魔力の吸収
――その日の授業が終わった後。
学院の、訓練場にて。
「…………」
集中する。
手に握る華焔から流し込まれる、彼女の魔力。
だがそれは、俺にはまるで定着せず、麻袋に水を満たそうとしているかの如く、肌から抜けて消えていく。
どうにかそれを止めようとするも、止まらない。
『それでは駄目じゃ。ただ、右から左に魔力を素通りさせておるだけ。儂の魔力をしかと感じよ。それを、自らの魔力で包んで、逃がさぬようにするんじゃ』
「……そう言われても、難しいぜ、これ」
『お前様は、魔力量は普通じゃ。故にそれが切れたら終わりじゃけど、儂らがおればまだ戦うことも出来る。……まあ、お前様の側に儂と姫様がいて、それでもそんな戦闘が長引いておったのなら、逃げるべきじゃろうがの』
「考えたくない事態だな、そりゃ」
――学院祭に向けて色々忙しくなり始めた最近だが、それとは関係なく華焔の訓練は日々続けている。
今やっているのは、『魔力吸収』の訓練。
いつも華焔が、「お前様、魔力ちょうだーい」と言って、俺に対して行っているものだ。
俺の魔力量は、少ない訳じゃないが、とりわけ多い訳でもないという、魔法士の中では一般的な水準に留まっている。
俺の肉体のことだから、この魔力量も訓練次第ですんげー伸びるんじゃないかとは思っているものの、今のところはまだまだ平凡の域を出ないのだ。
だから、言わば『外部魔力タンク』みたいな扱いで、華焔が持つ魔力を俺が吸収して使えるようになれば、さらに手札が増えるから覚えろと華焔は言うのだが……これが難しい。
気分的には、腕から水を飲もうとしているようなものである。
華焔の方から、今はちょっとずつ魔力を流し込んでくれており、それを呼び水にして俺が掬い上げ、俺の体内へと彼女の魔力を取り込んでいるのだが、ひどく集中しないとこの操作すら覚束ない。
で、しかも、そうして引っ張り上げても、俺のものにならず側から空中に逃げていっているのだ。
これは、個々人の魔力に、質の差が存在するのが理由である。
言わば血液型みたいなものだ。A型に、B型の血液を輸血することは出来ないし、逆も然り。
そして今俺は、それと同じことをやらされている。華焔の魔力という俺の魔力とは違うものを、無理やり俺のものにしようとしている訳だ。
ただ、当然血とは違うところもあり、それは――魔力は、変異させられる、ということだ。
本来無形である魔力は、その持ち主の意思によって如何様にも変化させられる。
である以上、例えば『A型魔力』を変異させ、『B型魔力』に見せかけることも可能なのだ……というのが華焔の話である。
実際、華焔はそのようにして、俺の魔力や、斬った生物の魔力を自らの魔力として吸収しているらしい。
いや、お前が特別な剣ってだけなんじゃないのか、と思って聞いたのだが、これはただの技術であり、ミアラちゃんも同じことが出来るそうだ。
あの人は他者の魔力なんか吸収しなくても莫大過ぎる自前の魔力があるので、全く必要のない技術であるようだが。
『何より、儂の魔力を吸い取って今の状態まで儂を弱体化させたのも、彼奴じゃしの。全く、あの時は酷い目に遭うたわ』
「そういやお前今、どれくらい力戻ってんだ?」
『んー、一割になるかどうかくらいかの』
「……まだまだお前の全力を取り戻すのは先になりそうだな」
『ホントじゃ、もっと頑張ってくれんかの。この調子じゃと、お前様の学院の卒業までに全く間に合わんぞ』
「つっても、お前が全盛期並に戻るのも、ちょっと怖いけどな」
『おっ、何じゃ。呪いの魔剣たる儂に、畏怖を覚えたか?』
「いや、そうなったら華焔、今より我がままになりそうで」
すると、予想外のことを言われたかのように一瞬何も言わなくなってから、ニヤリと笑うような意思が返ってくる。
『クク、流石、よくわかってる。儂が全盛期に戻ったら、お前様の魔力、もーっと吸ってやるぞ! 干乾びんように気を付けることじゃ!』
「……まあ、その頃に俺がお前を持ってるのかどうかもわからんが。今のお前の所有者は俺だが、あくまでミアラちゃんから借りてる形だし」
『安心せい。次元の魔女と交渉して、お前様がどこに行こうと、ちゃんと儂も、付いて行ってやるから、の?』
「逆に不安になったわ」
『素直じゃないなー』
華焔は楽しそうに笑いながら、言葉を続ける。
『まあとにかく、お前様ならば、この技は使えるはずじゃ。魔力というものを扱う上で、儂が出来ずお前様に出来ることは数あれど、儂が出来てお前様に出来んなんてものは存在せん』
そうだな。
俺は、魔力に関する技術において、恐らく出来ないことは存在しない。
では何故今出来ないのかと言えば、それはただ単に、俺が未熟なだけに過ぎないのだ。
華焔は、説明を続ける。
『そして、この技術には先が存在する。お前様の魔法は原初魔法故、効果が薄いが、そうではない魔法は術式で構成されておる。術式ならば、放たれた魔法の魔力を吸い取ることで、その構造を壊し、消し去ることが出来る。つまり――斬れる』
……そういや、以前学院が襲撃された際、飛んできた魔法なんかも華焔は斬ってたな。
「それじゃあ、これが出来るようになったら、魔法は敵じゃなくなるのか?」
『いや、それは術式の強度と、魔力吸収の練度によるの。全盛期の儂であれば、次元の魔女の魔法であっても百数十までは斬ることが出来たが、今の儂では一つ二つ崩せれば良い方じゃ。お前様の場合も、同じ生徒の魔法を一つ二つ斬ることは出来るじゃろうが、それ以上を連続で、となると厳しくなってくるじゃろう』
お前の全盛期って、ホント強かったんだな。
「そう上手くはいかないか。けど確かに、それを覚えられたら、ここぞ、っていう時に使えそうだな」
『そうじゃ。可愛い子猫くらいの強さのお前様も、可愛い子犬くらいにはなれるじゃろう』
「俺にはそこに差異を見受けられないんだが」
あと俺、犬も好きだが猫派なので、どちらかと言えば今のままでいいわ。
――その後、『あまり出来ないとお腹空いてくるんじゃけどー』とか、『ねー、そろそろ儂がお前様の魔力吸いたーい』とか華焔に言われながら訓練を続けるも、魔力吸収の技術を俺がその日に獲得することはなかった。




