国家元首達
――エルランシア王立魔法学院が所在している、『エルランシア王国』。
人間国家の中では一位、二位を争えるだけの国力を有し、大国のみが参加している『五ヶ国会議』の、一席を占めることが出来る程の影響力がある、大陸における覇権国家の一つである。
エルランシアが有名である理由は様々であるが、その中でも特に大きな理由となるのが――やはり、ミアラ=ニュクスだ。
彼女がエルランシアに拠点を置き、以来ずっと留まっているのは、今より四代前のエルランシア国王が様々な面で彼女に協力し、五ヶ国会議の前身となる、『三ヶ国会議』を発足する手助けをしたからである。
それが発足するまで、どこかの国は必ず他のどこかと戦争をしているような戦乱の世であり、それを憂いたエルランシア国王が、国を守りながらミアラ=ニュクスと共に時代を駆け抜け、最後まで彼女の味方をし……そして、死んだのだ。
だから彼女は、表向きは中立を保ちながらも、エルランシアで学院を開き、それとなく抑止力として国を守る一助をしているのである。
ミアラ=ニュクスとは、世界の中心点だ。
何故ならば、彼女はただ一人で世界を滅ぼすことが可能だからである。
それを危険に思おうが、脅威を覚えようが、誰も彼女を排除することが出来ない以上、その影響力は絶大なまま、維持され続けるのだ。
だが――だからと言って、彼女に対し敵対的な者がいないかと言えば、決してそんなことはないのである。
「……全く、愚かな輩がいるものだな」
届いた報告に、エルランシア王国国王、ヤエル=エルランシアは、フンと鼻を鳴らす。
ミアラ=ニュクスが治める、エルランシア王立魔法学院に対する、各種工作。
春からあそこに対し、ちょっかいが出されていることはヤエルもまた知っていたが、その工作がエルランシア国内の別の地域においても、活発になっている兆候が見られているのだ。
小さな、だが流通に遅延を起こすような事件。
王都における、急なデモ運動。
政府関連施設での、小火騒ぎ。
港での事故。
一つ一つは、ただ面倒なだけで対処の難しい問題ではないだろう。
だが、それらが連続して、頻繁に発生しており、行政に少なくない影響が出始めている。
これが、明確にどこかしらの勢力による妨害工作であると確証が得られたのは、港での事故の件である。
魔法学院へ搬入する予定であった機材に細工をされており、どうも業者にスパイが這入り込んでいたようなのだが、それに関する調査を進めた結果、港での事故で注目を集めている間に、陰で工作を行っていたことが判明したのだ。
そして、そのスパイは、ユエン帝国の出身であることも、調べが付いている。
「……ユエン帝国」
エルランシアと、並び立つ力を有する人間国家。
ただ、元々国力自体は、ユエン帝国の方が圧倒的に大きく、対するエルランシア王国は小さな国であった。
しかし、ミアラ=ニュクスに協力した四代前のエルランシア国王の手によって急激に国が勃興し、一気に人間においての覇権国家へと躍り出たのに対し、それまでの覇権国家であったユエン帝国は一歩劣る立場となった。
急激に成長し、そしてその成長が止まることなく強くなり続けたエルランシア王国。
自ら『帝国』を名乗ることを許されるだけの国力が、長い歴史の中で停滞し、それが緩やかな衰退へと繋がり、今現在も徐々に国力を落とし続けているユエン帝国。
彼の国がこの国に対し、面白くないものを覚えるのも、仕方のないことではあるのだろう。
敵視される側としては、鬱陶しいことこの上ないのだが。
――また、あの国の嫌がらせか? いや、だが……。
少なくとも、何かしらユエン帝国に関わりはあるのだろうが、春過ぎに実行されたエルランシア王立魔法学院に対する襲撃は、魔族によるものだったと報告を受けている。
ミアラ=ニュクスからの報告では、どうやらアーギア魔帝国が関与している可能性があるとのことで、現在国の諜報部門の者達に、全力で情報収集に当たらせているところである。
これらの結果からすると、順当に考えればアーギア魔帝国とユエン帝国が協力関係にある、ということが……それは、少し、腑に落ちない面がある。
今回の件は、他国による何かしらの作戦行動、には見えないのだ。
これだけの動きとなってくれば、それに付随する情報が、必ず入ってくる。
そのため体制はしっかりと整えてあり、にもかかわらず、今回に限ってはそこに何も引っ掛かっていない。
諜報部門が無能揃いだ、などと言ってしまえば簡単だが――いや、心情的には全く簡単ではないものの、理由付けにはなるかもしれないが、ここに至っても他国の痕跡を掴めていないとなると、そもそも関与していないという可能性の方が高いように思うのだ。
となると、国家ではない組織が手を出して来ていることになるが……。
「……大分良くない状況であるな」
少し、不気味だ。
何かが動いているのは確実であるのに、その痕跡を掴めていないのだから。
――エルランシア王立魔法学院では、少し先に学院祭が行われる。
有名な行事の一つで、各国からこれを見に訪れる者も、数多い。
エルランシア王立魔法学院という、誰もが知っているであろう学院の内部に入れる、またとない機会であるからだ。
更なる妨害を行うには、絶好の機会であると言えよう。
ヤエルは、険しい表情で報告に一通り目を通した後、次の指示を出すべく、部下を呼び出した。
◇ ◇ ◇
アーギア魔帝国。
その国家元首である、ハジャ=アーギアは、執務室にて、頬杖を突いて考え込んでいた。
人々に恐れられ、だが同時に敬われる、力のある今代魔帝。
雑多で、煩雑な人種である『魔族』を纏め上げ、従えている豪傑である。
元々は別の種族が治める別の国だったものを、征服し続けて生み出されたのがアーギア魔帝国であり、そして命の長い種が比較的複数いる魔族では、未だにその時のことを覚えている者が多く存在する。
である以上、必然的にそこには数多の火種が存在し、時折燃え上がることもあるのだが、それら全てを、時には力で、時には政治で収めてきたのが、彼であった。
豪傑でありながら、政治的手腕もまた非凡であり、そのため歴代の魔帝の中でもとりわけ優れていると評価は高く、反魔帝国勢力にすら「ハジャが生きている間は、何も出来ない」とまで思わせているのが今代の魔帝、ハジャ=アーギアなのである。
だが――その彼は今、いつも浮かべている不愛想な表情の中に、険を見せていた。
「……おい」
「ハッ、どういたしましたか、陛下」
どれだけ考え込んでいたのか、何かしらの決断をしたことで思考の海から戻ってくると、彼は部屋の外で控えていた部下を呼び出し、言った。
「エルランシア王立魔法学院の学院祭に参加する。連絡を入れよ」




