城門にて
原稿やってると、どうしてもこっちの投稿頻度がね……。
――オルガ=グドルニフ。
人種はエルフで、学院の三年生であり、ミアラ=ニュクスの授業への参加が許される程の天才。
ただ、彼は基本的にやる気がない。
何か理由がある訳ではなく、ただ単純に「面倒くさい」から、やる気がない。
エルランシア王立魔法学院に来たのも本人の意思ではなく、あまりのやる気のなさに堪忍袋の緒が切れた親が、無理やり学院へと放り込み、出した成績によって仕送りを決めるようにしたことで、渋々本人も授業に参加しているのである。
しかし、やる気のない、渋々の参加であるにもかかわらず、魔法におけるエリートばかりが集うこの学院にて、理論系の分野においては学年最優秀の座を一度も他に譲ったことがないという成績を誇っているのである。
実践系の分野では、流石にそうもいかないこともあるが、そちらは他と比べるものではなく『如何に自分の能力を伸ばすのか』という点だけが重視されているため、能力が伸びてさえいれば良しとされており、ただそちらでも彼はトップクラスの実力を有しているため、総合成績でもまた常に学年一位を取り続けているのだ。
そして――そんな彼は今、学院をぐるっと囲う城壁の、城門前へと訪れていた。
外からの荷物を受け取るためである。
この城門は、外との出入りを行う際に最もよく使われている門で、一日に多くの人の出入りがあり、今も業者や配達人等が、受付とやり取りをしていた。
「オルガ君ですね。ご実家から荷物が届いていますよ、こちらにサインを」
「はいはい」
受付の職員に、オルガは顔見知りなので気安い返事をし、書類にサインをする。
慣れた様子で手続きを終え、荷物を受け取り、それからふと、人の多い城門の方を眺める。
パッと見ただけではわからないが……侵入者を阻むための魔法陣、武具・杖等を感知するための魔法陣、魔力測定用魔法陣等々が城壁や地面と同化するように緻密に組まれ、さらにその周囲で、警備兵達がそれとなく行き来する者達に目を光らせている。
オルガはその時学院にいなかったため伝聞でしか知らないものの、ここへの襲撃が行われて以降、警備が厳しくなったそうで、こうして見てもそれが窺える。
元々しっかりした警備体制は敷かれていたのだが、確認出来る限り、以前より二段階程は厳重になっているように感じられる。
――今、ちょっと情勢が良くないって聞いてるけど……それがここにも出てるのかねぇ。
そんなことを考えながら、寮へと戻ろうとしたオルガの目に留まったのは、受付職員の一人と、業者らしき男。
運んできたのは、何か大掛かりな機械のようで、整備員らしき者が二人、それぞれ機械の左右に控えている。
魔車と呼ばれる、魔物を馬代わりにする馬車でここまで来たらしく、大きな牙が生え、鈍重だが力強そうな――ユウハならば『マンモス』と表現したであろう魔物が、学院の魔物使いの職員に連れられ、大人しい様子で魔物用の厩舎へとのしのし向かって行った。
「書類は問題なし、荷物は……これは、何かしらの魔導機関でしょうか?」
「えぇ、最新の通信系設備だそうで、今までよりもさらに簡単に遠方と連絡が取れ、通信速度も速くなり……とか何とか。私はただの納入業者なので、ただ大きな機械の塊にしか見えないのですが」
「ハハ、私もです。こちらへは、王都から?」
「えぇ、王都経由で、リディアの街を通って来ました。王都とリディアで魔導列車が開通してくれて以来、行き来が楽で助かりますよ」
「わかります。整備がどんどん進んで、年々楽になっていくので、学院勤務の身としても助かる限りですよ」
リディアというのは、エルランシア王立魔法学院と、最も近い位置に存在する街である。
そのため、飛行船ではなく陸路で学院に来る場合は、リディアの街を必ず通ることになるのだ。
つまりあの業者は、エルランシアの王都エルシアから魔導列車に乗り、リディアに辿り着いてから魔車を使用し、ここまで来たということになるが……。
「良し、書類も積み荷も問題なし。――と、すみません、あなたと、そちらの方ですね。お二人から何かしらの魔力反応があります。杖、または武器の類を何かお持ちならば、お帰りの際に返却致しますので、お出しいただけると助かります」
「あぁ、失礼しました。おい、お前もだ」
「へい」
男達は懐から小型の杖を取り出し、それを指定された場所へ置く。
彼らの会話に興味を引かれ、何となくで様子を見ていたオルガは――次の瞬間、魔法を放っていた。
発動したのは、エルフが比較的得意とする、『大地魔法』と呼ばれる魔法である。
土と、そして水の複合属性であり、木々や草に作用し、操るのだ。
「うわっ!?」
「な、何だ!?」
男達の足元に突如として生えた草が、瞬く間に生い茂ってその身体を這い、縛り、身動きを取れなくさせる。
「オルガ君、何を!?」
今までオルガの相手をしていた受付職員の驚きの声に――だが、彼は答えず、男達の前まで行き、問い掛ける。
「君達……いったい、どこの誰かな?」
「だ、誰って――」
「君達、業者のはずだよね? けど、どうも僕には違うように見える。早とちりだったら悪いんだけど、さ」
業者を装っていた男は、何のことかわからない、と言いたげな怪訝な顔をするが、しかしオルガは、気にせず言葉を続ける。
「まず、おかしいと思ったのは、君達の服の汚れだ。色合いでわかりにくいし、多分ちょっとは気にして拭ったんだろうけど……その汚れは、煤だね。前から後ろに流れるように付着してる煤。それはつまり、移動しながら付いたものだ。となると、君が乗って来たのは魔導列車じゃなく、恐らく――船。小型か中型の船かな。大型の船だったら、そんな風に付くことなんてないだろうし」
王都エルシアとリディアを繋ぐ魔導列車は、最近配備されたこともあって最新鋭のものが通っており、乗客が煙を浴びるような構造にはなっていない。
そもそも、魔導列車を動かしている魔導機関は、内燃機関も内包しているもののそこまで煙が出るような設計にはなっておらず、余程変なところに長時間立っていなければ、煤を浴びるはずなどないのだ。
では逆に、そんな煙を出すような乗り物がいったい何かと言えば、それは船だ。
魔導機関がまだ今ほどに発達していない頃、石炭等を使用する内燃機関を使用した蒸気船が生まれ、流通の革命だと数多くの蒸気船が造られた歴史がある。
時代が移り変わるにつれ、それらは少しずつ旧式となっていっているが、その名残で今でも、内燃機関が主に使用されている船舶が多く残っているのである。
「船、ということは、港だ。王都経由で学院に来たって言ったね、君。王都は内陸にあるんだけど……いったい、どれだけ遠くから来たのかな? リディアから見て、王都と港は、全く逆方向なんだけれど」
その意味することは、王都から来たのは、嘘、ということ。
いったい何故、そんなことで嘘を吐くのか。
それは当然、本来の経路を誤魔化したいから、だろう。
「そして、君達は三人とも人間だけど……この国出身じゃないね。隠そうとしてるけど……うん、発音の仕方からして、『ユエン帝国』かな。あっちの方の訛りが言葉に微妙に入ってる。確実に、とは僕も言えないけれど、少なくともこの国の人じゃないよね、業者のはずの君は」
ユエン帝国。
エルランシア王国とは、表向き友好を謳っていても、ほぼ敵対関係にあることが周知の事実である国。
男達は黙り、答えない。
その目だけが、状況把握のためか、活路を見出すためか忙しなく動き続け、焦りを見せている。
「まあ、この二つだけじゃ、証拠としては弱いかもしれない。けど、極めつけは――あの魔導機関だ。学院が中古なんて買うはずないから、新品のはずなんだけど、おかしいね。微かにだけど、魔力の残滓があちこちに残ってる」
上から下まで隅々を見て、感じられる違和感を、オルガは一つ一つ確認していく。
「そりゃあ、動作チェックとかで起動はするだろうけど、それにしては余計なところにまで残滓があるように見える。まるで、何かを仕込んであるかのように。それに……内側に何か、動き続けてる非常に小さい魔力がある。通信系の設備に仕掛けるものなら、『盗聴』用の術式とかかな?」
オルガは、笑う。
酷薄に、馬鹿にするように。
「一つ一つだけなら、そういうこともあるかもしれない。二つなら、『ん?』と思うだけで済んだかもしれない。でも、これだけ揃っちゃうと、流石に、ね。全く、君達も運が無いねぇ。ちょっと前までなら、僕は学院にいなかったのに。まあ、この学院なら、僕が気付かなくともすぐに正体バレただろうけど――」
その時だった。
突如、ボンと爆ぜる音。
無詠唱による魔法。
何事かと集まっていた兵士達も、オルガの言葉を聞くにつれ警戒を強めていたため、ここに来て不意打ちを許すような油断はしていなかったが――それは、攻撃の矛先による。
爆ぜたのは、魔法を発動した、業者を装った男自身。
腕の一本を飛ばし、身体の半分を焼き焦がしながらも拘束を力尽くで解いた男は、残った腕に、何か魔力の刃のようなものを生み出し、瞬時に動き出す。
オルガへと向かって。
恐らくは、状況を打開するために、『生徒』であると思われる自分を人質に取るつもりなのだろう。
冷静にそう判断し、オルガもまた迎撃用の魔法を組み上げ――だが、それは無駄に終わる。
オルガの行動よりも先に、一人の少年が、そこに飛び込んだからだ。
「フッ――」
あまり見ない、反りのある剣を振るったのは、オルガの後輩である――ユウハ。
見えぬような速度で刃が振り抜かれたかと思いきや、次の瞬間には、男の腕が宙を舞う。
血飛沫。
「グッ……!!」
男が一瞬、怯んでよろけると同時、ピーッ! と甲高い笛の音が鳴り、一斉に周囲の兵士達が動き出す。
男達が、確実な『敵』であるという確証が取れたため、情け容赦なくボコボコにされ、行動不能にさせられる。
もう大丈夫そうだと判断してから、オルガは後輩の少年へと声を掛けた。
「ユウハ君! ありがと、けど、どしたの、こんなところで」
「い、いや、どしたのって俺の方が聞きたいんすけど……華焔とギンラが外行きたいってうるさいんで、連れて来たところに、なんか騒ぎが聞こえてきたんで……何があったんです、これ」
肩に、見慣れぬ小動物を乗せ、血の付いた剣を手に握っている、ユウハ。
あの肩のは……龍族だろうか?
随分と珍しいペットを連れているものだ。
また、その手に握られている剣からは、何やらおどろおどろしい魔力が漏れ出しており、刀身が血で妖しく煌めいている。
――なるほど、『呪い付き』かな。あれだけの圧力を放つ剣を握って、彼に影響があるようにも見えない。ふーん……流石、ミアラ様の授業に参加してる子だね。
「さあ、何だろうね。僕もよくわかんないや。わかんないから、後は兵士の人達に任せちゃおうよ」
そう、肩を竦めるオルガ。
「えっ、いいんすか、それで」
「僕らがいた方が邪魔だよ。それと、もう多分、今日は外出られないから諦めた方がいいかな。――じゃ、後はお願いしますね。ユウハ君、行くよ」
「……う、うす」
そうして、オルガはユウハを連れ、後始末を兵士達に押し付け、一気に騒がしくなった城門を後にしたのだった。