入学式《1》
――早朝。
この学院の制服を見に包んだ俺は、同じように制服をちゃんと着用し、ベッドに腰掛けているシイカへと向かって言った。
「そんじゃあ、シイカ。学院生活での注意事項、言ってみろ」
「授業はちゃんと聞く」
「そう、いいぞ。次」
「尻尾を、あんまり人に向けない」
「そう、その通り」
シイカの尻尾が何かに向く、というのは、警戒の動作だ。
である以上、絶対に向けるな、だと、シイカの身に何かあった時危険だからな。
だから、あんまり、だ。
「よし、次」
「お腹が空いたらユウハを急かす」
「違う」
俺を急かしたところで、空腹はどうにもなんないだろうが。
食堂に連れていけという催促か?
「もう一度、次」
「今日のお昼ごはんは何かしら」
「おう、つい三十分前に朝飯食ったヤツのセリフとは思えねぇな。お前はどれだけ思考が食事に向かってんだ」
というかお前、わざと言ってるだろ。
「ええっと……困ったことがあれば、ユウハに聞く」
「そう、それだ。全部を答えられる訳じゃないが、なるべく聞いてくれ。それでもわからないことがあったら、魔女先生に聞きにいこう」
こちらの世界の常識等は、ぶっちゃけ俺もよくわからない部分が多い。
魔法を使う時の常識とかな。
と、一通りを確認したところで、シイカはやれやれといった様子でため息を吐く。
「ヒト社会は、やっぱり覚えることが多いわ」
「けど飯は美味いだろ」
「……そうね! まあ、それで全てチャラにしてあげようかしら」
「誰目線なのか謎だが、納得してくれたのなら何よりだ。……この調子じゃあ、俺が生き餌として活躍する時は来ないかもな」
その俺の言葉に、シイカはちょっとむっとしたような、不安そうな顔をする。
「……駄目。あなたは、私の」
「いや、わかってるって。そういう契約だ。今更反故にしたりはしないさ」
「……ん、ならいいわ。あなたは、私のなの。だから、だめよ?」
字面だけ見れば、男として求められている感じなので誇らしいものだが、正しくは「私の生き餌」という言葉であると知っていると、なんかちょっと、苦笑いが零れるところである。
「よし、そんじゃあ行くぞ。ようやく今日から、この学院が始まる訳だ。忙しくなるが、ま、頑張ろうぜ」
「えぇ、よくわからない面倒なのは、全部ユウハに聞いて、丸投げするわね」
「……あー、すんません、シイカさん。困ったことがあれば聞けと言ったのは俺なんすけども、多少は自分で解決してもらえると、こちらとしても助かります」
「しょうがないわね」
そんなことを話しながら、俺達は寮の部屋を出た。
――今日は、入学式兼始業式の日であるである。
とうとう、エルランシア王立魔法学院が、正式にスタートするのだ。
数日前からどんどん人が増え始め、食堂や寮でも見かけるようになった。
と言っても、ちょっと前に生徒会長と出会って以来、特に他の生徒と交流が増えていたりはしないのだが。
寮生というと否応なしに交流が増えそうなものだが、まあここ、寮というより普通に賃貸物件って感じだからな。
門限とかは存在しないし、決まり事もそんなにない。
騒がないとか、夜は静かにとか、ごく一般的な注意事項があるくらいである。
飯はゴード料理長のところで食えるが、別んところで食べたりしたいのならば、そのようにしても良いのだ。
洗濯とか風呂とかも、自分の部屋で済ませられるようになってるし。
そういう訳で、寮生として集団生活を強要されるような環境ではないため、今のところは何も交流が増えていないのだ。
ま、今後知り合いとかが増えたら、話は変わってくるだろうがな。
さあ、どんなことになるやら――。
* * *
「それにしても、やっぱり異世界だな」
「?」
「いや、色んな人種がいるなと思ってよ」
移動し、俺達がやって来たのは、学院内に存在する大講堂。
どっかの楽団とかがコンサートでも開けてしまいそうな程に広く、内部にある席に現在学院生達が座っている。
生徒数は、全体で……八百くらいだろうか。
教師らしき姿の者達を合わせると、もう百人くらいプラスされるか?
これが、この学院の全容か。
ここ『エルランシア王国』が人間主体の国であるらしく、故に一番多いのもやはり人間であるようだが、それ以外の種族も結構いるのがわかる。
大体、五割程が人間で、残り五割が他のヒト種って感じだな。
エルフ、ドワーフ、獣人族、魔族。
俺にわかるのはここまでくらいだが、多分それ以外にもシイカのような希少種族が数多いるのだろう。
「……ん、そうね。私も、こんなにもの人を見たのは、二度目ね」
「? 二度目なのか」
「兵士? っていうのが、いっぱい集まって戦っているのは、いつか見たことがあるわ」
「……森の近くで、戦争でもしてたのか?」
「多分。危なそうで、すぐに離れたから、よくはわからないけれど」
……まあ、異世界だもんな。
そういうのもあるのだろう。
――それから少しして、壇上に人が現れ、それに合わせてガヤガヤとした喧騒が引いていく。
壇上に現れたのは……お、見覚えのある顔だ。
「皆さん、おはようございます。これより、エルランシア王立魔法学院、第二三七回目の始業式を始めます。進行は私、生徒会長のアリア=オーランドが務めさせていただきます」
それは、つい先日出会った生徒会長さん。
彼女は、慣れた様子でスラスラと式の挨拶を述べていき、それを皆大人しく聞いている。
この辺りの学校としての光景は、世界が違えどあんまり変わらないらしい。
数分程進行を進めたところで、彼女は次に繋げる。
「――それでは、学院長様、お願いします」
「うん、ありがとう、アリアちゃん。――やぁ、みんな。ミアラ=ニュクスだよ」
そうして、次に壇上に現れたのは、我らが幼女学院長。
彼女が姿を現した瞬間、会場内に軽いざわめきが起こり、俺の近くからも「ほ、本当にあの人が学院長なのか……」とか、「すごい、まさかこうしてお目にかかれるなんて……」とか、「……なるほど、時の超越者か」とか何とかの呟きがあちこちから聞こえてくる。
全部、今年入学する一年生の声なのだろう。
……ミアラちゃん、本当に有名人なんだな。
「在校生のみんなは、無事にまた集まってくれて何よりだ。新入生のみんなは、よく来てくれたね。新たな若い可能性を見るのは、大人としては嬉しい限りさ。私は幼女だけど」
恐らく冗談なのだろうが、それをネタとして笑っていいのかどうかわからず、微妙な空気が大講堂内に流れるも、そんなことなど全くお構いなしに彼女はにこやかな笑顔のまま言葉を続ける。
「この場所は、大体のことが学べるし、大体のことを研究出来る。君達自身才能もあるから、多くの選択肢が万能感を与えることだろう。けど、それに胡坐を掻いてはいけないよ。――『魔の深淵』は、見えるところには決して存在していないのだから」
そう語る彼女の表情には、やはり笑みが浮かんでいたが……その眼差しだけは、先程までとは違い、非常に真摯なものだった。
「それじゃあ、在校生のみんなも、新入生のみんなも、よく学んで、良い魔法士を目指してくれ。歩みを止めぬ限り、私達は手を差し伸べ続けよう」
その言葉を最後に彼女は壇上を降り、拍手が講堂内を覆った。




