お料理教室《2》
――その日の授業が全て終わった後。
「フー、終わった。疲れたな」
「学院に来てから、何だか、時間の進み方が全然違うような気がするわ」
「言いたいことはわかるぜ。ま、それだけ毎日しっかり、充実して過ごせてる証じゃないか?」
「そうかしら? そうだといいわね」
明日は週末なので、別にそこまで授業が面倒だと思っている訳じゃないのだが、何となく解放された気分だ。
心地の良い解放感である。
なお、クラスの方の出し物については、この休日の間に意見を纏めて、週明けに最終決定という運びになっているので、まだ決まっていない。
一応俺も、考えておくか。
「休日か……お前、何かやりたいこととかあるか?」
「ルーと遊びたいわ」
てっきり、好きなだけ料理を食べるだとか、ごろごろするだとか、俺の魔力を感じるだとか、そういうことを言うと思っていたので、意外な思いで言葉を返す。
「お前って、意外と子供好きだったんだな」
「? だって、ルーは可愛いじゃない。一緒にいたら、楽しいわ」
「その意見には全面的に同意だ」
ルーは、可愛いからな。
一緒にいると大分癒される思いなのだが、コイツもその点は同じことを思ってたのか。
「ユウハ、子供って、どうやったら出来るのかしら?」
「えっ、こ、子供?」
「えぇ。私も、自分の子供がいたら嬉しいかなって。男女でいると出来るそうだけど、それなら、相手はユウハがいいわね。ユウハとなら、子供、出来る?」
「ぶっ」
耐えられず、吹き出す俺。
ピュアか! と声を大にしてツッコミたいのだが……ま、まあ、一人で生きてきたのなら……知らなくても、仕方ないのかもしれない。
「……さ、さあな。物知りなフィオとかアリア先輩とかシェナ先輩とかに聞いてみたらわかるんじゃないか?」
「ふーん、そうね。そうするわ」
知り合いの女性の皆様方。あとは頼んだ。
「? どうしたの、ユウハ? そんな、顔赤くして」
「……何でもねぇ」
「熱でも出たのかしら?」
そりゃ、今なら熱もあるだろうよ。
顔面が物理的に燃え上がりそうな気分だ。
「大丈夫だから、気にすんな」
「そう? 変なユウハ」
誰のせいだと思ってやがる。
あー、クソ……今のは流石に不意打ちだぞ。
シイカの衝撃発言に、心臓のバクバクが鳴り止まないでいた時、ふと横から声を掛けられる。
「あ、いたいた、ユウハ君! シイカちゃん!」
「おーっす――って、どしたの、ユウハ君。顔赤くして」
こちらに手を振るのは、アリア先輩と、シェナ先輩。
「……いえ、何でもないです。こんちは、先輩方」
「こんにちは」
「はいこんにちは、二人とも! 今、大丈夫かしら?」
「うす、部屋に戻るところだったので大丈夫ですよ。どうしたんです?」
と、そこで何故か、アリア先輩はちょっと口籠る。
「え、えーっと……その、実は、お願いがあってね」
「? はい、何です?」
「あー、あの……りょ、料理を、一緒に勉強しないかと……」
「? 試食会の話ですか?」
「あー、いえ、違うの。実は……」
何だか煮え切らない様子のアリア先輩を見て、シェナ先輩が「全くコイツは……」と言いたげな感じの表情を浮かべた後、口を開く。
「アリア、料理出来ないから、二人に教えて欲しいんだって」
「え、そうなんです?」
「あっ、ちょ、ちょっと、シェナ!」
アリア先輩の抗議も何のその、シェナ先輩は事情を話し始める。
「ほら、この子貴族でも上の方だから、そういうのに手を出せるような環境じゃなかったせいで、料理なんかも全然やったことないらしくて。それ自体は仕方ないことなんだけど……君ら屋台やることで決まったんでしょ? で、この子、焦ってんのよ」
「あぁ……なるほど。それで屋台をやるって決まった時、ちょっと微妙そうな表情してたんですね」
そうか、貴族ならそんなこともあるか。
料理一つ取っても、全て使用人とかがやる環境であれば、上達のしようもないか。
けど、多分本人はそれが恥ずかしくて、なかなか自分で言い出し辛くて、あんな顔をしていた、と。
と、不服そうな様子のアリア先輩。
「もう、そんなはっきり言わなくていいじゃない!」
「アンタがいつまでも、もじもじしてるからでしょ。全く、いつもは即断即決なのに、変なところ気にするんだから」
「あー! 友人の悩みをそんな風に言うんだー!」
「本当に深刻な悩みだったらまだしも、そんなのを深刻そうに言われても、ねぇ」
「シェナ、他人の悩みを自分の尺度で測るのは良くないわよ! 他人にとってはどれだけくだらないように見えても、当人にとっては真面目な悩みなんだから!」
「そうね。アリア以外だったら私もちゃんと考えて物を言っただろうけど、アンタが相手だったら別にそこまで考えないでも、とは思ってるかな」
「ふん、いいもん! そんなことを言うシェナには、私の料理の毒見役を一人で担ってもらうから」
「ごめん、私が全面的に悪かった」
「……自分で言っといてなんだけど、そこで真面目に謝るの、酷くないかしら?」
相変わらず仲が良い二人である。
放っておくといつまでも互いに言い合ってそうだったので、俺は苦笑を溢しながら、彼女らへと声を掛ける。
「あー……とりあえず、話はわかりました。それじゃあ……試食会の前に、一回料理の勉強会でもしますか? ちょうど、明日明後日は休日ですし」
「是非お願いしたいわ。ユウハ君も料理出来るって聞くし、シイカちゃんの食への情熱は、私達もよく知ってるし」
「美味しいものを作りたいって思いは、とっても良いわ、アリア。私に教えられることなら、教えてあげる」
「ありがとう、シイカちゃん! もう、シイカちゃんが見てくれるなら、百人力よ」
ホッとした様子のアリア先輩に、シイカが言葉を返す。
「代わりに教えてほしいのだけれど、子供ってどうやって――」
「あーっと! シイカ、そう言えば華焔とギンラを待たせてたな! 早く戻ろうぜ! じゃあ先輩方、そういう訳で、また明日か明後日に!」
俺はシイカの口を片手で塞ぎ、アリア先輩とシェナ先輩の二人が不思議そうに見て来るのも気にせず、彼女をズリズリと引き摺ってその場から退散した。
それは、出来れば俺のいないところで聞いてください。お願いします。




