禁忌魔法
――学院の、剣術を指導する教師。
衛兵達の総指揮官、ゲルギア。
ユウハの剣術の授業なども見ている彼は、ただ本業は衛兵であり、その傍らに教師もしている、という立場なのだが――今は、その本業の方の業務を、全うしていた。
「さて、まず最初に。貴様がそう簡単に口を開かないであろうことは、理解している。拘束を解くために自らの肉体を爆破したのだ、安い覚悟で潜入は行っていないのだろう」
「…………」
男――オルガに見破られ、ユウハに片腕を斬り飛ばされた、業者を装っていた男。
ここまで行われた尋問にも恫喝にも一切動じず、無言と無表情を貫き続けており、失った両腕に対して最低限の治療、止血の処理しか受けていないのにもかかわらず、一度も痛みを顔に見せていなかった。
未だ、激痛が走っているはずだが、何の感情も窺わせない顔で、ゲルギアを見返していた。
「故に、もう、喋らなくていい。こちらで勝手に、情報を抜き取らせてもらう」
「……何?」
初めて見せる、男の反応。
「貴様の出身は、ユエン帝国。専門に教育された、密偵部隊の出身だろう。目的は、当然情報集め。時期から見て、学院祭に関する何かを探っていたのだろう。だが……ユエン帝国の王はこの国を嫌っているが、こんな短絡的な手段に出るような愚か者ではない。この学院に手を出す意味を、あの王はよく理解している」
それが、唯一の真実であると言わんばかりに、ゲルギアは言葉を続ける。
「となると、貴様らに指示を出した者は、ユエン帝国の高官辺りだろう。理由は、この国への敵視から――というよりは、外から何かを吹き込まれたから、ではないか? どこか他のところと、密かに協力関係にあるはずだ」
「その妄想を情報とするなら、勝手にすればいい」
「そうだな。これは、ただの憶測であり、確信はない。だから、確証を得る作業に入る。――来い」
ゲルギアが外へと声を掛けると、すぐにその場に、二人の男が現れる。
衛兵の恰好をした、ゲルギアの部下らしき男達。
「この者達は、それぞれ特殊な魔法が使用可能でな。そのため、貴様がどれだけ黙秘を続けていようが、意味がなくなる、という訳だ」
「……きっ、『禁忌魔法』を使うつもりか!」
ゲルギアは何も答えず、冷たい眼差しで視線を返す。
雄弁に語らぬその態度が、男の予想が正しいということを示していた。
――禁忌魔法。
非人道的、及び大量殺人を可能とするため、世界全体で『禁忌』として禁じられ、忌み嫌われる魔法。
仮にそれを国家組織が使用し、そのことが発覚しようものなら、「もしかしたら政治等で禁忌魔法を使っているかもしれない、信用のならない国家」として判断され、周辺各国全てが敵に回ることになる。
ミアラ=ニュクスもまた、禁忌魔法が原因の場合は、戦争が起ころうが関与しないと宣言しており、それだけ危険で、人倫にもとるとされる魔法なのである。
ただ、そのような魔法はかなり属人的なものである場合が多く、術式を知っている者、知ってなお使える者というのはごく僅かであり――しかしこの学院には、ミアラ=ニュクスの勧誘によって、そのような希少な性質を持つ者も、幾人か在籍していた。
差別から、守るために。
「禁忌魔法は、他ならぬ次元の魔女によって、国際法で禁止されているはずだ!」
「その通りだ。だが、その使用を許される状況が存在する。大規模テロが引き起こされる場合や、国家滅亡の危機に関する場合など、国家に対する重大な危機が迫るような状況だ。各国の王族が数多く在籍しているこの学院に潜入を試みた、というのは、十分に禁忌魔法の使用が許される状況にあると私は考える」
「そのような屁理屈、通るハズが――ッ!」
「わかっておらんな。この学院は、そういう場所なのだ。――あぁ、安心するといい。ここは、医療体制も万全だ。貴様がどんな廃人と化そうが、後程しっかりと治療はしてやる。何かしら、後遺症は残るかもしれんが……貴様は意志が固く、何も喋らんようだからな。致し方ない」
淡々と語るゲルギアの言葉を聞き、男の表情に、初めて怯えが浮かび――。
◇ ◇ ◇
『――で、何だったんじゃろーな、さっきのは』
「わからん」
華焔から送られてくる念に、そう答える。
あの後、オルガ先輩に話を聞いても「んー、よくわかんない。不審者がいたみたいだけど。あ、僕はもう部屋戻るから、また今度ね」と、何とも要領の得ない返答で煙に巻かれ、そのまま別れたのだ。アンタ絶対説明が面倒くさかっただけでしょ。
……不審者か。
この学院の規模だと、やっぱそういうのも、時折来るのかね。
世に出したらすごい価値になるだろう研究とか、単純に物品とか、いっぱいあるだろうしな、この学院。
それに……前からちょっと、色々問題が起きているようなので、今回のもその関係なのかもしれない。
まあ、また今度ミアラちゃんに話を聞いてみるか。聞いて良いことなら教えてくれるだろうし、聞いてダメなことなら「それは教えられないから、ごめんね」って言うだろうし。
『とりあえずお前様、刀身が血と脂で気持ち悪いから、洗ってー』
「いつも生き物斬りたいって言う癖に、それは気持ち悪いのか」
『とーぜん。お前様だって、でみぐらすそーすは美味しいけれど、服に溢したら嫌でしょ?』
「それは……嫌だな」
うわぁ、って気分にはなるな。
『同じよ、同じ。カタナは、構造上自分で自分を洗うなんて出来ないんじゃ。だから、洗って!』
「はいはい――って、納得し掛けたけど、お前自分で肉体出せるだろうが。自分で自分洗えるだろ」
『嫌! やってもらうのが心地良いの』
良いのって。
「……まあ、いいけどさ」
そう言って俺は、苦笑を溢す。
しょうがない、手入れしてやるか。お前の所有者は、俺だしな。
なんて話していると、次に肩の上のギンラが、不満そうに鳴く。
「……クルル」
「いや、無茶言うなって。オルガ先輩も言ってたけど、なんか城門の辺り、衛兵さん方が群がって厳重になってたしさ。そりゃあ、魔女先生辺りに許可取ったら出られるかもしれんが……何かのっぴきならない理由がある訳じゃあねーんだから、今回は我慢してくれ。すぐにまた連れてってやるからさ」
今日、外に出ようとしていたのは、まずギンラが「魔素の濃いところに行きたい」と言ったからだ。
学院付近の魔素も十分濃いが、たまにはもっと奥の、もっと濃いところに行きたい、とのことだったので、用事も特になかったし、こうして外に向かおうとしていたのだ。
華焔の方は、それに便乗しての「生き物が斬りたーい」といういつものご要望だったのだが、何だかんださっき人が斬れたので、とりあえず満足したようだ。
……人が斬れて満足、って言葉、とても他所じゃ聞かせられないな。
何が酷いって、それが比喩でも何でもなく、言葉通りの意味だっていうのが酷い。
「……クルル」
すると、未だ不満そうにしながらも、ギンラは「……しょうがない。我慢してやるか」と溢す。
聞き分けが良くて、助かるよ。マジで。
これが華焔の方だったら、学院の事情とか関係なく、「いや、そんなの知らないけど」とか平気で言うだろうからな。
と、そんな俺の思考を感じ取ったのか、華焔から思念が届く。
『何じゃ、お前様。何か言いたげな顔をして』
「これがギンラじゃなくてお前だったら、絶対我慢しないで我がまま言うだろうなと思って」
『うん』
「うんじゃないが」
何普通に頷いてんだ。




