学をやらされている感じである。
……今日まで魔女先生からは、「最低限の知識は覚えてもらうわ」と言われて教わってきたが、本当にアレは、最低限だったのだろう。ちなみにシイカは寝た。
一朝一夕でどうにかなるものじゃないのはわかっていたが、これは想像以上に差が――なんてことを思っていたのが、面食らっているのは俺だけではなかったようだ。
シイカと反対の、俺の隣に座っている男子生徒が何とも言えない苦笑を浮かべており、仲間がいたことにちょっと安心してしまった俺は、その男子生徒へこっそり話し掛ける。
「なあ、授業わかる、これ? 前提知識多過ぎて、もうついていけてないんだが……」
すると彼は、一瞬驚くような表情をしてから、笑って俺の言葉に答える。
「あぁ、同感だね。この学院のレベルが高いことは知っていたけれど、まさかこんなにとは……今教わっている知識、外だと普通に高等技術として扱われるもののはずだよ。全く、無茶苦茶な学院だ」
多分、人種は魔族だろう。
ダークブロンドの髪に、頭部からは二本の角が生えており、どことなく『王子様』といった風貌の爽やかなイケメンだ。
「マジ? そんなになのか。ぐっ、すでに先が不安だ……」
「ハハ、そうだね。お互い頑張らないと簡単に置いて行かれそうだ。――僕はカルヴァン=エーンゴール。カルと呼んでくれ。魔族で、『ヴァイゼル・デーモン』という種だ。よろしくね」
「おう、俺はユウハだ。こっちは見ての通りの人間だ。よろしくな、カル」
そう挨拶を交わした後、魔族の男子生徒――カルが口を開く。
「それで……実はずっと気になってたんだけど、君が行動を共にしてるそっちの子の種族って、もしかしてトーデス・テイル?」
「ん? あぁ、らしいな。おい、シイカ」
「…………」
こくりこくり、と船を漕いでいるシイカの肩を揺すろうとしたところで、シュン、と伸びてきた彼女の尻尾が、俺のその手に巻き付いてくる。
左に持って行ったり、右に持って行ったりしてみるも、それ以上俺の腕が近付くのを許しはせず、防御してくる。
……これは、本格寝入りだな。
浅い眠りだったらここまで防いで来ず、普通に起こすことが可能なので、今はマジで眠いのだろう。
授業が始まって、朝が早くなったのが理由か。
森で生きて来たためか、俺よりも早起きなことが多いコイツだが、それ故に休める時には休むという本能が強いようなのだ。
これを起こすのは、無理だな。
「すまん、起きそうにねぇ。コイツの名前はシイカだ。大分変な奴なんで、気を付けてくれ」
「そ、そうなのか。……君は、その子と仲が良いのかい? 今日出会ったって感じじゃないみたいだけれど」
「ん、まあ、仲はそれなりだな。ひょんなことから知り合いになって、そのまま一緒にこの学院に来ることになったんだ。付き合いとしちゃあ、そんなに長くない」
「へぇ………うん、なるほどね。この学院は、本当にユニークな人材が多いようだ」
俺の顔を見ながら、意味ありげに笑みを浮かべるカル。
「それに関しちゃ同感だが、その笑みはなんだ。言っておくが、俺は魔法のまの字を学び始めたばかりの凡人だぞ」
「あはは、さあ、どうなんだろうね。まだ知り合って間もない訳だし、そこはこれから見極めさせてもらうよ」
「おう、そうか。自己紹介を交わしたばかりでアレなんだが、カル。お前、良い性格してるって今までに言われたことないか?」
「えー、ないかなぁ。僕は素直で心が清らかな青年として有名だからね」
「うん、大体わかった。お前は良い性格してるよ」
そう言うと俺の新たな友人は、授業中なので静かに、だが愉快そうに肩を揺らして笑ったのだった。
……この学院に来る奴って、もしかして全員コイツくらいクセが強いのだろうか。
* * *
授業終わり。
他の生徒達が教室を後にし始め、カルとも別れた後、結局一度も起きなかったシイカを起こしていると、ちょいちょい、と俺達を手招きする魔女先生。
「で、どうだった、授業?」
「……正直に言うと、何にもわかりませんでした。難しいとか、そういうことを論じられるレベルにすら至ってない感じです。シイカも完全に寝ちゃってましたし」
「ふぁ……わからないものをあんなにいっぱい話されても、理解なんて出来ないし、面白くないわ」
大あくびを一つ溢しながら、そう答えるシイカ。
今日までの様子からして、コイツは別に、勉強嫌いって訳じゃないっぽいしな。
難しい、というのは、一定のラインの理解があっての判断だ。
今の俺達は、そうじゃない。
その、一定のラインのさらに下にいる。
「まあ、そうよねぇ。今日のは、私があなた達に教えたものの、恐らく二段階は上にあるでしょう。それでも、地続きの技術ではあるの。もうちょっと学べば、恐らく理解出来るようになると思うわ」
二段階か……。
それならまだ、頑張れば追い付ける、と信じたいところである。
「二人は――いえ、ユウハ君は、授業は決めてる?」
シイカは俺と同じものを受けるだけと理解している魔女先生が、そう問い掛ける。
「考えてはいますけど、知らないものばっか――というか、知らないものしかないので、魔女先生に相談しようと思ってました」
「……先に聞いておくけれど、魔女先生って、私?」
「え? はい、すごく正統派の魔女みたいな先生だと思って。ダメでした?」
「魔女の人は、魔女の人よ」
「……いや、ダメってことはないわ。フフ、好きに呼んでちょうだい。――わかったわ、とりあえず、一コマ補習授業を入れましょうか。面倒かもしれないけれど、ちゃんと単位として換算出来るようにしておくから。どうかしら?」
「! わかりました、お願いします」
「ん、じゃあ私の方で手配しておくから、またそちらは後で連絡するわね。それで、選択授業の方は、時間があるなら今から聞いてあげるけど」
「あ、じゃあ、それもお願いします! 割と途方に暮れてたんで」
「面白いのをお願い」
そうして俺達は、彼女に選択授業の相談をしていく――。




