シイカの夜
――面白いものである。
夜、シイカは、窓の外を眺めながら、一人そう思った。
複雑で、美しく、夜に浮かび上がる城。
周囲に広がる森の闇と同化し、だが飲み込まれず、確かな存在感と共に聳え立っている。
ユウハ曰く、今はまだ人がいない方で、これからたくさん来るというのだから、驚きだ。
人が、大きな共同体を作ることは知っていたが……ここまで立派なものであるとは、知らなかった。
様々な、知らないもの。
知らない形。
知らない色。
知らない匂い。
知らないキラキラ。
知らないグルグル。
知らないパタパタ。
いっぱい色々あって、毎日が面白い。
興味が尽きないばかりである。
特に素晴らしいのは、ごはんだ。
ほっぺが落ちる程、ごはんが美味しいのが最高である。
ゴードの作る料理は、もはや芸術である。
食べるのがもったいない……ことは別にないが、いつまでも見て、嗅いで、味わっていたい魅力がある。
今まで食事とは、そのまま食べるか、焼くかしかなかった。
味を付け、調理をするなどという発想は、自身の中には存在していなかったのだ。
是非とも自身も、あの料理を覚えたいものである。弟子入りしようか。
ユウハは、いっぱい食べるこちらを見て、呆れたような顔をするが、彼は贅沢である。
こんな美味しいものを食べても、あんな少ない感動で済むのだから。
もっと驚いて、感動しても良いはずである。照れ屋なのだろうか。
世界はどうやら、自身が思っていたものより、とてもとても広いものであるらしい。
「…………」
外を見ていたシイカは、次に隣のベッドで眠る少年を見る。
彼はどうやら、森から自身を連れ出したことを若干気にしているようだが……何故そんな些細なことを気にしているのだろうか。
別に、あそこが好きだからそこで過ごしていた訳ではない。
特に移動する理由もなく、生きるに困らなかったから、そこで暮らし続けていただけだ。
もっと良いところがあるなら、そちらの方が良いだろう。
確かにヒト社会は、覚えることが多くて大変だが、これだけ美味しいものがいっぱいあって、そしてユウハが一緒にいるのなら、絶対今の方が良い。
そう、ユウハだ。
彼は、こちらに向かって変わってるだの何だのと言うが、そんなことはない。
変わっているのは、彼の方である。
彼の、大自然の魔力。
太陽と、空と、緑と、水と、土。
心地良い、キラキラで、フワフワで、ポカポカな魔力。
ここの、最高に美味しい料理と、ユウハ。
どちらを選ぶかと言えば……ユウハだろう。
この城にある、いっぱいの色んなものより、最高の料理より、彼の方が特別なのだから。
それがわかっているからきっと、がくいんちょー? とかっていう、あの莫大な力を身に宿す小さな子も、自分達をこの場所に受け入れたのだ。
「…………」
シイカは、最初は我慢していたが、だが誘惑に負け、ちょっと遠慮がちにシュルリと尻尾を伸ばし、ユウハの左腕に巻き付く。
人肌と共に感じられる、この魔力。
これくらいなら彼が目を覚まさないことは、すでに経験から知っている。
眠っている今なら、巻き付き放題である。
「……良い心地」
そうして尻尾を巻き付かせたまま、自身のベッドに横になったシイカは、ゆっくりと目を閉じた。
次回、ようやく入学式。
本日そこまで行くやで。




