役割
「――ユウハ君、杖扱うの、下手ねぇ」
少し呆れた顔でそう言うのは、俺達の補習授業を見てくれている、魔女先生。
学院祭まで数日、というところではあるが、当然ながら授業は普通にある。
流石にもう、魔法というものにも大分慣れてきたし、理解度も以前より相当進んではいるが、それでもまだ俺とシイカは、他の生徒達と同じところに立っている訳ではないので、下半期に入った今でも補習授業が変わらず続いているのだ。
「普通に魔法を発動する時より、やりやすさはあるんですが……そのせいでなんか、調整が難しいんですよね……」
先日用意してもらった、俺用に調整された腕輪型の杖。
これによって、通常時よりも魔法自体は発動しやすくなっているのだが、その分細かい威力の調整が――今は指定された魔法を指定された出力で発動する、という練習をしているのだが、あまり上手くいかない。
術式による魔法は、最初にしっかり設定すればその通りに発動する訳だが、その『設定』というものは、何もない白紙に自分で一から枠組みを作り、数字を代入し、魔力で以て顕現させる。
杖はその辺りの組み立てを補助するものだが、あくまで補助なのである。白紙から自分で組み立てるという部分は、変わらないのだ。
だから、たとえ杖があろうと、下手が突然魔法が上手くなる訳ではないのである。
「カエンちゃんに慣れ過ぎたわね。ユウハ君がどんな出力で魔法を使おうとも、あの子が過不足なく全て調整するから、細かく自らでそれをする、っていう技術が他に比べてあまり成長してないわ。……あとは、原初魔法に慣れちゃったせいもあるかしら」
……原初魔法ならば、発動した魔法に過不足があっても、その時々で調整出来るからな。
「アイツが鼻高々に、『儂だけでいいのに!』って言う訳ですね」
「まあねぇ。こういう細かな調整っていうのは、出来たら良い技術ではあるけど、必ずしも必要なものではないからね。で、そういう必要な時にカエンちゃんがいれば済むものでもある訳だし。成績は悪くなるけど」
「……その一言は言わなくてもいいじゃないっすか」
「フフ、ごめんなさい。ま、あなた達は間違いなく良く頑張ってるわ。全く何も知らないところからの勉強だったのだから。下半期いっぱいは、このまま補習を受けてもらうだろうけれど、来年度からはその必要もなくなると思うわ」
「ユウハ、頑張って」
いつも通り俺と一緒に補習授業を受けているシイカの、他人事のような応援に、思わず俺は一つため息を溢した。
魔法に関しては、シイカの能力は完璧なので、もう術式での魔法も俺より上手い。
その、『術式を覚える』というのが面倒くさいので、俺と同じくらいの成績になっている訳だが、コイツの原初魔法は普通に教師陣とかより優れている場合があるので、問題ないのだ。はぁ……。
と、まだまだ色んなものが足りていない状況にちょっと悲しくなっていると、こちらの意識を切り替えるように魔女先生が口を開く。
「さ、今日はこのくらいで切り上げましょうか。学院祭も近いしね。どうなの、進み具合は」
「みんな、準備ですでに楽しそうにしてますね。クラスの連中もそうなんですが、特にミアラちゃんなんかは、もうすごいニコニコ顔ですよ、ニコニコ」
「いつもより、もっと上機嫌ね」
俺達の言葉に、苦笑を溢す魔女先生。
「あー、そうねぇ。あの方はこの時期、そうなるわね。しかも、今年は久しぶりに出る側としてやれるからか、職員室とかでも嬉しそうにしているわよ。だから……それを見ている私達としても、ちょっと嬉しいのよね。あなた達が来てくれたおかげで、人数が揃って出られるようになった訳だから」
「そう言ってもらえると、こっちとしても嬉しいですね。ミアラちゃんにはお世話になりっ放しですし。毎日、俺達の知らないところでもかなり大変な思いをしてるんだと思いますし、こういう時に思いっきり息抜きしてほしいですね」
「そうねぇ、その通りね……」
そんなことを話しながら、ふとその時、俺の脳裏にある考えが過ぎった。
――仮に、だ
仮に、ミアラちゃんの精神が限界に達し、怒りで我を忘れるようなことがあったら。
世界は、いったいどうなってしまうのか。
彼女より強い生物など、この世に存在しない以上、この世界がこの世界のまま、形を保ち続けることは果たして出来るのだろうか。
勿論、あの人がそんなことをする訳がないということはわかっているのだが――もしかすると、だ。
ミアラちゃんがそうなってしまうような未来というのは……あったのかもしれない。
俺達がこの学院に来てから、最初に起こった、学院襲撃。
あれは、奇跡的に犠牲者ゼロで済み、学院への被害も比較的少なく済んだようだが、下手をすれば何十人か生徒が死んでいてもおかしくなかった。
ミアラちゃんが大事にしている生徒達に、大きな被害が及ぶ可能性があった。
世に出てはならないような危険なものを多く保管している――具体的には、華焔と同程度の危険物が多数存在するらしい『宝物庫』にも、恐らく大きな被害が出ていただろう。
次は、魔法杯。
生徒達の競技会が行われている裏で、邪教による儀式が進行しており、さらにその儀式の裏にすら、何物かが関与していた可能性があるという。
あれに関しては、最初から敵の輪郭をミアラちゃんがしっかり捉えていたので、大事になることはなかったと思うが……その『裏』に関しては、今もまだ、解決していないのだ。
そして、この学院祭でも感じる、何者かの動く気配。
学院城門でのスパイ騒ぎに、俺が森で遭遇した怪しい一団、さらには街へ行った際に巻き込まれた、馬車の事故。
あの事故は、学院と提携してた例の店を狙って行われたものだったのではないか、と推測されているようで、そこにどんな目的があるのかはわからないが、学院に対する何かしらの『攻撃』の一つではあると見られているそうだ。
……こうして考えてみると、最初の学院襲撃という一手が失敗したから、搦め手に移ったような印象がある。
最初のは、何十人か死んでいてもおかしくなかったが、それ以降のものは、もっと深く、遠回りなところでの動きに見えるからだ。
今まで、ミアラちゃんに対して、こうもあからさまに敵対するような愚か者はいなかったそうだが、今は、どこかにそれがいる。
そして――ソイツがついに行動を起こした今年に、俺がこの世界へと迷い込み、シイカと共に学院へ入学し、様々なことに遭遇してきた。
俺が世界を渡った理由というのは、もしかすると――。
「――ユウハ君? どうしたの?」
「ユウハ、お腹、空いちゃったのかしら。お腹空いてると、ボーっとするものね」
「ん、あ、いや……何でもない」
遠くを彷徨っていた思考が、戻ってくる。
……ま、やられるばかりのミアラちゃんでもないだろう。
狙われているのがわかっている以上、何らかの対策は、必ず考えているはずだ。
だから、俺は、今までと変わらず、ただ俺が出来ることをするだけだ。
大した取り柄もなく、こうして補習授業を受けなければならないくらいの魔法技能しかなく、にもかかわらず肉体スペックだけは異常に高い俺だが……それでも、覚悟を決め、覚悟と共にぶち当たることは出来る。
難しいことを考えずとも、俺はミアラちゃんが好きだし、その敵にはくたばってほしいのだから。
「……うし、学院祭、頑張るか!」
「ん、楽しみね」
「フフ、いっぱい楽しみなさい」
数日後、学院祭が、開幕する。




