お料理教室《1》
――シェナの部屋にて。
「聞いて、シェナ。緊急事態よ!」
バンと部屋に突撃してきたアリアに対し、だがシェナはそちらを一瞥した後、何も変わらない表情で、平然と言葉を返す。
「アリアがその顔で緊急事態って言う時は、大体くだらないことだけど、どうしたの」
「ちょっと、偏見よ、偏見! 私はこんなに焦っているというのに!」
「だって、アリアが本当に『ヤバい』って思ってる時は、口にも表情にも出さないし。何でもない風を装うからね」
「……そ、そう?」
「そう。だから、そうやって私に騒ぐ時は、アンタ自身も別に、本当はそこまで問題とは思ってないんだよ」
四年の付き合いであるため、その辺りはシェナもよく知っている。
意外としっかり自分を見てくれてるなと思い、微妙に照れ臭くなってしまったアリアだったが、しかしそこまで深刻ではなくとも、実際彼女が焦っていたことも事実である。
そして、彼女にとってこういうことが相談出来る相手というのは、やはりシェナだけなのである。
「……い、いえ、でも実際ちょっとマズい事態なの! 実は、学院長様の授業の面々で、屋台をやることに決まったのだけれど……」
その一言で、シェナは友人がこんな風になっている事情を悟る。
「あぁ、アンタ料理下手だもんね」
「そ、そこまではっきり言わなくていいじゃない!」
「あぁ、アンタ料理がちょっと不得意だもんね」
「そう! ちょっとだけ不得意なの! ちょっとだけ!」
「そうね。ちょっとだけ料理が、『え、コイツマジ?』って思っちゃうレベルで不得意なだけだもんね」
「やり直し!」
「そうね。ちょっとだけ料理が『あっちゃー』ってレベルで不得意なだけだもんね」
「そう! そうなの!」
「あ、今のはいいんだ」
――アリアは、いわゆる、『飯マズ』であった。
「いいじゃん、正直に料理出来ないって言えば。別に見栄を張らないでも」
「ダメよ、私はかっこいい先輩を目指してるの! かっこいい先輩は、やっぱり料理でもかっこ良くないと!」
「部屋の片付けを私にやらせてる時点でどうかと思うけど」
「シェナはいーの!」
子供みたいなことを言うアリアに、苦笑を溢すシェナ。
外では毅然としているのに、部屋では意外とこんな具合なのだが、まあ慣れているので気にせず言葉を返す。
「わかったわかった、で、つまり料理を教えろってこと?」
「クールで一見するとツンケンしてるけど、しぐさが意外と可愛くて、普通に家庭的で家事炊事完璧な、なんかズルいシェナ先生! 是非お願いします!」
「実はアリア、喧嘩売ってる?」
「とんでもない! 全て本心よ!」
「何だか急に協力したくなくなってきたわ」
シェナはため息を吐き、言葉を続ける。
「と言っても、私も別に、取り立てて料理が得意って訳じゃないんだけど。そりゃあ、簡単な料理くらいなら作れるけどさ」
「私はその簡単なのも出来ません!」
「威張って言うな」
ただ、シェナとしては、アリアが家庭的なことが出来ない理由も、わかるのだ。
何故ならそれは、本来メイドや執事が行う仕事だからである。
庶民ならばともかく、彼女は国でも高い位置にいる貴族であり、それらはやらなくて良いこと、いやむしろ、仕事を奪うため、やらない方が良いことですらあるのだ。
流石に四年生ともなった今では、アリアも身の回りのことくらいは自分で出来るようになっており――単純な忙しさで、部屋の片付けまでは手が回っていないが――、しかし料理という一点に関しては、貴族であっても絶賛する学生食堂がこの学院にあるため困っておらず、一切向上していないのである。
以前にシェナと二人で、何となくで作ってみたこともあったのだが……全て、シェナが手直ししたことでようやく食べられるようになった、というのはお互いの記憶に残っている。
シェナは、アリアが上級貴族であることに加え、学院で毎日三食美味しい料理を食べ続けてきたため、つまり下手に舌が肥えているせいで、料理をしようとするとそれを再現しようとしてしまい、しかし慣れていないせいで手際が悪く、逆に不味くなるのではないかと見ている。
「けど、料理を教えてもらうなら、シイカちゃんがいいと思うけどな。あの子の食に対する情熱、すごいし」
「シイカちゃんに教えを乞うたら、絶対ユウハ君にバレちゃうし、ユウハ君にバレたら、フィオちゃんにもバレちゃう可能性が高くなるじゃない!」
「どうせだから一年生とアンタとで、お料理教室でもすれば? それはそれで楽しそうだけど」
「むむ! ……で、でも」
ちょっと楽しそうと思ったのか、表情が揺れるアリアを見て、シェナは畳み掛けるなら今だと判断する。
「最初に、『私、実はあんまり料理やったことないのよ』って言っておいた方が、後々楽になると思うけど。かっこいい先輩でいたいのはわかるけど、変にかっこつけて失敗するより、そっちの方がダメージ少ないんじゃない? 誰にでも不得意なものってあるんだし」
「うむむ!」
少し悩む素振りを見せてから、アリアは答える。
「……じゃ、じゃあ、シェナも参加して、色々フォローして!」
「はいはい。しょうがない」
やれやれといった様子で、言葉を返すシェナ。
なお、料理下手の相手を一人でする面倒くささを、回避したかったシェナの思惑通りの話の進み方であったことに、アリアは気付いていない――。




