怪しい影
ちょい書き直すかも。
――バシュッ、と放たれた岩の散弾が、目の前の魔物の肉体をグチャグチャにした。
その散弾は、だが魔物を絶命させただけでは止まらず、その後ろに生えていた数本の大木を穴だらけにし、ようやく消滅する。
バキバキと轟音を立て、向こう側に倒れていく木々。
「……お、おぉ」
「クルル」
思わず零れた俺の声に、どことなく得意げな鳴き声を漏らすギンラ。
「……流石だな、ギンラ」
「クルル、クル」
「へいへい、わかってますよ」
――この前の約束通り、俺達は、ちょっと間を空けてから学院の周囲に広がる森、『古の森』へと出て来ていた。
そして、つい先程魔物と遭遇し、迎撃すべく華焔を鞘から引き抜き……というところで、肩に乗っていたギンラが先に魔法を発動し、こうして排除した訳だ。
うーん、強い。
『まあでもギンラ、あれじゃあ後で、姫様に怒られるぞ? 肉にし辛いと』
華焔から俺達に向けられる念に、ギンラは言い訳するように鳴く。
「……ク、クルル」
『わかってないねー。姫様は、『殺したならちゃんと食べる』を信条にしてるんじゃぞ? それも今回は、強敵という訳でもない格下相手じゃ。魔法を使うのならば、グチャグチャにならんのを使うべきじゃったの』
「あー、確かにシイカは、そこんところはしっかりしてるよな」
シイカは食べることが好きで、それ故に食材を無駄にすると、普通に怒る。
それも、結構本気の、尻尾をシャア、とさせる怒り方だ。
自然の中で生きて来たからこそ、『食』というものを大切にしているのだろうが、そういう姿勢は、アイツの良いところだろう。
「……クルル」
「そうだな、それなら問題ないな。グルメな食事に慣れたお前が、果たしてただの魔物肉で満足出来るのか疑問だが」
「…………」
もはや鳴き声すら漏らさないギンラ。
お前、もうゴード料理長の料理に骨抜きにされてるもんな。
果たして何の味付けもされていない生肉を食って、美味しいと思えるのか。
『カカ、舌が肥えると大変じゃねー。その点儂は、血があればそれではっぴーじゃから、経済的にも優しいカタナよ!』
「おう、どちらかと言えばお前の方が厄介だが」
――なんて、雑談をしながら森の中を散歩していた時だった。
『……ん。お前様、止まれ』
華焔が溢す、制止の念。
『姿勢を低く。草木に紛れるように』
考えるより先に、その場にしゃがみ込み、草の中に身を隠す。
と、肩に乗っていたギンラが、小さく鳴き声を溢した。
「クルル」
「人……?」
俺は、注意しながら辺りを見渡すも、それらしい気配は感じられない。
『まだ遠いから、肉眼じゃ無理。魔力を感じよ。お前様ならば、集中すれば見えるはず』
「……フゥー」
言われた通りに俺は、小さく息を吐き出し、集中する。
魔力。
森はそれが豊富で、空気中の魔素も濃く、木々や生物も多くいるせいで特定の気配を感知し難い。
だから、それらを一つ一つ丁寧に感じ取り、個別に分析し、余計なものを排除していく。
雑多な、だが『森』を形成する要素はそのままに、そこに紛れる異物を見つけ出す。
「――見えた。三人か」
木々で遮られ、肉眼では全く見えないが、確かにいる。
位置は……ギリギリ、学院の探知結界の外側か。
その位置で止まり、顔を突き合わせ、何事かを話しているらしい。
……怪しいなんてもんじゃないな。状況からだけでも、『クロ』と判断して良いのではなかろうか。
つか、またこの手の輩か。魔法杯でもいたぞ。
『ん、流石。前より早くなってるの』
「日々の魔法の授業の成果を、実感するばかりだわ。んで……敵、だよな?」
『あんなの、先制で斬られても自業自得じゃろ。ちょっと前も、学院の門ところでそれっぽいの斬ったし、最近物騒じゃねー。……何だっけ、学院祭? それが近いから、かの』
「……そうだな。いや、それを言うなら、俺達が入学した頃からずっと、だな」
多分、どこかの奴が、ずっと学院にちょっかいを出し続けているのだろう。
アイツらが何者かの確認はしなければならないだろうが……これも、恐らくその一環ではなかろうか。
『よし、いっぱい血が吸える、ないすいべんとじゃ! 何が最高かって、合法的に人が斬れるから最高!』
「本音が出てるぞ。やり直し」
『儂らの大事な学院を狙う悪い大人は、愛と正義の心でやっつけなきゃ! お前様、手伝って!』
「ん、満点」
「……クルル」
「あぁ、ギンラも愛と正義の心で頼むぜ」
俺は、華焔を鞘から抜き放ち、音を最小限に、魔力の高まりを抑え、ゆっくりと距離を詰めていく。
やがて聞こえてくる、男達の会話。
「――故に、潜入は失敗したと見るべき――」
「確実を期――ば、学院祭の目前――より多くの被害を出すには――」
「次元の魔女と敵対――ならば、祖国が滅び――」
潜入失敗。
より多くの被害。
次元の魔女と敵対。
――クロだな。
「……敵だ。やるぞ」
『はーい』
「クルル」
「幻影魔法? わかった、頼む」
覚悟を決め――突撃。
同時に、三人組を挟んで俺達と反対側に出現する、巨大な影。
『グラアアアアァッ!!』
「なっ――」
「何だ、コイツは!?」
「いったいどこから来やがったッ!?」
それは、どデカい、筋肉ムキムキの怪物。
四足歩行で、鋭い牙とぶっとい角を持っており、都市とかに放ったら一晩で壊滅させそうな凶悪なツラをしている。威圧感が半端ない。
『おー、ベヒーモスじゃの。昔斬ったことがあるぞ』
感心したような華焔の声。
へぇ……これがギンラの幻影魔法か。
すごいな、本物にしか見えない。というか、普通に俺も怖い。
あと華焔、お前こんなのとも戦ったことあるのか。
敵の注意が完全にデカブツに向いたのを見て取って、間合いを一気に詰め切った俺は、まず一人の足の関節裏を軽く斬り付け、力が抜けてガクッと体勢を崩したところで、その頭部にサッカーボールキック。
会心の手応え。いや、足応えと言うべきか。
その時にはデカブツの幻影も消え、背後から襲い掛かった俺達に気付いた残りの二人が、各々武器を構えようとするが、それより先に、肩のギンラが飛び出し、次の魔法を発動する。
それは、先程見せた岩の散弾。
「クッ、龍族……!!」
「チッ、学院の生徒かッ!! さっきのはお前の幻影魔法だなッ!?」
違います。
残り二人は、不意打ちにもかかわらず岩散弾をしっかりと防いだが、それぞれの意識の方向が、俺と、そしてギンラとの二つに分かれる。
ならば、簡単だ。
ギンラへの意識が強い奴を、俺が。
俺への意識が強い奴を、ギンラが。
俺の相手は一瞬面食らった様子を見せながらも、躊躇なく俺を斬り刻もうと、抜き放った大型のナイフに何か魔法を纏わせ、突きを放つ。
――風か。
風魔法を刀剣類に纏わせる、というのは比較的ポピュラーで、斬れ味の増大、刃の拡張効果がある。
キィン、という、高周波を思わせる音。
こちらの世界では、魔法の練度からある程度相手の実力を測ることが可能だが、コイツの魔法も魔力に淀みがなく、その実力の高さを窺うことが出来る。
だが――そういう面で、ウチの華焔に敵う奴はそうそういないのだ。
俺は、華焔が望むがままに、その突き放たれたナイフに合わせるように、下から斬撃を放つ。
すると、まるでバターで斬ったかのように、簡単に斬れる。
ナイフの刀身が。
「なッ――」
華焔が自身の魔力を高め、『魔刃』を刃に纏わせた状態にしたことで、普段の半端ない斬れ味が鉄を斬れるまでに高まったのだ。
『儂が全盛期なら、こんなことしなくても斬れるんじゃからね?』
全く場違いな、のんびりした思念が流れ込んで、思わず苦笑を溢す。
お前の全盛期っていうのがちょっと怖くなってきたな。
受け損ない、身体が流れた男の頭部を、刃を返した峰で強かに殴り抜く。
糸の切れた人形のように、ちょっと危ない倒れ方をし、ソイツは動かなくなる。
華焔が俺を操るままに。
だが、それでいて、俺が動く通りに。
日々、コイツを運動場で振るっているおかげで、文字通り身体に教え込まれている矯正も大分進み……うん、多分進んだ。進んでいるはず。
華焔からは、『まー、ハムスターが子猫くらいにはなったかなー』というお言葉をいただいている。いや、わかんねぇけど、そのたとえ。
なんでそんな可愛いチョイスなんだ。
とにかく、そのおかげでとっさの時にも、求められるままにある程度動けるようにはなった、はずだ。
つっても多分、華焔の方で、『今の俺』が動き得る限界を見極めて、要求してるだけなのだろうが。
……今はそのことはおいておくとして、残るは一人。
ギンラが相手しているはずなので、すぐに援護を――と思ったのだが。
「ウッ……」
ドスン、と崩れ落ちる音。
見ると、大木にもたれかかるようにして倒れる最後の敵と、その眼前で見下ろすように宙に滞空しているギンラ。
そのままギンラは、風魔法っぽいのを使ってこちらに飛んでくると、俺の肩に再度乗っかる。
「クルル」
「お、おう、こっちはバッチリだ。お疲れ」
『お前様より手際が良いの』
「……そうだな」
この程度の相手じゃ……余裕なのか。
不意でも突かれなきゃ、たとえ子供であろうと、そうそう負けたりしないのが龍族なのだろう。
そして、その龍族の大人よりウチのシイカの方が強い、と。
アイツに関しては設定がぶっ壊れている。
「……よし、とりあえず、死んではないな、コイツら。後は……」
『ここからあっち、次元の魔女の結界あるじゃろ? そこに三人放り込んだら、向こうで気付くじゃろ』
「そうするか」
華焔の言う通り、そうすれば学院の方で異変に気付いてくれる……といいな。
誰も来なかったら泣く。
どこかの龍族に似てない「のじゃロリ」が、最近ようやく書けるようになってきたので、全体的に手直ししておきます。
キャラの書き分けって難しい。




