会っていなかった生徒《1》
いつも読んでくれてありがとう、ありがとう!
――夏季休暇は、もう数日で終わる。
フィオやシェナ先輩が手を貸してくれたことに加え、ミアラちゃんという地上最強助っ人までが手を貸してくれたことで、俺もシイカもどうにか課題を終えることが出来、ホッと一息吐くことが出来た。
こういう時に、実はこの学院、結構なエリートが集う場所だったってことを思い出すな。
俺らが悪戦苦闘してた課題なんて、みんな鼻歌混じりに熟せるんだろうし。
まあ、ただ、楽しい夏休みだった、と言えるだろう。
魔法杯があり、ペットを飼い始め、海に行き、魔法を練習し、そしてのんびりする。
毎日ゴード料理長のところで上手い料理を食い、騒いで疲れたところで、眠る。
なかなか良い、充実した日々だったのではなかろうか。
夏季休暇が終わりに向かっていくにつれ、学院へ戻ってくる生徒の数もどんどん増え始めており、食堂などもだんだん賑やかさが増していっている。
余談だが、人が全然いない時はゴード料理長と雑談することもままあり、そういう時にお菓子作ってくれたり、おまけの料理を出してくれたりしていたのだが、人が多くなってくるにつれてそういう機会もなくなってしまったため、ちょっと残念である。
マジで、何でも美味いんだよなぁ、ゴード料理長の料理。
「元々彼、魔族の国の宮廷料理人だったらしいわよ。ただ、食材にすごいこだわるし、料理に関することだと一切妥協しないし、あと顔が怖いからクビになっちゃったみたい」
そう話すのは、実家から学院に戻って来ていた、アリア先輩。
「顔が怖いから、がクビの理由になるんすか」
「なるのよ、宮廷っていうところだと。『王の料理を作るのに相応しくない』ってことで。まあ、権力争いに巻き込まれた面も若干あるみたいだけれど」
「へぇ……じゃあ、今頃その宮廷の奴ら、絶対後悔してますね。そんな超絶くだらない理由でゴード料理長手放して。俺、あの人以上に美味しい料理作る人、知らないですよ」
飯は三大欲求の一つだぞ。
それを最高水準で維持出来る料理人を、飯の質という以外の理由でクビにするとは。
仮に人格面で問題あるのならば、そうなっても仕方ないかと思わなくもないが、ゴード料理長普通に良い人だし。
まあ、そんな馬鹿なのがいてくれたおかげで、今こうして美味い飯を食えているので、俺達サイドとしては感謝するしかないのだが。
「フフ、本当にね。美味しいごはんっていうのは、それだけで日々に活力を与えるものだし。――それより、その子が、ユウハ君のところで飼い始めたペットって子ね。……まさか、龍族だったとは」
俺の肩に乗っかっているギンラをまじまじと見て、そう言う先輩。
「あぁ、シェナ先輩から聞きました? えぇ、ギンラです。ペットって言うと怒るんすけどね、コイツ」
「あら、そうなの? ごめんなさい、言葉を改めるわ。ユウハ君の新しいお友達ね」
「……クルル」
毛並みを梳くように撫でるアリア先輩に、ちょっと嫌そうな鳴き声を溢すも、ギンラは俺の時とは違い好きなようにさせる。
コイツ、やっぱり女性陣には結構気を使いやがるな。
俺が触ると変わらず噛む、というのは脇に置くとしても、まあいいことだろう。
「フフ、触られて嫌そうな顔。でも逃げない辺り、こっちに気を遣ってるのね。シェナの言っていた通り、かなり賢そうな子だわ」
「その割に、俺には一切気を遣わないんすよ、コイツ」
「でも、気を遣わないでも、気を許してるのは間違いないと思うわよ? 野生生物って、そういうところ敏感だから、本当に懐いていないのならすぐに逃げ出すだろうしね」
「そうですか? そうなのか、お前?」
俺が肩のギンラに目を向けると、ギンラは「調子に乗るな」と言いたげにキシャア、と鳴く。いつものクルル、という鳴き声でない辺り内心がよくわかる。
うん、まあ、お前はそういう奴だよな。知ってる。
ただ、確かにコイツはもう、学院の外には出ないだろう。
何故なら、ギンラもゴード料理長の飯の美味さに、やられてしまったからである。
食事時には、超ウキウキな感じになりやがるのだ、コイツ。
最初、ゴード料理長に警戒の眼差しを向けていたのだが、その料理の美味さに警戒心というものを吹き飛ばされ、多分今では俺よりも彼の方に懐いていることだろう。
ゴード料理長、どうやら魔物用の料理にも精通しているようで、魔物が美味いと思うような味付けも出来るのだ。
曰く、魔物は野生を生き抜くために、『魔力の多い食材』を好む傾向にあるらしい。
魔力の多い食材を食えば、大なり小なり、それは必ず力となるからである。
ヒト種も同じことは言えるが、ただ魔物の方がその度合いが強いのだとか。
そう言えば、シイカも以前に、魔力が多いと美味いって言ってたな。
「ギンラ君、本当に賢いですよね。龍族が強いっていうのは知ってましたけど、ここまでヒト種と変わらない知能を有しているとは、知りませんでした」
「そう? 森で会った龍族は、みんな賢かったわよ? 私と会うと、ごはん献上してくれたわ」
「シイカさん、普通のヒトは会おうと思って龍族に会えるものじゃないんです。あと、やっぱり力関係はシイカさんの方が上なんですね」
そう口々に話すのは、フィオとシイカ。
「どうでもいいが、シイカ。こんなところで菓子をバリバリ食うな。行儀悪いぞ」
「この、おみやげっていうもの、とても美味しいわ。やっぱりアリアは良い人ね」
「お前、そこを土産で判断するのは大分失礼だぞ?」
そんなやり取りを交わす俺達に、フィオとアリア先輩が楽しそうに笑っていた。
――今、俺達が向かっているのは、ミアラちゃんの研究室である。
いつものように、勉強会だったり何なり、といったちょっとした用事ではなく、今日は明確な理由がある。
俺達がまだ知らない。外に出ていたミアラちゃんの授業の生徒が学院に戻ったため、その顔合わせである。
◇ ◇ ◇
「やぁ、こんにちは。君達が今年この授業に来たって子達だね。……うん、随分個性的な感じだけど、流石ミアラ様が目を付けた子達って感じだね」
ミアラちゃんの研究室。
そこにいたのは、部屋の主であるミアラちゃんと、見知らぬ男子生徒。
――不健康そうなイケメン。
それが、第一印象だった。
名前は、オルガ=グドルニフ。
学年は三年で、人種はエルフだ。
俺が知っている、何故か魔法杯で絡みが多かった性別不詳エルフ、ルーヴァ先輩とは違い、こちらはしっかりと男性だということがわかる。優男っぽい顔立ちはしているが。
うん、やっぱエルフが、というより、ルーヴァ先輩がとりわけ中性的だったんだな。
「いやあ、みんな大したものだね。ミアラ様から聞いたけど、若いのにしっかり勉強してて、真面目で、偉いもんだよ」
何だか随分と声音に実感が伴っていたので、怪訝に思いながら問い掛ける。
「えっと……先輩も真面目に勉強したからこそ、この学院にいるのでは?」
「え? いや、違うよ。勉強とかするくらいなら、一日中寝てたいんだけどさ。面倒くさいし」
「め、面倒くさい?」
「うん。けど、そういう生活してたら親にキレられて、『ミアラ様の学院に入るか、野垂れ死ぬか選べ』って言われて。エルフの方にも一つ学院はあるんだけど、そこだとサボるって思われたみたいで、遠いこっちに送られて……ハァ」
デカいため息である。
てか、すごいな、その二択。
と、そこでニコニコ顔のミアラちゃんが口を開く。
「一つ補足しておくと、入学試験は正常に執り行ったし、この授業にいるのもオルガ君の実力だよ。三年間ずっと学年首席」
「成績が落ちたら、仕送りを全部切るとも言われてるから、手を抜けないんだ。というか、一回切られて酷い目に遭った。面倒くさいことこの上ないよ」
「あー……な、なかなか、すごい方ですね、オルガ先輩は」
苦笑を溢すのは、フィオ。
「ミアラ様も酷いよねー。僕みたいなのをここに呼んで、かと思えば、現地で研究してこいって外に放っぽり出して。あっちじゃ、知らない人ばっかりだから、サボるにサボれないし」
「フフ、君のご両親とはちょっと面識があるからね。君みたいな才能ある子を預かっている以上、しっかりそれを伸ばさないと、面目が立たないのさ。今回後輩も入ったことだし、私としてはもうちょっと頑張ってほしいね」
「そうよ、オルガ君。それに、今回のでもしっかり成果を出してきたみたいだし。頼れる先輩として、頑張らないと」
「そういうのは、アリアさんに任せますよ」
「相変わらずのローテンションねぇ」
……なるほど、こういうタイプの天才か。
この人はこの人で、キャラが濃いな。




