生徒会長
――エルランシア王立魔法学院は、中央が最も土地が高く、円状に周囲が低くなっていく。
つまり、全体的には円錐型となっており、授業が行われる教室や研究室等が上の方に、寮生の住む寮や運動場、小さめの商店や兵士の詰め所などが、中域から下域に渡って存在する。
兵士の詰め所というと、何だか物々しい感じだが、要は警備員だ。
この学院は、いわゆる貴族階級の学生達も多く在籍し、さらに国家機密レベルの非常に希少な魔法関連の品も数多く保管されているらしく、故にそれなりの警備が必要になるのだとか。
それに、俺達がやって来た『古の森』と呼ばれているらしい秘境が、すぐ近くには広がっている。
古の森に住む魔物は、他の地域の魔物に比べて一回りも二回りも能力が高く、そのため万が一の際の戦力が必要なのだそうだ。
何でそんな危険地帯の隣に学院を建てたのか、甚だ疑問だが、何か理由があるのだろうか。
今更だが、本当に場違いなところに来たな、俺。
魔法とか、学び始めて一週間過ぎたくらいなんだけど。
魔女先生の特別授業終わりなどに、少しずつ散策範囲を広げていくことで、徐々に敷地内の通路を覚えていってはいるのだが……多分、全体の一割も把握出来ていないだろう。
一か月やそこら程度では、この学院の全てを把握するのは無理だろうな。
ここでの生活が本格的に始まる前に、もうちょっと内部のことを知っておいた方がいいだろうし、というか単純に面白そうだから色々見ておきたい――なんてことを思ったのが、今から二時間前のことである。
「……で、どこだ、ここは」
俺は、周囲を見渡し、ひとりごちる。
迷った。
それはもう盛大に。うん。
見慣れないものが多々あるので、興味を引かれるままに歩いていたのが失敗だった。
こういう時にシイカがいると、野生の勘というか、非常に鋭い感覚で迷うこともなく目的地や自室まで行くことが出来るのだが、現在彼女はいない。
城の内部には特に興味がないらしく、魔女先生の授業が終わった後に別れたのだ。
うーむ……マズいぞ、そろそろ日が暮れる。
このままだといつもの夕飯の時間に間に合わなくなりそうなのだが、そうするとシイカが怒る。
アイツ、結構律義な奴なので、きっと俺を部屋で待ってるだろうからな。
そうして、少しずつ焦りを募らせながら学院内を歩き回っていた俺は、繋がっていた廊下の先で、たまたまその建物へと辿り着く。
「ここは……図書館、か?」
視界に映る、大量の本。
壁一面の、高い天井にまで続く本棚満杯に本が収まっており、恐らく数十万冊は蔵書がありそうだ。
……これ、上の方の本とか、どうやって取るんだ?
梯子とか見当たらないし、物理的に手が届かないと思うのだが。
「――あら? こんにちは。探し物かしら?」
俺の背より五倍くらい高い本棚を見て、そんなことを思っていると、横からそう話し掛けられる。
顔を向けた先にいたのは、大人びた雰囲気のある少女。
背丈は、女性の中でも低め。だが、ロリっぽい印象は受けない。
長い黒髪の、可愛いというよりは美しいという言葉が似合うような人だ。
種族は人間っぽいが……俺はまだこちらの世界のヒト種をよく知らないので、本当にそうなのかはわからない。
感じからして、上級生だろうか?
「あ、えっと、こんちは。いや、そういう訳じゃないんすけど……迷ってたら、いつの間にかここに辿り着いてまして」
「あぁ……このお城、ちょっとビックリするくらい広いものね。ということは、来期の新入生なのかしら?」
「はい、そうっす。ユウハと言います。お姉さんは、ここの上級生っすかね?」
「えぇ、アリア=オーランドよ。アリアと呼んでちょうだい。一応、ここの生徒会長をやっているわ。よろしくね、ユウハ君」
へぇ、生徒会長さん。
そういうのを聞くと、学校って感じがするな。
「それで、この時期にこの学院にいるってことは、もしかしてユウハ君は、学院長様の関係者なの?」
「関係者……まあ、ミアラちゃん――いや、学院長のおかげでこの学院に入学出来たのは確かっすね。理由があって、この学院で過ごすことになりまして。ぶっちゃけ、魔法に関して技術も知識もない素人なんで、入学までに学ぶことが多くて大変なんすよ、今」
そう答えると、彼女は興味深そうな顔をする。
「へぇ……この学院は面白い人が多いんだけれど、その中でも珍しい例ね、君」
「すげー場違いなところに来ましたからね、間違いなく」
そういう面で言うと、俺よりシイカの方が、この学院には合っているだろうからな。間違いなく。
「フフ、でも、学院長様が入学を許したということは、それらを覆す何かがユウハ君にはあるんでしょうね。まあ、それは聞かないでおくわ。学院長様関連となると、生半可に首を突っ込まない方がいいでしょうし」
「……アリア先輩、俺何も知らないんすけど、あの人、やっぱりそんなにすごい人なので?」
「そうねぇ……あの方は、世俗に対する権力は何も持っていないのだけれど、周辺各国の王族達は、全員彼女のことを敬称付きで呼ぶと言ったら、大体伝わるかしら。この国の王族も、彼女のことを『様』を付けて呼ぶわ」
「……な、なるほど」
そんじょそこらの王族よりも立場が上、と。
俺、そんな人を「ちゃん」付けで呼んでいる訳だが……ま、まあ、それは本人が希望したことだし、実際そう呼ぶとあの人、嬉しそうな顔するし、いいか。
別に馬鹿にしている訳でも、甘く見ている訳でもないしな。
「アリア先輩は、何か調べものの最中ですか?」
「えぇ。私は来期で四年生になるから、卒業に向けてレポートを書かないといけないのだけれど、そのための資料探しって感じね」
「へぇ……あ、この学院って四年制なんすね」
「……なるほど、本当にここのことを知らないでやって来たのね」
その通りです。
――うむ、こうして話していて感じるが、アリア先輩は正統派の美人さんだな。
シイカも絶世の美少女なのは間違いないが、アイツは「常識? 何それ美味しいの?」を地で行く奴なので。
「そうそう、あとこの図書館に来てから気になってたんすけど、ここの本、上の方のはどうやって取ってるんです? 梯子とかも見当たらないっすけど」
「ん? あぁ、それはね、これを使うのよ」
彼女は、近くに置かれていた、他の本棚とは違う小さめの書架から、一冊の本を手に取る。
「この本は、図書館に納められている蔵書の目次になっててね。本棚ごとに分類されているのだけれど、こうして取りたい本のタイトルに魔力を流し込むと……ほら」
すると、ガコンと天井付近の本棚が動いたかと思いきや、ゆっくりと降下を開始し、俺達の目の前にまで降りてくる。
異世界ではどうやら、本棚の方を動かして本を取るらしい。
「お、おぉ……すごいっすね!」
「フフ、私も初めて見た時は、同じような反応をしたわね。この図書館も、学院長様が設計して魔法陣を埋め込み、建てたって聞いてるわ」
「とんでもないっすね、学院長」
――って、何を悠長に話してるんだ、俺は。
「す、すんません、俺、寮を目指してたら迷ってここに来ちまったんすけど、先輩道とかわかりませんか?」
「寮は幾つかあるけれど、どこのかしら?」
「えっと、確か『第一学院寮』って寮です」
「なら、ここから真っ直ぐ昇っていって、最初の角を左ね。その先でも分かれ道があるから、そっちは行かないように気を付けてね。延々迷うわよ」
「ありがとうございます、助かります! それじゃあ、また」
そうして俺は、彼女と別れたのだった。
ちなみに、結局夕飯の時間には遅れてしまい、待ってくれていたシイカに怒られ、彼女の気の済むまで魔力を練り続けるハメになった。
* * *
ユウハの姿が見えなくなった後、彼を見送ったアリア=オーランドは、ポツリと呟いた。
「……いったい何者なのかしら、あの子」
自身と同じ黒髪で、こう言っては悪いが、あまりこの学院に似つかわしくないような、普通の男の子。
色々物を知らないようだったし、自分の『オーランド』の家名を出しても何の反応も見せなかった辺りからして、貴族の家系ではないのだろう。
この学院に来る学生は、オンリーワンな技能であったり、特殊な事情を有していたりすることが多い。
逸材などと呼ばれる存在は、ここには売る程在籍しているのである。
そんな彼らと比べてみれば、先程の少年はわかりやすいくらいに普通な感じで、特に変わったところは感じられなかった。
が――そんな訳がないのだ。
恐らくあの話し方からして、彼は学院長が直々に手引きして、入学することになったのだろう。
あの人が、何もない普通の少年を、入学させる訳がないのだ。
ただその一点だけで、彼女の目には、ユウハという少年が非常に異質なものに見えていた。
「魔力の質は、確かに今まで感じたことのないもの……でも、それだけでもない気がするわね。引力、みたいな……うーん、わかんない!」
アリアの脳内に、ユウハの名前が刻まれた。




