クラスの出し物
休日が終わって、週明け。
「――よし、それでは、ウチのクラスがやるのは、喫茶店とする」
委員長という役職がよく似合う我が友人、ジオが、全員の意見を纏め、そう言った。
結構長かった話し合いの割に、無難な結果になったが、まあ学生がやるものならそんなもんだろう。
話し合いの中で、あんまり考え過ぎてギッチギチに濃厚なのやっても失敗しそうだから、この辺りで妥協しとこう、という意識が皆に見えた気がしなくもない。
先週は白熱した話し合いが行われたが、休日を挟んだことで、ちょっと冷静になったのだろう。
「へぇ、喫茶店か! いいねぇ、僕、喫茶店って入ったことないんだよね」
……と思ったのだが、貴族とかがいっぱいいるこの学院だと、喫茶店一つとっても、無難どころか結構珍しいのかもしれない。
「……どんだけ世間知らずなんだ、テメーは」
どうやら俺と同じことを思ったらしいジャナルが、今の発言の主であるカルにツッコミを入れる。
「蝶よ花よとみんなに愛されて育てられた、箱入り息子なのさ、僕は」
「それにしちゃあ、随分腹黒く育ったもんだぜ」
「きっと入れられた箱が、なかなかに黒かったんだろうな」
「うーん、あながち間違いじゃないから何とも言えないね」
俺の言葉を、ケロッと肯定するカル。
間違いじゃないんかい。
「……テメーは、そういう時に本気か冗談かわかんねぇこと言いやがるから、性質が悪ぃんだ」
「そうかい? いやぁ、ジャナルにそう言わせるとは、僕もなかなか鼻が高いね」
「諦めろ、ジャナル。俺達の負けだ。コイツを言い負かすのは無理だって」
「……あぁ、よく知ってる」
「フフフ、友人達と相互理解が進んでいるようで嬉しい限りさ。代わりも僕も、君達の今の心情を言い当ててあげよう! 君達は今、『全く、コイツは』って思っているね?」
「何とも嬉しいことに、ソイツぁ正解だ。こっちのこともよくわかってやがるようで、涙が滲むね。俺が言うのもアレだが、テメーはもう少し自分の性格を顧みるといい」
「ジャナル自身がそう言うなら、本当に相当だな」
「おう、いつもなら喧嘩売ってんのかって返すところだが、今だけは甘んじて受け入れてやる」
「そうかい? 僕はジャナルの性格も好きだけど」
「テメー、マジで、それが嫌みだとわかってて言ってやがるな? あ?」
「本心なんだけどなぁ」
頬をピク、ピク、とさせるジャナルに、肩を竦めるカル。
「そうだな……安心しろ、ジャナル。俺も、口を開けばすぐに悪態が飛び出て、なかなか態度が悪いが、物をズケズケとはっきり言うお前の性格、嫌いじゃないぜ!」
「よし、よくわかった。テメーら二人とも、やっぱ喧嘩売ってやがんだな。いいぜ、どんだけ安値だろうが買ってやる」
不敵な笑みを浮かべ始めたジャナルに、カルと二人で笑って降参のポーズを取っていると、話し合いを進めていたジオが俺達を注意する。
「そこの我が友人諸君! うるさいぞ。あと、それ以上やるとジャナルが本当に怒りだすから、やめたまえ」
「へーい」
「はいはい」
「テメーに頼る日が来るとは思わなかったが、ジオ、マジでコイツら、黙らせといてくれ」
それにしても、こっちも食べ物系になったか。
まあ、ぶっちゃけ俺、学院祭はミアラちゃんの授業でやる屋台の方を中心に考えてるので、こっちは裏方の手伝いでやっていこうかと考えている。
そういう役割の方が多く必要だろうしな。
「じゃ、次、街への買い出しを決めよう。最低二人だな。誰かやりたい人はいるかい」
買い出し……買い出しか!
「はい! 俺やりてぇ!」
「お、ユウハか。頼んでいいかい」
「あぁ、任せろ。買い出しに向かった先で、どんな難しい商談が待ち構えていようが……まあ多分、本当にそんな機会があったら簡単に言い包められそうだが、全てバッチリ解決してくるぜ!」
「大分不安な決意表明をありがとう。いや、いいんだけどさ。そんな機会はないだろうし」
苦笑するジオである。
考えてみれば、俺はほとんどこの学院から出たことがない。
魔法杯には行ったが、あの時はホント忙しくて、競技場周辺からは全然出れなかったからな。
あれでも色々見れて楽しかったことは間違いないのだが、良い機会だからこの世界の街を見てみたいのだ。
「……む。じゃあ、私も」
と、俺の隣でうつらうつらとしていたシイカが、手の代わりに尻尾をピンと挙げ、そう言う。
「わかった。まあ、ユウハがそう言ったら、君もそうなるか。それじゃあ、ユウハとシイカの二人で買い出しということで」
「あぁ――いや! 待て、駄目だ。やりたいって言っておいて悪いが、俺、全然この辺りのこと知らねぇ! シイカも同じだし、そもそもシイカを街に連れてくと、ちょっと問題が起こりそうだからコイツは無しで。もうちょっと、あー……こっちに馴染みのある人選で頼む」
俺とシイカの二人で、何も知らない街に行って、買い出し。
問題が起こる予感しかない。
もう、ウチのクラスの連中も流石に慣れてしまって、俺自身すっかり頭から抜けてしまっているのだが、シイカは、人からは恐れられる種なのだ。
魔法杯の時は、常に先輩達か、もしくはミアラちゃんが見てくれていたようなので特に問題も起こらなかったが、今回のこれは事情が違うだろう。
「むぅ。何、その問題児みたいな言い方は」
「お前は紛うことなき問題児だから、それは受け入れろ。……尻尾さえ隠せれば、大丈夫か? いや、どちらにしろ俺とお前の二人だけじゃ、まともに買い出しなんて無理か」
あと、連れて行くにしろしないにしろ、魔女先生かミアラちゃんに相談すべきだろう。
「ユウハには言われたくないわ。私なんかより、ユウハの方が問題児」
「おっと、見解に相違があるようだ。俺程普通で真面目な学生なんて、世界広しと言えどなかなかいないというのに」
「隣の友人から口を挟ませてもらうと、シイカの意見に僕も一票」
「俺の一票もそこに入れとけ」
「みんしゅしゅしゅぎ? なら、私の勝ちね!」
「お前ら、裏切ったな?」
カル、ジャナル、お前らは俺の味方だと思っていたぞ。
あとシイカ、しゅが一つ多い。絶対言葉の意味を知らんで言ってるな。
「あ、それなら、私が付いて行こうかな。シイカちゃんが来られるなら、三人で。来られないなら、ユウハ君と私って形で。いいかな?」
と、そう提案したのは、ジオと同じく学院祭の実行委員である、同級生の女子。
名前は、エルヴィーラ。
人種は人間。
愛嬌のある顔立ちで、人当たりが良く、何と言うか、こう……『同級生の女子』と言われて、最初に思い付くくらいには、制服が似合っている。
普通と言ったら失礼かもしれないが、色々ぶっ飛んだ属性を持つ生徒が多いこの学院において、真っ当な学生という感じのある、安心感を感じられる少女である。
アリア先輩のような姉御肌、というタイプではないのだが、何となくみんなから頼りにされるような、そういう立ち位置をしている。
まあつまり、このクラスの中心人物とも言えるような存在だな。
「お! ありがてぇ、是非頼む!」
「わかった、それなら君に、あの二人のことは任せようか」
「よろしくね、ユウハ君、シイカちゃん」
「よし、次――」
それからも、具体的にどうするかの話し合いが続いていき――。




