学院祭開始
遅れてすまん!
朝。
『お前様、朝じゃぞー』
「ん……あぁ……」
基本的に寝ない華焔の声によって、日が昇り始め、という非常に早い時間帯に目を覚ました俺は、数度目蓋を瞬かせ、意識に覚醒を促す。
昨日は、相当早くにベッドに入ったのだが……それでもやっぱり、眠い。いつも以上に、ベッドの誘惑が強い。
ぐおお、だが今日は起きねば。
今日に限っては、二度寝は許されないのだ。いや、普段も許されんが。
と、その俺が動くわずかな気配を感じ取ったらしく、隣のベッドで眠るシイカもまた、目を覚ましたらしい。
ピク、と最初に尻尾が動き、それから少しして本体もまた動き出す。
「ん……朝ね」
「おはよう、お前ら」
「おはよう」
『おはよー』
「……クルル」
「あ、ギンラ起こしちまったか。おはよう」
「……クル」
「はは、ま、そうだな。今日みたいな日にただ寝てたら、お前でも勿体ないか」
「……よし、私も起きた。早くご飯食べて、行きましょう! お腹空いたわ」
「ん、クソ眠いが、そうしよう」
『朝早くからご苦労じゃのー、お前様ら』
「そりゃあな、今日のためにここんところ、頑張ってきたんだからよ」
起きた俺達は、そんな会話を交わしながら、顔を洗い、寝間着を着替え、髪を梳かし、朝食を食べるため食堂に向かう。
いつもよりも一時間半は早いであろう時間帯なのだが、俺達以外にもチラホラと起きて来た人らがいるようで、その中に知り合いの先輩二人の姿が見られる。
「あら、おはよう、あなた達」
「……おはよ」
「おはよう、アリア、シェナ」
「おはよー」
「クルル」
「おはようございます、アリア先輩、シェナ先輩。すごい眠そうっすね、シェナ先輩は」
「……私、朝、そんなに得意じゃない」
「フフ、寝起きのシェナはもう、ぐでんぐでんよ、ぐでんぐでん。普段色々私がしてもらうことが多いけれど、朝は私が起こすことが多いわね」
半分目が閉じており、フニャフニャな動きをする猫耳と尻尾。
相変わらず、普段しっかりしているのに、弱点の多い人である。
と、その半開きの瞳で彼女は、俺の肩に乗っているギンラを見て、一言。
「……あ、枕」
「ク、クル!?」
「先輩、それ毛がいっぱいで触り心地が良い感じですけど、枕じゃないです。ドラゴンです」
「似たようなものよ」
「……そうですね。よし、ギンラ。先輩がご所望だ。枕になれ」
「…………」
そんなことを話しながら、俺達は同じテーブルに付き、朝食を食べ始めた。
――今日、とうとう、学院祭が始まる。
◇ ◇ ◇
学院祭の開始は、朝の十時から。
大体一時間前にはどこも集合するだろうが、逆に言えばそれまでは時間がある。
前日の準備がしっかりと終わり、余裕を持ってゆっくりしているところもあれば、未だ準備が終わらず、この非常に朝早い段階から超大忙しで動き回っている様子が窺える。
これぞ、学生の祭り、といった感じだな。
そして、俺達が参加する、まずミアラちゃんの屋台の方は、準備するものも少なく料理を始めるのも直前からの予定なので、もう万全の態勢だ。後は開始を待つだけである。
では、もう一つの、喫茶店をやる予定の我がクラスの方はと言うと――。
「おい、ここ、装飾抜けてる!」
「待って、コップ! コップどこ?」
「椅子足りてないぞ、椅子どこだ!?」
……なかなか混沌としているが、まあ九割五分の準備は終了しており、時間にもまだ余裕があるので、開始までには何とかなるだろう。
いやはや、貴族が多いからか――いや、単純に学生だからか。
全員で「もう大丈夫だろう」というところまで用意していたはずなのに、直前になって出て来る問題の多いこと多いこと。
我がクラスの学院祭委員長であるジオとエルヴィーラが、すでに慌ただしく動き回り、指示出しを行っている。
まあ、昨日の時点でこうなる可能性が見えていたので、今日早起きしたんだがな。
俺は、こっちは裏方に徹するつもりだが、今こそ仕事をすべき時、といったところだ。
「手伝うわ。エル、何すればいい?」
「ありがと! じゃあこっち――」
やる気満々のシイカが、一緒に買い出しに行って以来仲良くなったエルヴィーラに指示を求める。
シイカもまた、この空気に気分が高揚しているようで、いつもよりも数倍のテンションの高さだ。
心なしか尻尾の動きも、いつもよりテンション高めで、シイカをよく知らない学院の生徒がこっちを見て、時折ギョッとしている様子を見ている。
あの尻尾をどうするかはちょっと悩んだが、ここは学院であり、シイカはそこに受け入れられた生徒なので、姿は今のままでいさせるつもりだ。
こっちから外に出る時はともかく、ここにいても姿を偽らなければならないのは、違うだろう。来訪者には存分にギョッとしてもらうことにしよう。
あと、すでに華焔とギンラとは別れているのだが、彼女らは後程ルーとも合流して、一人と一刀と一匹で学院祭回ることにしたようだ。
時間が空いたら、俺もそこに参加するつもりだ。楽しみだな。
ま、とりあえず今は、シイカと共にここの手伝いを――と思った時、俺の友人が二人、準備のためにこの場へとやって来る。
その姿を見て、俺は思わず、満面の笑みを浮かべていた。
「ほーほー! 似合ってるじゃねぇか、カル、ジャナル。良い美男子具合だ。流石、お貴族様で」
「ぶっ飛ばすぞ」
「いやいや、わかるかい? 僕らから滲み出てしまう高貴さが」
不機嫌そうに鼻を鳴らすジャナルと、逆にノリノリのカル。
接客用に、いつもの制服ではなく……いや、制服ではあるのか。
まあとにかく、給仕服をすでに着込んでいる二人なのだが、それがよく似合っている。いわゆる、乙女ゲーとかの攻略対象にいそう。
そう、裏方に徹する予定の俺とは違い、コイツらは接客に選ばれた。
ツラが良いからな、さぞ人気が出ることだろう。
「……何でコイツと一緒に接客せにゃならねぇんだ……やっぱりお前が代わりに接客やれ。今すぐ俺と代わりやがれ」
「残念だが俺はミアラちゃんの方の屋台をやる予定だからな! 頑張ってくれたまえ、給仕君。あ、喉渇いたからお茶くれ。給仕だろ?」
「テメェの血を搾って沸かしてやろうか」
「おうおう、客にそんな態度でいいのか? カル、手本を見せてやってくれたまえ」
「お客様、紅茶でございます。どうか、良きひと時を」
「うむ、素晴らしい。満点。さ、ジャナル、続けてどうぞ」
「テメェらが土下座するまでぶん殴る」




