夏の終わり
――夏季休暇が終わりに近付いた、ある日のこと。
実家から学院へと戻ったアリアの部屋に、シェナが訪れていた。
「シェナー! 帰ったわよー!」
「ちょっと、もう……暑苦しいんだけど」
「フフフ、無敵のシェナに抱き着けるのは、私くらいだからね!」
抱き着いてくるアリアに、シェナは面倒そうな顔をしながらも、引き剥がさず好きなようにさせる。
実家に帰り、貴族としての面倒な諸々を行い、恐らくストレスが溜まっているのだろうことを知っているからである。
アリアは公爵家の娘であり、である以上子供であっても家同士の付き合いや仕事は多いのだが、今彼女は一年の大半を学院で過ごしている。
そのため、こういう長期休暇で里帰りをすると、それらがドッと一気に押し寄せ、実家にいる間に休みなく効率的に熟さなければならなくなり、その忙しさをシェナもよく聞き知っているのだ。
満足したらしいところでアリアは離れ、荷物の中から箱を取り出す。
「はい、これお土産。猫さんクッキー!」
「……猫獣人の私にそれを持ってくる辺り、アンタは相変わらずって感じだけど、まあありがとう。お茶入れたげるから、座ってな」
「ありがとー!」
ベッドにだるーんと寝転がったアリアを横目に、シェナは勝手知ったる様子で道具を用意し始める。
シェナとアリアは、学院の一年生の頃から、隣同士の部屋である。
最初に知り合ったのもそれが理由で、互いの部屋へ何度も足を運んでおり、特にシェナはアリアの部屋の片付けをすることもよくあるので、どこに何があるのかなどは完全に把握し切っていた。
手馴れた様子で湯を沸かし、お茶を用意したシェナは、丁度良いのでアリアがくれた土産の箱を開き、二人でそのクッキーを食べながらお茶を飲む。
「ふー、シェナのお茶を飲むと、学院に帰ってきたって感じがするわねぇ」
「また適当言って。アンタにお茶入れるのなんて、今回みたいな時だけでしょ」
「じゃあ、シェナの顔を見ると学院に帰ってきたって感じがする、にしとくわ! ――って、あれ、ちょっと焼けたかしら?」
不思議そうにするアリア。
「ん、確かにそうかも。実はちょっと前、学院長様に海に連れてってもらったから」
「へぇ! いいわねぇ、羨ましいわ。学院に残ってた子達で行ったの?」
「そう。ユウハと、彼といつも一緒にいる女の子達と。あと彼のペット」
「ペット?」
「そう。ペット飼い始めたらしい。よくユウハに引っ付いてるから、今度見せてもらいな」
「へぇ~!」
わざと詳しく言わないで、ただそれだけを言うシェナ。
それが龍族だと知ったらどんな顔になるか、と内心で企み――何故かニヤニヤと笑みを浮かべているアリアを見て、怪訝そうな、ちょっと警戒するような眼差しに変わる。
「……何?」
「いやいや、仲が良いなぁって思って。あと、やっぱりユウハ君には、どことなく気を許してるような気がして」
一瞬だけ固まってから、シェナは言葉を返す。
「……別に、アリアの勘違いでしょ」
「そーお? でも私、シェナがそんなに、一人の男の子を気にしてるの、初めて見た気がするけどなぁ」
アリアの言葉に、シェナは少し考える。
種族の差で、人間の歳はあまりわかり辛いが、それでも年下だろうと感じられる見た目と性格の少年。
ただ、どことなく大人びている面もあり、よく気の付く子で、一緒にいるとどことなく心安らぐような感覚になる。
……別に、そこまで意識している訳ではない、はずだ。
尻尾と耳を触らせる、という約束のせいで、ちょっと、変なことになった時もあったが……。
思い出すのは、彼の大きく、温かな手の感触と、男の人の匂い。
優しく、まるで宝物を扱うように、慈しむように触れ、撫でてくれた、心地良さ。
男の人に触れられているというのに、全く嫌ではなく、自分でも驚く程簡単に、彼に身体を預けてしまい――。
「…………」
あの時の光景が脳裏に過ぎり、思わず顔が赤くなってしまい、それをアリアに見られる。
「……え、もしかして、そんな進展あったの?」
「な、ない! ないから。変な勘違いしないで」
「ふぅん……結局、そこのところ、どうなのよ、シェナ。ね、親友に教えてみなさいよ」
「アンタは親友じゃなくてただの腐れ縁だ」
「じゃあ、その腐れ縁に免じて!」
「……嫌」
「ほーお、嫌と来ましたか! なるほどなるほど、今までみたいに、『そういうのじゃない』とか『別に興味ない』とかの答えじゃなくて、回答そのものを拒否、と!」
「荷物の片付け、手伝わないわよ」
「あっ、ごめんって、ウソウソ、ウソだから! シェナがいないと、私やっていけないの! だから、私の夫になって!」
「ウザいしキモい」
多分、こうやって子供のように好き放題することで、実家で溜め込んだストレスを解消しているのだろうとは察しているが、それはそれとしてウザいので、正直にそう言葉を返すシェナ。
「あー! そういうこと言うんだー! いいもんねー、じゃあ、ユウハ君に夫になってもらおうかしら! 聞く限りだと、シイカちゃんとかカエンちゃんとかの分の家事も、大体彼がやってるみたいだし」
「ぐむっ……ケホッ、ケホッ……ちょっと、急に変なこと言わないでよ。まあ、アンタの好きにすればいいけど」
シェナがそう言うと、アリアは再びニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ほほーう、今、動揺したわね? 仮に私が、ハルシル君と結婚する、とか言ったとしても、別に動揺しないでしょうに」
「アリア、友人として忠告したげるけど、アンタは性格悪いわ」
「そういうのを見せるのは、シェナだけだからいいのー! 普段冷静なシェナが動揺するところを見られて、すごく楽しいなんて、全然思ってないから!」
「よし、わかった。ケンカ売ってるのね、アリア」
「いいえ、違うわ! 動揺するシェナは、とっても可愛いから、私はそれが見たいの!」
「そう。どっちにしろ、アンタと縁が切りたくなってきた」
「フフフ、無理よ、私は貴族家の娘として、あの手この手でシェナと縁を結び続けるから!」
「すごいヤバい奴じゃん」
仲の良い二人のじゃれ合いは、その後も続き。
何だかんだ言いつつ、結局アリアの荷物の片付けまで手伝い、ストレス発散に付き合い、愚痴に付き合うシェナは、良い女であった。




