ミアラちゃんのユウハ研究
ミアラは、自身の研究室にて、ユウハが杖を作る際に測定したデータへ何度も目を通していた。
魔力量、魔力適合率、細胞における魔力含有率、性質変化率等々が、数値によって表されており、数多の専門用語が並び、ユウハ自身が見ても自分のものだと気付けないであろう複雑な表となっている。
ただ、見る者が見れば、これ一枚でその魔法士の能力を丸裸にすることが可能で、何が得意で何が不得意か、というのを一目で理解することが出来る。
勿論、事前に許可は取ってあるので、勝手にデータを閲覧している訳ではない。
そして次に、同じ項目を取った、彼女自身のデータを確認する。
あらゆる数値において、ミアラの方が圧倒的に上回っているのだが……しかしその中で二点、彼女と明確に違う数値を叩き出している項目が、ユウハのデータには存在していた。
それは、魔力適合率と、性質変化率である。
魔力適合率――どれだけ肉体が、魔力に馴染んでいるのか。
この値が高い程、生物は魔力を楽に、自在に操作することが可能となり、実力のある魔法士は総じて魔力適合率の数値が高い。
自然界においても、ヒエラルキーのトップに立っているような魔物は、軒並みこの数値が高いということが研究でわかっている。
ヒト種ならば、後天的に訓練することで伸ばすことは可能だが、それでも先天的な才能が必要になってくる項目でもあり、魔法士としての才能云々はここで判断される場合が多い。
数値の低かった者が、長年の訓練で一流と呼ばれるまでになることは可能だが、しかしスタートの地点で劣ってしまっていることは確かなのである。
ただ、超一流と呼ばれる魔法士ですら、この値は八割五分辺りが限度なのだが、ミアラは九割九分を超えた、限りなく百に近い数値となっており、彼女がどれだけ隔絶されているかを客観的に表す値となっている。
対し、ユウハの値は――ゼロ。
恐らくこれは、ユウハが全く魔力に適合していないのではなく、完全に適合しているため、数値として表すことが不可能なのだと思われる。
つまりこれは、ゼロではなく、百か、もしくはそれ以上なのだ。
そもそも、ゼロなどという数値はあり得ない。
この世界に存在するありとあらゆるものには、必ず魔力、及び魔素が含まれているおり、ということは、どれだけ小さな数値であっても、魔力には適合している、ということなのだから。
性質変化率――その魔力が、どれだけの属性へと変化が可能なのかを表す数値。
この値は、人によって極端に違い、例えば『火』にしか適性のない者ならば数値は低く出るものの、それが魔法士の評価とは直結せず、単一属性しか使えずとも一流となることは可能である。
一般的な魔法士ならば、五割辺りを示し、他者より多彩な魔法が扱える場合は、六割~七割辺りの数値となる。
ただ、ミアラはやはり例外であり、この数値もまた九割を少し超えたところにある。
通常ではあり得ないような、恐らく世界でもミアラくらいしか出せないような値だ。
そしてユウハの値は、こちらもまた、ゼロ。
測定不能。
「……こうやって見ると、明らかだね」
揺らぎのない、完全なる無属性。
理論的にはあり得ない、機器の故障かと疑いたくなるような、存在自体が信じられないデータ。
だが、機器は正常に働き、そしてユウハもまた、この世に存在している。
肉体があり、心もある、確かな生物として存在している。
本当に、ちんぷんかんぷんである。
奇跡、なんて言葉では言い表せないような、自身の希少性とは比べものにならない程希少な存在なのが、ユウハなのだ。
――これは、長く生きた彼女が、初めて得られた他者の無属性のデータである。
今までそれは、ミアラのものしかなく、故に比較も不可能で、自身の何がおかしくて何が正常なのかを測ることも出来なかった。
これからは、違う。
一つ一つの数値を見て、比べて、研究することが出来る。
「……フフ。こんなにもワクワクするのは、いつぶりかな」
悲願への足掛かりを得られて。
何よりも、一人の研究者として。
数百年間、ほぼ進まなかった研究に、初めて進展が見られるのである。
ミアラは、静かに、歓喜していた。
◇ ◇ ◇
ミアラちゃんの研究室にて。
「……んっ!」
ルーが声を漏らすと同時、彼女の手のひらから、チョロチョロと水が流れ出始める。
「お、いいね、ルーちゃん。獣人は体外に魔法を放出するのが苦手な場合が多いんだけれど、うん、上手く発動出来てる。『妖狐』であっても、やっぱり魔法の才能があるね」
ミアラちゃんに褒められたルーは、嬉しそうに尻尾をパタパタさせると、そのまま俺達に見せるように、こちらまで寄ってくる。
「みず」
「おぉ、すごいな、ルー! 大したもんだ」
頭を撫でて褒めてやると、にへらっと笑い、「んふー」と喜ぶルー。可愛い。
手から漏れている水が、盛大に床を濡らしているが……まあ、魔法の水はすぐに消えるので、そこまで問題はないか。
――今日は、夏季休暇の課題を、ミアラちゃんの研究室でやっていた。
魔法について、まだ学び始めたばかりの俺とシイカにとって、実技的な課題であっても紙の課題であっても難しいもので、そのため助っ人としてフィオを呼んで勉強会を開始。
場所がここなのは、事前にミアラちゃんに「勉強するなら、私の研究室、いつでも使っていいからね」と言われており、自室よりは良いだろうと甘えさせてもらった形だ。
で、今日ミアラちゃんは、ルーの魔法を見てあげていたらしい。順調に、一つ一つ学んでいるようだ。
華焔は学生じゃないので課題なんかないが、まあ一人でいても暇なので、俺達に付いてきたようだ。
ギンラも何となくで付いてきていたが、一匹のんびりと、テーブルで眠っている。
と、そこでルーが組み立てた術式の終了条件が満たされたらしく、流れ出ていた水が全て消え去る。
その様子に、感心したような声を漏らすのは、フィオ。
「やりますねぇ。私が初めて魔法使えるようになったのって、ルーちゃんよりももうちょっと大きくなってからですよ」
「ん。私も……私が魔法使えるようになったのって、いつかしら?」
「俺に言われても知らんが」
何故かこっちを見て首を傾げるシイカに、俺はそう言葉を返す。
「そう。まあでも、すごいわ。次は私が、げんしょまほーを――」
「ルーちゃんに原初魔法は多分無理だから、混乱しないように教えないでね」
「……そう。残念」
「カカ、姫様には、主様という絶好の教え相手がおるじゃろう。最近魔法の修練の方が疎かになっておるから、ここらでしっかり教えねばな」
「ん、それで我慢するわ」
「いや、お前ら……そうだな。俺もルーに負けないよう、頑張るよ」
そんな俺達の様子を見て穏やかに笑っていたミアラちゃんは、ふと何か思い付いたかのような顔になる。
「水……ふむ……夏だし、良いかもね」
「? どうしました、ミアラちゃん」
そして彼女は、言った。
「――うん、みんな、海行かないかい、海」




