学院祭開始《2》
クラスの準備は、全員で取り掛かることにより、大慌てでどうにかしなきゃいけない、という段階は無事に過ぎ、そのタイミングで俺とシイカはそっちを抜け、ミアラちゃんの屋台へと向かった。
なお、俺達の屋台の看板も事前に作ったのだが、そのまま『ミアラちゃんの屋台』という名前である。
ぶっちゃけ、他のところと比べても、一番集客効果の高い名前だと思っている。これ以上のネームバリューは存在しないだろう。
まあ、あんまり忙しくなりすぎても、ちょっと困るんだけどな。別に、儲けたいと思ってやる訳じゃないんだし。
まだ少し早いが、時間が近付いてくるにつれ、遠くからこちらへやって来る飛行船の量が増し、学院にある飛行場に次々と降りては、また戻っていくのが窺える。
正面門の方では、すでに馬車やら魔導車やらを中へと入れ始めており、衛兵さん方が大忙しで対応している。
すでに結構な人の量になっており、この学院の知名度がいったいどれ程のものなのかがよくわかるな。
――屋台があるのは、学院の城壁にある正面門から入って、少し行った先にある中庭。
すでにフィオはおり、先に準備を始めてくれていたようで、俺達が行くとこちらに手を振ってくる。
「おはようございます、二人とも!」
「おはよう、フィオ」
「はよ、フィオ――と、オルガ先輩」
俺達が彼女のところ向かうのと同時、別の方向から現れる、オルガ先輩。
「おはよう一年生諸君。眠いから僕、帰っていいかい」
「えー、ダメです」
あくびを溢しながら挨拶するオルガ先輩。
うん、いつも通りである。
「オルガは、カエンより怠け者ね」
「こういう日でも変わらないの、むしろ大したものですよね、オルガ先輩……」
呆れた様子の女子二人に対し、オルガ先輩は笑いながら肩を竦める。
「じょーだんだよぉ、じょーだん。いかに僕とて、今日みたいなイベントで、部屋でのんびりなんかしないさ。準備とかするのは面倒だなぁって思ってるけど」
「もう当日なんで諦めてください」
いつも通りの彼に苦笑を溢していると、最後にミアラちゃんとアリア先輩の二人がやって来る。
「おはようみんな! オルガ君もちゃんと起きてるね!」
「おはよー! ユウハ君とシイカちゃんはさっきぶり!」
「おはようございます!」
「おはよう、ミアラちゃん、アリア」
「おはよーございます。いや、流石に僕でも、ここで寝坊はしないですよ」
「おはようございます。ミアラちゃん、可愛いですね、その魔女衣装」
「よく似合ってます、学院長様!」
俺とフィオの誉め言葉に、ミアラちゃんはニッコニコ顔で、嬉しそうに笑う。
「ありがとう、二人とも! 新しく用意してみたんだけど、そう言ってくれると嬉しいよ」
とんがり帽子の魔女衣装、という点はいつもと一緒なのだが、今日のは意匠が、なかなかに可愛らしい。
具体的には、「魔法少女☆」みたいな、日朝にやってそうなアニメを思わせる格好なのだが、それでいて格式高い、フォーマルさもある感じだ。ミアラちゃんに非常によくマッチしている。
「ちなみに、女の子達の分は用意したので、今から着替えてね! ユウハ君とオルガ君は、はいこれ! 猫耳と狼耳! どっちがどっちを被るかは二人で決めてね!」
そう言って彼女は、ババーンと同じ意匠の魔女服に、猫耳付きヘアピンと狼耳付きヘアピンを取り出す。
なお、何もないところから当たり前のようにこれらを取り出したが、今のは空間魔法に属するもので、普通に高等魔法である。俺も使えるようになりてぇ。
「えっ……き、着替えるんですか?」
「……何か企んでる顔をしてると思ったら、それだったんですね」
「うん、突然で悪いんだけどね! 昨日の夕方思い付いちゃって、そのまま作ったのさ!」
全くこの人は、という顔をするフィオとアリア先輩に、一切悪びれた様子もなく、テンション高くそう言うミアラちゃんである。あなたが楽しそうで何よりです。
しかも、お手製なのか、それ。
十中八九何か魔法を用いたのだろうが、よくそんな短時間で作れたものである。
「ってか、俺達の分は耳なんすね。いや、いいんですが」
「あ、可愛い服が良かった? いいよ、じゃあ明日は君達用の作ってきてあげる! フリフリスカートの可愛い奴!」
「……ちょ、ちょっと見てみたいですね、それ」
「仲間外れは良くないものね! 学院長様、私も作るの、手伝います」
「一緒なのは、いいことね」
「ホントに勘弁してください」
このままだと真面目に作られてしまいそうなので、苦笑しながら俺は、話を流すべく耳を受け取る。
「オルガ先輩、どっち付けます?」
「はい、狼! 僕狼ね!」
「あ、はい、わかりました」
意外とノリノリのオルガ先輩に狼耳ヘアピンを渡し、俺は残った猫耳ヘアピンを頭に付ける。
男の猫耳にいったいどんな価値があるのかと言いたいところだが、まあお祭りだし、いいか。
後でシェナ先輩にでも見せに行ってみるかね。
「おー……似合ってますよ、ユウハさん。なかなか可愛いですね!」
「そうね。面白くて可愛いわ、ユウハ」
「ありがとう、フィオ、シイカ。お前らの評価に喜んでいいのかどうか、微妙な気分ではあるが」
「オルガ君はー……うん、怠け者が、怠け者狼になった、って感じね」
「全ての種族を怠惰に……それが今の僕の生きる目的です」
「ハハハ、うん、二人ともいいね、似合ってるよ。よーし、じゃあ女の子達、着替えて来てねー!」
◇ ◇ ◇
少しして、ミアラちゃん謹製らしい魔女衣装に着替えた三人が、こちらへ戻ってくる。
「おー、よく似合ってるなぁ。特に……うん、フィオ、よく似合ってるな」
「……何か含みがある言い方ですね、ユウハさん?」
この、フィオとミアラちゃんの本物感よ。
「いや、可愛いぞ。間違いなく。……よし、フィオ。『魔法少女☆マジカルフィオ! みんなの平和は私が守る!』って決めポーズしながら言ってくれ」
「絶対に嫌です」
「お、いいね、それ。じゃあフィオちゃん。あとで私と一緒にやろうか、それ」
「……え、ほ、本気で言ってます、学院長様」
「お祭りだからね、精一杯楽しまないと!」
「……ひ、人がいないところでなら」
「ダメー、学院長権限でみんなの前でやります!」
「…………」
顔が引き攣るフィオ。
無敵である、ミアラちゃん。
「……な、なら、ここにいるみんなで、一緒にやってもらいますからね! シイカさんとアリア先輩にも、そ、その魔法少女何たらをやってもらって、ユウハさんとオルガ先輩はそれぞれ猫っぽいポーズと狼っぽいポーズを!」
「? えぇ、別に構わないわ」
「わ、私はちょっと恥ずかしいわね……一人じゃないならいいけど」
「狼っぽいポーズって何かな。ガオーって感じでいいのかな?」
「いいね、みんなで屋台の宣伝がてら、それしようか!」
マズい、飛び火した。
「ね、猫っぽいポーズやんの? 俺が?」
「人にやらせる以上、自分もやらないとね、ユウハ君!」
「そうです、ユウハさんが言い出したことなんですから! なら、率先してやってもらわないと!」
お前だけは絶対に逃がさないと言いたげな瞳で俺を見ながら、そう言うフィオ。
し、しまった、追い詰め過ぎたか……! いや、追い打ちかけたの俺じゃなくてミアラちゃんなんだけどさ!
なんて、皆でふざけている内に学院祭の開始が近付いてきたようで、ミアラちゃんが時計を確認した後、俺達に言う。
「よし、あともうちょっとだから、花火の打ち上げ準備しようか! 移動するよー!」
花火の打ち上げる場所は、今回はどこも使わないらしい訓練場の一つ。
若干の緊張と、それ以上の高揚と。
まあ、オルガ先輩はいつも通りな感じだし、シイカも顔にはあまり感情が出ない訳だが、それでもこの二人もまた、普段よりも高揚しているのは間違いないのだろう。
やがて、訪れる時間。
「行くよ! 五、四、三、二、一――今!」
ミアラちゃんの合図で、俺達は練り上げた魔力を魔法に昇華し――そして、空高くそれを打ち上げた。
ヒュウゥ、と昇って行った魔力の塊が、設定している高度まで到達すると同時、爆ぜる。
パァン、パァン、と連続して花開く火花。
学院全体から、歓声が上がる。
一気に高まる熱気。
先程までの、直前の準備の時とはまた違った喧騒。
どうやら、待たされていたお客さん方が、中へと入って来たらしい。
……いいな。
こういう空気は、いい。ワクワクする。
「さあ、みんな。学院祭を楽しもうか!」
ミアラちゃんの笑顔に、俺達もまた笑顔で、『おー!』と応えたのだった。