カルヴァン=エーンゴールの里帰り
――魔族の最大国家である、アーギア魔帝国。
その帝都『ギアラ』に、エルランシア王立魔法学院一年生であり、ユウハの友人であるカルヴァン=エーンゴールの姿はあった。
里帰りである。
魔導飛行船でアーギア魔帝国へと入り、そこから魔導列車に乗り換え、二日揺られ続けようやく帝都へと辿り着いた彼は、実家へと向かう。
それは、帝城に程近い一等地に建てられた豪邸である。
「おかえりなさいませ、カルヴァン様」
「おかりなさいませ」
「ただいまー、みんな」
待っていた執事やメイド達が、次々にカルヴァンへと頭を下げ、彼は荷物や上着などを彼らに渡し、広いリビングのソファにボフッと座ると、すぐに用意してくれた紅茶を飲んで一息つく。
「フー……父さんと母さんは?」
カルヴァンの問いかけに答えるのは、執事長の老年の魔族。
「お二人とも、本日夕方までには帰っていらっしゃるかと」
「ふーん……もしかして、最近忙しいの?」
「はい、ここのところ会議等が多いようで、忙しくしていらっしゃいます」
彼と両親との仲はとりわけ良い訳でもなく、かといって悪い訳でもなく、普通だ。
好きなようにさせてもらっている自覚はあるので、その分感謝はしている。
しているのだが――『血』というものを考えた際、それがカルヴァンにとって面倒な柵であることも、確かであった。
「カルヴァン様」
「何だい」
「陛下から言伝が。帰り次第、一度城へ、と」
「すぐに?」
「帰り次第、ということでしたので」
「えー、面倒だなぁ。ちょっとくらいのんびりしたいんだけど。……よし、明日にしよう、明日。僕はまだ帝都にいないことにしといてよ」
「そう仰るかと思いまして、今日中に伺うとお返事をしておきました」
「……そこは、『明日帝都に着く予定と連絡を入れておきました』って答えるところじゃないの?」
「カルヴァン様の気性は、我々もよく理解しておりますので」
執事長の答えにカルヴァンは苦笑を溢し、クイ、と紅茶を飲み干すと、立ち上がって再び家を出る準備を始める。
――カルヴァン=エーンゴール。
またの名を、カルヴァン=エーンゴール=アーギア。
その名乗りを許されるのは、当然ながら、アーギア魔帝国には一家しか存在していない。
◇ ◇ ◇
帝都『ギアラ』の中心に位置する、巨大な帝城、『ガルファリア』。
王や皇帝の住む城は、実際の防衛機構としての役割よりも、政治の中心としての機能が一に考えられている場合が多いが、しかしガルファリアは非常に堅牢で、実戦向きに建てられており、たとえ年単位で攻められたとしても跳ね返すことが可能なだけの防備が整っている。
実際、アーギア魔帝国がもっと小さかった頃、とある大戦にて敵の大軍を跳ね返し、劣勢であったその戦を勝ちに導いた歴史が存在しており、そこからの伝統でいつ戦が起こっても問題ないように、防備が拡充され続けているのだ。
武に偏ったその在り方は、歴代の魔帝の在り方にも強く影響を及ぼしており――今代の魔帝もまた、武闘派として名を馳せていた。
ハジャ=アーギア。
魔帝でありながら、一角の武人でもあり、剣の腕においては国内でも随一の実力者である。
「――来たか」
政務を終わらせ、専用に訓練場にて剣を振っていたハジャのところに現れるのは、カルヴァン。
「陛下。数か月ぶりでございます」
礼をするカルヴァンに、ハジャは舌打ちをする。
「畏まったフリなどやめろ。貴様のその声音は気色悪い」
「気色悪いって……酷いなぁ。わかりました、伯父さん。ご壮健そうで、何よりです」
肩を竦め、フランクな口調になるカルヴァン。
「あぁ、貴様もな。――取れ」
ポン、と投げ渡された木剣を受け取り、しかしカルヴァンは構えず、曖昧な表情となる。
「えっとー……伯父さん、僕今日帰ってきたところで、疲れてるんですよね。なので、また今度にしてもらえるとー……」
「黙れ。真剣で斬るぞ。さっさと構えろ」
にべもないハジャの言葉に、カルヴァンは苦笑して大人しく構えた。
――カルヴァンが身に着けている剣術、『魔王流』。
それは、アーギア『魔帝国』ではなく、アーギア『魔王国』であった頃、一人の英雄たる魔族の王が振るい、代々継承されてきた剣術。
それを学ぶことは、遥か昔は王の一族、今は皇帝一族のみが許されており、故に使える者はごく一部のみである。
ハジャもまた使うのは魔王流で、そのため互いの手の内はよく理解しており、動きや使う技は、よく似通っていた。
だからこそ、彼我の差は、顕著に表れる。
しばらく打ち合い、やがて地面に転がされるのは、カルヴァン。
怜悧で爽やかな相貌を痛みで歪ませ、荒々しく呼吸を繰り返す。
「フン、修練を怠ってはいなかったようだな。動きが鈍っていたのならば、骨の一本でも折ってやっていたところだが」
「フー……勘弁してほしいですね。僕は、別に剣を学びたい訳じゃないんですが」
「そうだろうな。だが、それでも一族で最も才能があるのは、貴様だ。である以上、望むと望まざるとにかかわらず、剣の腕を磨かねばならん。血の義務だ。諦めよ」
一族の習いとして魔王流を学ばされているカルヴァンは、肉体を動かすことよりも、頭脳を働かせることの方が好きで、剣術に関することは面倒としか思っておらず――しかし、何の因果か、彼には才能があった。
彼が、時空魔法を用いて肌身離さず身に着けている剣、宝剣リヌ。
それは、才能を持たぬ者であれば振るうことはままならず、しかし才能がある者が振るえば万の軍勢を屠ることすら可能とされる、国に伝わる神器の一つ。
今のアーギア一族には、使える者はカルヴァンしかおらず、ハジャですらも、十全に扱うことが出来ない剣である。
まるで子供に言い聞かせる大人のような口調で話すハジャに、しかしカルヴァンは、怪訝に思う。
「……らしくないですね、伯父さん」
「…………」
「やっぱり、今、この国で何か起きてるんですね」
「……何故、そう思う?」
「あなたも聞いていると思いますが。エルランシア魔法学院に対する攻撃が、少し前にありました。その時僕は、国の隠密部隊が裏で動いていたのを見ています。……伯父さんでも、手綱が握れなくなってきているのですか」
学院への、魔物の襲撃。
それを実行したと思われる魔族の兵を二人、カルヴァンは人知れずに斬り捨てている。
カルヴァンの問いに、魔帝は答えない。
代わりに、語り掛ける。
「賢しい、我が甥よ」
「……はい」
「貴様には、知恵がある。俺と違って、頭が良い。そのまま、次元の魔女の下で学び続けろ。だが――何をするにしても、やはり、剣の腕もまた磨き続けろ。力無き者は、何も成し遂げられん」
強く、ただ強く。
瞳に意思を乗せ、王たる覇気をまとい、ハジャは言い放つ。
「……胸に、刻んでおきますよ」
一瞬、言葉に詰まりながらそう答えたカルヴァンに、ハジャは一つ頷く。
「さあ、構えよ。ここのところ、ロクに身体を動かせておらず、少々苛立ちが溜まっておったのだ」
「……しょうがないですね、付き合いますよ」




