シイカとフィオ
――ある日のこと。
学院の、フィオの部屋にて。
トントン、と小気味の良い音と、ジュウ、と焼ける音。
良い匂いが、辺りに漂っている。
料理をしているのは、部屋の主であるフィオと、そしてシイカである。
「……意外、なんて言ったら失礼かもしれませんが、シイカさん、料理上手なんですね」
手際良く調理を進めていくシイカを見て、言葉通り意外そうな様子でそう言うフィオ。
シイカは、道具の扱い方から始まり、『焼く』以外の『煮る』、『炙る』などの調理方法も一つ一つ覚えていったことで、現在ではヒト社会の料理というものを大体理解しており、彼女の趣味の一つとなっている。
手先と、そして尻尾先が元々器用であり、加えて非常に物覚えの良い彼女はあっという間に腕前が伸びていき、すでに「それなりに出来る」を超え、「かなり出来る」程へとなっていた。
食材は、古の森へ行った際に狩った魔物の肉類を中心に、それに合うようゴードが用意してくれたもので、実は外で買おうものなら、一食で一週間分の食料が賄えるくらいの高級食材が揃っている。
古の森は自然環境が豊かであるため、希少食材が豊富に揃っているのである。
――シイカとフィオだが、意外と馬が合い、暇な日には時折こうして、二人で遊んでいた。
ここに華焔が入ったりすることもよくあるが、今はいない。
昼飯時には少し早いのだが、古の森で食材を自ら狩ってきたこともあり、最近は趣味も兼ねて自炊が比較的多めになっていたシイカに、フィオが付き合っている形である。
「そう? でも、ゴードの料理と比べると、まだまだだわ」
「いや、まあ、あの人は職業料理人ですし、学院長様が直々に声を掛ける程の人ですから……好きなんですか? 料理」
「そうね。美味しいものを自分で作れるのは、とても良いわ。あと、ユウハが美味しく食べてくれるのを見ると、嬉しいし」
何の声音の変化もなく、平然とそう言い放つシイカに、逆にフィオの方が若干狼狽える。
「そ、それって……」
「カエンも美味しく食べてくれるけど、あの子味の好みが濃くて、すぐ調味料を増やしたがるの。ルーもいっぱい美味しそうに食べてくれるから、最近はあの子に作るのも嬉しいわ」
「あ、な、なるほど、そういうことですか。……そうですね、やっぱり誰かに食べてもらえると、嬉しいですよね」
「私は、ずっと一人だったから。そういうのは、良いものよ。あ、フィオ」
「はい?」
「焦げてるわ」
「え? うわっ!」
フィオは、慌ててコンロの魔法回路を弄り、火力を調整する。
「あぅ……すみません」
「フフ、まあ、料理ってそんなものよ。大雑把なカエンよりは全然マシだわ」
「そ、そういう比べられ方をすると、ちょっと複雑なのですが……カエンさんは、料理はあんまり?」
「えーっと……ユウハは、『ザ・男料理』って言って、カエンを怒らせてたかしら?」
「すごいわかりやすい例えですね」
苦笑を溢すフィオ。
「そのユウハさんはどうなんです? あの人、家事炊事には強そうなイメージがありますが」
「結構やるわ。最初は私よりも上手くて、だからムッとして、私も頑張ったの。でも、ユウハは私もゴードも知らないような料理を作れるから、ムムッて感じね」
「あぁ、なるほど、やっぱり料理も出来るんですか。……うぅ、料理ですか。私も、もっと頑張らないとですね」
「大丈夫よ。食べられない程ではないわ」
「正直な意見ありがとうございます。でもそれ、あんまり嬉しくありません」
「大丈夫よ。とても美味しそうだわ」
「絶対嘘じゃないですか」
◇ ◇ ◇
そうして、ワイワイと話しながら料理を作り終えた二人は、場所を変え。
突撃していった先は、ユウハ達の部屋である。
「ユウハ、お昼よ。食べて」
「すみません、突然。二人で作ったので、食べていただければと……」
「おぉ、そうか! ありがてぇ。……あの、すっごい美味そうだし、すっごいありがたいし、すっごい嬉しいんだが……ちょっと量が多くないですか?」
二人が作った、山盛りの料理を見て、若干頬を引き攣らせるユウハ。
「聞くところによると、ヒトはいっぱい食べれば、肉体も魔法能力もいっぱい強くなれるそうだわ。私も、これまでの経験から、同感ね。だから、ユウハはいっぱい食べて」
「す、すみません、私も作っていて多いとは思っていたんですが……全然残していただいて構わないので――」
「いいえ、ダメ。全部食べて。これも後々は、きっとユウハの力になるから」
「……えっと、お前らの分は……」
「ちゃんと別で用意してあるから、それは全部ユウハの分よ。だから、食べて」
「……はい、全部食べます」
「ん、よろしい」
押し切られたユウハの返事に、ニッコリと微笑むシイカ。
「フィオ、姫様のこういう押しの強さは、お主も見習うべきじゃな」
「……が、頑張ります」
ユウハの隣で、フィオと華焔が、そうコソコソと話していた。




