辺境の街、リディア《1》
学院での授業、そして学院祭の準備は続く。
何かの実験だったり、何かの機材を弄っている様子だったりをよく見るようになり始め、俺達もた、それに向けて動き出し始めた。
俺がこうして、学院の外へとやって来たのも、それが理由である。
「おー、ここがリディアか!」
眼前に広がる異世界の街並みに、思わず歓声を溢す。
辺境の街、リディア。
正式名称は確か、『リディア城塞都市』。
ぐるっと見渡す限りに広がる、デカい防壁。
街が拡大するのに合わせ、この防壁も随時拡張を行ったらしく、三重になっているのがここからでもよく見える。
ただ、聞いた話によると、壁は三重になっているものの、中心に行くにつれて偉い身分の者が住んでいる、みたいな構造にはなっておらず、特に中心付近などは、政府関連施設と自然公園のようなもの、その他観光施設のみが置かれているようで、誰でも自由に行き来出来るようになっているようだ。
設置されてる門とかも全部開けっ放しで、衛兵とかが守ってる、なんてことも一切ないらしい。
貴族がいる世界だし、封建制が強く残ってるんだろう、なんて勝手に思っていたが……多分もう、そういう時代は過ぎているのだろう。
魔物や他人種という、『火種』が数多く存在するが故に、国王や皇帝のような、一つの頭に権力を集中させた方が動きやすいため、そういう制度になっているだけで。
その防壁の一部から、魔導列車が姿を現し、街から出て遠くへと走っていく様子が視界に映る。
俺、魔導列車見るの初めてなのだが、あれも機会があったら乗ってみたいもんだ。
「ユウハ、買い出しに立候補してた時も全然この辺りのこと知らないって言ってたけど……その様子だと、リディアの街、初めてなの?」
「おう、エル、初めてだな。だから、なかなか感慨深いぜ」
こちらの様子を見て、声を掛けてくるのは、同級生の少女であり、我がクラスの学院祭実行委員の一人である、エルヴィーラ。
彼女としっかり話すのは今日が初めてだったのだが、道中ですでに軽い自己紹介のようなものは終えており、その時「エルでいいよ。友達はみんなそう呼ぶから」と言われ、それからそう呼んでいる。
俺も、「君付けじゃなくていいぞ」と言い、それからそのままユウハと呼ばれている。
ちなみにここまでは、限りなく自動車に近いような、だがそれでいて馬車っぽいような、加えて言うとバスっぽい形状の、『魔導走行式多人数移動用自動馬車』とかって長ったらしい名前の乗り物でここまで来た。
学院とリディアを往復している便であるらしく、俺達以外にも、恐らく同じ目的の、学院祭関連でこっちに来たのだろう生徒達が何人か乗っていた。
車まであるのか、とちょっと驚いたのだが、エルが笑って「ここにしかないよ」と言っていたので、多分学院で開発したものなのだろう。
「……学院に来るには、リディアから以外にはないと思うんだけど」
「えっ、あー、そこはやむにやまれぬ事情がありまして。直接学院まで来たと言いますか」
「直接って、リディア方面以外だとあそこ、全部古の森だけど。森通って来たの?」
「まあ、そういうことになるな」
「……前から思ってたけど、ユウハってやっぱり、変だね。うん、大体君の人となりが見えてきたかな」
「最近それを言われることが多いが、俺としては至極真っ当な学生であると声を大にして言わせてもらいたいね」
俺の抗議も何のその、彼女から送られるのは裏がよく見える微笑みである。
旗色が悪いと判断した俺は、話題を誤魔化すべく、彼女へと言葉を続ける。
「で、エル、俺はよく知らないんだが……ああいう防壁っていうのは、どこの街にもあるものなのか?」
「ううん、流石にどこもって感じじゃないよ。辺境にあるような街くらいかな。そもそも今の時代、防壁なんてヒト相手には意味がないし。空があるから」
「そりゃそうか。となるとこれは……魔物用か」
「そういうこと」
ここは、学院程ではないとは言え、『古の森』に程近いからな。必要な措置なのだろう。
――リディアの街は、国の端、しかも古の森という相当な危険地帯の近くに位置しているため、学院設立以前はそこまで栄えてはいない、小さな街だったそうだ。
この壁と、街の名前に付いている『城塞都市』という通り、まず軍が駐留するための防御施設という目的で形成されたものであるため、それに準じたような規模だったのだという。
だが、学院という――もっと言うと、ミアラちゃんという絶大な影響力を持つ存在が古の森に居を構えたことが理由で、人が集まり、流通が広がり、その結果地方都市の中では頭一つ抜けた発展をしたのだそうだ。
あの三重の防壁が、当初の想定より遥かに都市の規模が拡大したことの証だろう。
位置が位置であるため、流石に他の、流通の要となっているような場所と比べると一段落ちるようだが、それでも辺境にあるような街の中では、国内のみならず国外でも有数の規模となっているらしい。
辺境というのはつまり、魔物の生息地と隣接した地帯ということを意味する。
魔物とヒト種との闘争というのは、この世界において、遥か昔から現代にまで続いている、生存闘争である。
ヒトが今の生活圏を広げようとすれば、自然界の反発が起こり、襲われる。
逆に、魔物が餌を求めて人里へと降りようものなら、即座に討伐隊が組まれ、排除される。
それを何百何千年と繰り返し続け、だがヒト種が知恵と工夫によって少しずつ少しずつ森を削って生存圏を広げていき、時にはそのまま内部に取り込み、出来上がったのが、今の各国なのだ。
だから、その生存圏の端に位置する辺境の地というのは、相応の危険地帯であるのだ。
つってもまあ、前世と比べても、そう遜色ない発展の仕方をしているこの世界だと、その辺りの対策は万全にされているみたいだけどな。
例えばこのエルランシア王国だと、軍が『エルランシア王国軍』と『エルランシア国防軍』の二つの組織に分かれていることが挙げられる。
これが何かと言うと、まず王国軍が、普通に他国への備えが目的の軍隊であることに対し、国防軍というのは、魔物対策が主軸に置かれている軍隊なのだそうだ。
正しく言うと、まず上に王国軍があり、その指揮系統の下に国防軍が置かれているようなので、指揮権自体は一元化されていて、有事の際には関係なく一つの軍隊となるそうだが、装備体系なんかは相当違うらしく、訓練や仕事も全然違うため、もはや別物だと判断しても良いくらい差があるらしい。
そうやって半ば別個の組織として独立させることで、国内のどこで問題が発生しても、迅速に展開出来るよう部隊編成されており、そのおかげでこの国では魔物の被害が他国よりも数倍抑えられている――なんていう話を、ジオが語っていた。全部受け売り。
アイツ、代々近衛の家系だそうだが、やっぱりそういう軍関係のものに興味があるんだろうな。
まあとにかく、そういう訳で辺境というのはそれなりに危険な地であり、にもかかわらず発展しているリディアというのは、やはりミアラちゃんの影響が相当に大きいという訳だ。
そのため、この都市の……町長? 市長? わからんが、総責任者の立場にある者も、学院の卒業者であるのだとか。改めて思うんだが、あの人半端ねぇな。
――と、そんなことを考えていると、しきりに自身の背後を見ているシイカが、視界の端に映る。
「何だ、シイカ。まだ気になるのか」
「ん。とても変な感じ」
結局シイカは、ミアラちゃんに相談した結果、外出がオーケーになった。
尻尾対策は、ミアラちゃんが貸し出してくれた『偽身の腕輪』という魔道具のおかげで解決し、具体的には、今のシイカは完全に人間の姿となっている。
つまり、尻尾がない。
装着者の外見を、偽るための装備であるらしい。どういう姿に変えるのかは調整が必要なようだが、そこもミアラちゃんがやってくれた。いつも本当にありがとうございます。
で、自分の尻尾の感覚があるのに見えない、ということがシイカにはかなり不思議なようで、恐らく尻尾があるのだろう位置を、先程からこうして何度も見ているのだ。
まあ、シイカにとって尻尾とは、俺達にとっての手足と同じだ。だから、あるのに見えない。見えないのに感覚があるというのが、何だか変に感じるのだろう。
「安心しろ、シイカ。お前の尻尾はちゃんとそこにあるから」
「んー……」
そんな声をシイカが漏らした後に、俺の腕にパシッと何かが絡みつく。
何かっていうか、間違いなくコイツの尻尾だろうが。
「ホントだわ。ちゃんとある」
「あの、俺に絡ませて確認するの、やめてくれませんかね?」
「いいじゃない。これなら、確認出来るわ。だからユウハ、このままでいい?」
「……まあ、好きにしろよ」
「フフ、二人は本当に仲が良いんだね」
俺達のやり取りを見ていたエルが、楽しそうに笑いながらそう溢す。
「……それより、早く行こうぜ。学院と提携してる店があるんだろ?」
「はいはい。えっとねぇ、確かこっちだったかな」
そうして俺は、異世界の街に足を踏み入れた。