最初の客
学院祭開幕後、ミアラちゃんはやって来るお偉いさんを迎えるためこの場を去って行き、アリア先輩もまた生徒会として彼女の手伝いをするべく付いて行った。
フィオはクラスの手伝いが少しあるようで彼女もいなくなり、オルガ先輩は特に何もないが、今日は店番の担当じゃないので普通に学院祭を見て回っていることだろう。
なお、恰好は皆、当然あのままである。ミアラちゃんとかマジすげぇ似合ってたが、あのままお偉いさんの前とか普通に出られるの、やはり無敵って感じだ。
隣でミアラちゃんと同じ格好をしているアリア先輩の、恥ずかしそうにしている顔が目に浮かぶ。
つまり、現在の店番は、俺とシイカの二人だ。
開幕直後はミアラちゃん達が忙しくなる、ということが初めからわかっていたので、問題はない。
学院祭が始まって、真っ先に飯を買いに来るお客さんも少ないだろうし、しばらくは暇だろう。朝食を食い損ねたりした人、とかが来るくらいではなかろうか。
なので、時間帯的に昼に差し掛かるような、もう一時間半くらいしたらここも人が多くなるだろうと予想して、そこでフィオが接客に参加することになっている。
「ユウハ」
「何だ」
「美味しそうな匂いがしてるのに、食べられないの……これ、なかなか地獄だわ。一個くらい食べていい?」
「ダメ」
売り物なのでダメです。
「むぅ……接客がこんなに辛いなんて、知らなかったわ。ゴードとか、毎日大変なのね」
「あの人は生粋の料理人だから、食べることより食べてもらうことの方が好きなんだろうよ」
「聖人かしら」
「その意見には全面的に同意だ」
超良い人だからな、ゴード料理長。
話も面白いし。
「まあでも、最近はお前も、食べるばっかりじゃなくて、俺達に料理作ってくれたりするだろ? 俺としたら同じくらい嬉しいし、同じくらいお前の料理食べるの楽しみだし、同じくらい好きだけどな」
シイカは、一度こちらを見た後、ただ一言呟いた。
「……そう」
「……? 何だよ」
「何が?」
「いや、何で顔背けるんだよ」
「何でもないわ」
「何でもないことはないだろ」
何だ、その尻尾の動き。
初めて見るぞ。
白い肌をほんのり赤くさせているシイカに、照れているのだろうか――なんてことを考えていた時、俺達の店に、最初のお客さんがやって来る。
「ほう……随分と特異な魔力をしている。そして、『トーデス・テイル』か。流石、この学院と言うべきか」
「! いらっしゃいませ」
「いらっしゃい」
興味深そうな眼差しをこちらに送るのは、筋骨隆々の、恐らく魔族であろう大柄な男性。
華美ではないのだが、それでも何となく高級そうだと感じられる衣服に身を包んでおり、こう言ったら失礼かもしれないが、強面に似合わないような品の良さが立ち振る舞いから感じられる。
高級軍人とか、そういう感じだろうか。
……というか、ん?
初対面なのは間違いないのだが……何故か、初めて会ったような気がしない。
その感覚に首を捻っていると、俺の疑問の答えをシイカが言う。
「魔力の質が、カルに似てるわね」
「……あぁ! そうか、アイツに似てるのか」
魔力の質はわからないが、顔立ちがどことなく、カルに似ているのだ。身体付きは全く似ていないが。
アイツは相当細身だが、こっちの人は、プロレスラーもかくやという、ゲルギア先生とどっこいどっこいの身体付きをしているし。
いや、もしかするとゲルギア先生よりもゴツいかもしれない。
と、俺達の会話を聞いて、向こうもこちらがカルと知り合いだと理解したらしい。
「カルというのは、カルヴァンか。彼奴を知っているのか?」
「ユウハは、カルと仲良しよ」
「えーっと、えぇ、まあ、同じクラスなので。友人ではありますね。ご家族の方で?」
その俺の言葉に、大柄な彼は、何だか面白そうに笑みを浮かべ、答える。
「……ふむ、そうだな。近しい親戚ではあるだろう」
近しい親戚……あ、そういやアイツ、夏休みに実家に帰ったら、叔父に剣で扱かれて大変だったっつってたっけ。
剣こそ佩いてないが、この人ガタイ良いし、戦いとかを生業にはしてそうだな。
「もしかして、カルが言っていた、剣好きの叔父さんですか? 実家に帰ったら、よく剣の相手をさせられるっていう」
「剣好きの叔父……クックッ、そうだな、恐らくそれだろう。何だ、奴は家のことを話しているのか」
「いえ、あんまり聞いてほしくなさそうだったので、詳しくは知らないですよ。えっとー……貴族の方だというのはわかるんですが……」
「面倒そうな家だっていうのは知ってるわ」
「あっ、バカ」
「いや、いい。実際に面倒だからな。それに、ミアラ=ニュクスの膝元で、貴族だ何だとふんぞり返る程間抜けなこともあるまい。それも気にしなくていい」
これだけ威圧感のある風貌で、しかも初対面だというのに意外と話しやすいのは、やはりアイツとの血の繋がりを思わせるからだろうか。
見た目とか、似ていない部分も多々あるのだが……『在り方』が、似ているというか。
この短いやり取りでも、何となく、カルと同じルートで育ったのではないか、と思わせるところが垣間見える感じがある。
うーん、面白いな。
「よし、その料理を一つ貰おう。――お前達の名前を聞いてもいいか」
「ありがとうございます! 俺はユウハです」
「シイカよ」
「ユウハとシイカか。俺は……ふむ、ま、そのままカルヴァンの親戚の、『剣好き叔父』と呼んでくれればいい。お前達の名は、覚えておこう」
剣好き叔父、というフレーズが気に入ったのか、どことなく機嫌が良さそうな様子で、そう話すカルの親戚さん。
お代を貰った後、作った軽食を渡すと、彼は手に持ったそれを豪快に食べ、「美味いな……では、縁があれば、また」と言って、この場を去って行った。
「ん、カルの家族って感じの人だったわね」
「やっぱお前もそう思ったか。似てたな、結構」
「雰囲気が一緒だったわ」
――この場に、一目で「カルヴァン=エーンゴールの叔父」の正体がわかるような、例えばフィオや、アリア先輩や、ミアラちゃんがいなかったこと。
それが幸だったのか不幸だったのか、この時の俺は、知る由もなかった。
ただ、こっちに名前を聞いた割には、自分が名乗るのを躊躇したように見えたのを、少し不思議に思うくらいだった。




