準備《1》
――学院に帰った後。
「全く、情けないのぅ! お前様は、もっと修行を増やさないとダメじゃね」
「そうね。まだまだダメダメだわ。今のままだと、一人で森に入ったらやっぱり死んじゃうわね」
「困ったものじゃ。最近忙しくしておって時間があまり取れんし、こうなってくると睡眠時間を削らんとか……」
「勘弁してください」
俺は一般人なのだ。
お前らの超人育成計画は、もう諦めて付き合うとしても、睡眠時間は勘弁してください。
「そう言えばあの時のユウハ、咄嗟に腰に手を回してたから、無意識に華焔を探してたみたい」
「あっ、バっ、お前!」
「! へ~? ふーん、そうなんだ。ま、確かに儂がおらん状況じゃったし、仕方ない部分があったとは言えるかもしれんの!」
途端に上機嫌になり、ニヤニヤと俺を見る華焔。
「……あぁ、そうだよ! 俺はお前がいないと戦えねぇ!」
「んふー、そうかそうか! ま、その分は差し引いて考えてやるとしよう! 全く、じゃから儂も連れてけと言うたのに」
「……いつも助けられてるよ、お前らには」
ぶっきらぼうにそう言うと、華焔は上機嫌そうな、からかうような笑みで俺の顔を覗き込むような動作をし、シイカはフフンと得意げな顔をする。
ポンと俺の肩に乗っかったギンラが、「まあまあ、落ち着けよ、俺達じゃ、何言ってもどうしようもなんねぇって」と言いたげな様子で、クルルと鳴く。
……お前ももう、順当に飼い慣らされてるな、コイツらに。
つっても、コイツが飼い慣らされているということは、同じ立場である俺も飼い慣らされていることになるのだが。
いや、実際コイツらには逆らえん以上、その通りなのだろう。
泣ける。
◇ ◇ ◇
学院祭の準備は、滞りなく進んでいる。
色々と何か変なことが起こり続けたが、気にしてばかりではいられないので、ミアラちゃん達大人に事情を話しはしたが、後は任せている。
つか、まあ、本来俺達が関わるようなものじゃないしな。
クラスの方も、ミアラちゃんの授業の方も、万事が順調という訳ではなく、多少問題があったりはしたが、まあどうにか形にはなっている。
具体的には、貴族が多いクラスメイト達が、庶民のことを知らないので何か変な思い込みで物事をやろうとしたり、アリア先輩がまたぞろ料理をしようとして止めることになったりと、ちょっと大変だったりもしたのだが、まあこれはこれで楽しいもんなので、良しとしよう。
ミアラちゃんの授業の方は、試食会もしっかりやって、作る料理も決めてある。
チヂミのような、お好み焼きのような、俺が教えてシイカがこちらの世界風に少し改造した料理と、フルーツのスムージーの二つだ。
どちらもお手軽なので、屋台料理にピッタリだろう。
皆この学院内の寮に住んでいるので、結構遅くまで残って作業することが出来るのだが、それで夕方を過ぎてもガヤガヤと騒げるのが、楽しい。
祭りの前の高揚感が、学院全体で漂っている。
こういうのは前世と何も変わらないんだな、というのを感じるばかりである。
「……良いものですね」
俺の隣で、ふとそう呟くのは、フィオ。
先程までフィオと俺と、あとオルガ先輩の三人で屋台設営の準備を行っていたのだが、今日の作業はすでに終了したため、面倒くさがりの先輩は「あー、疲れた。それじゃあバイバイ」と即座に帰り、今は俺達二人だけである。
すでに辺りは暗くなり、空には星と月が見えているが、付近には俺達以外にもポツポツと生徒がおり、まだまだ準備を続けていたり、何か話したりしている様子が窺える。
俺達も、切り上げて帰っても良いのだが、何となく二人で、屋台用に用意した椅子に座り、雑談を続けていた。
「ん?」
「私……学院長様がやりたかったこと、というのが、この空気を見ていると、わかるような気がするんです。貴族が多く、中には王族や皇族もいたりするこの学院ですが……今、この学院を覆っている空気は、そういうものは一切関係なく、皆を包んでいます」
「そうか、貴族とかだと、こういうのに自由に参加するのも、ちょっと難しいのか」
俺の言葉に、フィオはどことなく機嫌が良さそうな表情で、頷く。
「はい、身分が高いと、それと比例するように、不自由になります。一般の方よりお金を使った生活を、贅沢を出来ていることは確かですが、それと一緒に、数多の柵が生じます。生まれ付いた時から、余程のことがない限り、一生付き纏い続けることになる柵です」
……確かに、そうなのかもしれない。
そういう奴は、その分背負っているものが大きいように、俺も思う。
隣にいるフィオしかり、だ。
コイツの方は、家関係のことは、ミアラちゃんによって解決したようだが……それでも、学生の肩には乗り切らないであろう、重い責任を負わされていた。
俺達みたいな庶民には庶民なりの苦労があるが、逆もまた、同じなのだろう。
それで、王族とかにまでなると、苦労のレベルも段違いなんだろうな。
「でも、この学院にいる間だけは、皆そんなもの関係なく、ただ『学生』という身分でいることが出来ます。卒業すれば、否応なくそれぞれの立場で生きていかなければなりませんが、今だけは、それを忘れて過ごすことが出来る。それは……とても良い経験だと思うんです」
「そうだな……ミアラちゃんは『自分がやりかったから』なんてことを言ってたけど、多分そういうところまで考えて、生徒が楽しい思いしてくれたら自分も嬉しいからって思って、ああ言ってんだろうな、多分」
ミアラちゃんは、そういう人だ。
皆が楽しいことが、何よりも嬉しく、自分も楽しい。
「魔法がどうの、何て関係なく、偉大なんだよな、あの人は」
「そうですね、学院長様は色んな方が慕っていますが、それは『魔法士として優れているから』ではなく、『人として優れているから』なんだと思います。私も、あの人みたいになりたいものですよ」
「身長は近いぞ」
「えぇ、なのでこの辺りで身長を止める魔法を開発して、今のままでいられるように――って、そういう意味じゃないってわかってるでしょ!」
「おっ、今のいいですね。なかなか自分からはボケないフィオさんの貴重なノリツッコミ。惜しむらくは、ちょっと照れが見えたことでしょうか。今後の成長を期待して、六十点!」
「あの、冷静に分析するのやめてくれません。恥ずかしいので」
「恥、それは成長のために必要なものだ。その感覚、大切にするんだぜ……」
「ユウハさん、殴りますよ。グーで」
「グーは痛そうだな。チョキにしといてくれ」
「つまり目つぶしですね? わかりました」
「おう、じゃあそれで」
「あ、いいんですか。どちらかと言うと、グーより痛そうなんですが」
そんな、くだらない冗談を二人で一通り言い合った後、俺は笑いながら膝をポンと叩き、立ち上がる。
「よし、そろそろ俺達も切り上げて、飯食いに行くか」
「そうしましょうか。今日のご飯、どんな美味しいものですかね」
「美味いって確定してるのが、もう幸せだよな。シイカじゃないが、それだけですげーモチベーションが上がるわ」
「フフ、えぇ、私もそんな料理が作れるようになりたいものです。シイカさんと一緒に練習は続けてるんですがねぇ」
「またその内食わせてくれよ」
「いいですが、味は保証しませんよ? まだ自信を持って人に出せる程の腕はありませんから」
「アリア先輩よりは美味いから大丈夫だ」
「いや、言っては悪いですが、そこと比較して大丈夫と言われても全然大丈夫な気がしません」
「そりゃ失礼。まあお前、結構色んな面で器用――」
あと二話か三話で学院祭本番。




