ユウハの杖
ミアラちゃんに連れられ、向かった先は、学院の研究室らしき一室。
様々な機器が置かれ、ミアラちゃんの研究室と比べると、ファンタジーではなくSFチックな感じの雰囲気が漂っている。
そしてその部屋には、一人の男性がいた。
「ユウハ君は多分知らないだろうから、紹介しよう。ドミニク=ガレオス君だよ」
モノクルに整えられた髭の、紳士という言葉がピッタリ来るような見た目。
俺の杖の調整をしてくれるのが、この先生であるらしい。
見たことない先生だったが、どうやら三・四年の上級生を担当しているらしく、故に授業もかなり専門的なものをやっているそうだ。
魔工学、と呼ばれる分野で、今回の『杖』のような、魔法を用いた精密機器とかを設計したりとかするそうだ。
うん、面白そう。俺も高学年になったら取ってみようか、魔工学の授業。それまでに、色々理解出来るようにならないといけないだろうが。
あと、どうせ後でうるさく言うのがわかっていたので、華焔もここに連れて来ている。
「……ふむ、確かに。混ざり気のない、純粋なる魔力、学院長様と似た性質……素晴らしい、このような逸材がいようとは」
何かの機器に魔力を流せと言われ、その通りにした後、モニターっぽいものに出て来たデータを見てドミニク先生が少し興奮した様子でそう言う。
「ドミニク君、わかってると思うけど」
「えぇ、他言無用でありますな。――ユウハ君、君も気を付けなさい。学院長様から聞いていると思うが、君の肉体は、君が思っている以上に貴重なものだ。生きたまま人体実験されたくはないだろう?」
「うげっ……はい、気を付けます」
「生きたまま捕食はよくされておるがな、我が主様は」
せやな。
シイカの尻尾にな。
「フフ、まあ、ユウハ君にはとっても強い子達が付いてるからね。その守りを突破出来るのは、私でも厳しいだろうし、安全面はそこまで問題ないよ。ね、カエン」
「フン、当然じゃ。儂が全盛期で、姫様と組んでおったら、お主にも勝っておるからな!」
「そこの子が、例の剣の……なかなかやるな、ユウハ君。その歳で女性の扱いを心得ているとは」
「勘違いです」
オホンと咳払いし、俺は言葉を続ける。
「それより、話の先をどうぞ」
「あぁ、はいはい。術具だったかね、ユウハ君。一口にそう言っても、様々あるが……どのようなタイプのものが良いのだ?」
ドミニク先生の言葉に、俺より先に華焔が答える。
「儂の邪魔にならんの!」
「ふむ、剣を振るうのに邪魔にならないもの、ということか? それとも、術式への干渉を最小限に?」
「儂がおる時は、主様の補助は全て儂が担っておる。故に、授業の普段使いで変な感覚を覚えられても困る。というか、お主らの使う杖は、反応が悪過ぎじゃ。機器にて補助しておる故、仕方ないのかもしれんが、もっと機敏にせねば戦闘で使えんぞ」
「あはは、カエンは頑なだねぇ。まあでも、妥協してあげてよ。ドミニク君が調整すれば、そんじょそこらの杖とは比べものにならないくらい性能が良くなるはずだからさ」
「若輩の身ですまない。なるべく君の要求通りには調整する故、それで容赦願いたい」
「フン、仕方あるまいの。全く、こんな面倒なことをせずとも、儂を使わせればそれで全て解決じゃというのに」
「ごめんごめん、でも君の魔力はやっぱり、一般の子達には刺激が強いからさ。最近は、外に出る時とか、特にルーちゃんと一緒にいる時とかは、しっかり押さえてくれてるみたいだけど」
「それくらい、常識の範疇じゃ、常識の。それより、魔力の伝達率じゃが――」
俺抜きで、どんどん進んでいく会話。
「? 何じゃ、お前様。何か要求があるなら、今言うことじゃ」
「いや、お前が頼もしいなって思ってよ」
いつも頼りになってるよ、俺の刀。
◇ ◇ ◇
それから、二時間くらいは経っただろうか。
ドミニク先生と華焔で、ああでもないこうでもないと議論が続き、だんだんと形になっていく。
俺にはわからない専門用語が飛び交い、実は華焔がこういうのにかなり詳しいのだとわかり、ちょっと意外な思いだった。
そう聞いてみたところ、彼女は苦々しい顔で「……次元の魔女が、勝手に色々語っておったんじゃ」と言っていた。
宝物庫にしまわれていた時、華焔の話し相手はミアラちゃんだけだったようだが、どうやらその時に色々と知識を付けたらしい。
……まあ、華焔は百数十年あの宝物庫にいたそうだからな。
ちょくちょく、というだけの話し相手でも、それはもうかなりの知識量になるのだろう。
あの苦々しい顔からすると、多分ミアラちゃんが一方的に喋って、それで覚えたのだろうが。
あと、そのミアラちゃんはというと、用事があったようで、途中で帰って行った。いつもお疲れ様です。
「――ふむ、こんなものか。ユウハ君、一度装着してみてくれたまえ」
渡された杖の形状は、華焔の存在が念頭にあるので、両手が自由になるよう、ブレスレットタイプのもの。
電子機器ではないのだろうが、こう……ブレスレット型のスマホ、といった雰囲気がある。
いや、別に液晶画面があったりする訳じゃないのだが、とにかくそういった、工学的な雰囲気があるのだ。魔法的な精密機械であることは、間違いないのだろう。
俺はよくわからんが、仮に華焔を同時に使うとなった時でも干渉し合わないよう、それでいて両方ともに制御が利くような調整がされているようだ。
そして、いざという時はウチの刀が制御を統一出来るように、魔力のパスが華焔と繋げられるようになっているらしい。
イメージとしては……アレだ。パソコン二台使ってるような感じか?
普段は別々で使用しているが、いざとなったら二台繋げての併用を可能にした、みたいな。
受け取ったブレスレットを腕に嵌めると、次に一冊の魔法書を渡され、更なる調整が始まる。
この魔法書は、魔力を通せば勝手に魔法が発動する、というタイプのものではなく、本当に魔法が記述されているだけの教科書みたいなもので、俺が読み取って一から組み立てないといけないのだが、まあ俺もこの学院に来て四半期と少しは経っているのだ。
現象としては何も現れないし、俺自身何をやってるのかサッパリ不明だが、その魔法書を見ながら、指定された魔法を杖を通して発動していく。
これは杖を個人にフィットさせる調整で必要な作業らしく、「今までやったことがなかったのか?」とドミニク先生に驚かれた。やったことないです。
あと、この時若干華焔がドヤ顔をしており、「儂は、そんな面倒なことをせんでも、主様の調子に百ぱーせんと合わせられるからの!」なんて言っていた。はいはい。
そういう作業を三十分程行い、ここまでで読み取れたらしいデータからドミニク先生が何か修正を行っていき――やがて、調整が終了する。
「よし、とりあえずの調整は終わりだ。ユウハ君、簡単なものでいい、何か魔法を使ってみてくれたまえ」
「わかりました」
簡単な魔法ね……まあ、俺がいつでも使える簡単な魔法と言えば、やっぱり『ライト』だな。
生活魔法であり、戦闘でもよく使うようになったソレ。
体内の魔力を練り上げ、発動する。
すると、ボワリと空中に浮かび上がる光球。
おぉ……。
「何か違和感はあるかね?」
「いえ、問題ないです。わかりやすく発動しやすかったです、今」
何となく、華焔を通して魔法を発動した時の感覚と似ている。
多分、そういう調整を華焔が求め、そしてドミニク先生がやってくれたのだろう。
ただ……確かに、ウチの刀を使った時の方が、魔法がもっと発動しやすかったように思う。
なるほどな、生活魔法なんて簡単な魔法であっても、これだけ感覚に差があるのか。
華焔が「自分を使えばいいのに」なんて言うのも、わかる話だ。
恐らく、もっと複雑な魔法を使えば、この差もさらに顕著に表れるのだろう。
「フン、まあ、儂に慣れておるお前様が使いやすいように調整したからの」
「いや、でも、お前の方が使いやすい。それは、よくわかる」
ちょっと面白くなさそうな華焔に、率直にそう言うと、彼女は一瞬固まり。
そして次には、むふーん! といった様子で、わかりやすく胸を逸らしてみせる。
「それがわかっておるなら良い! 全く、お前様はもっと感謝するべきじゃな、儂に! こーんだけ優れたカタナが、お前様なんてぺーぺー魔法士に、付き従っておるんじゃからの!」
「はいはい。感謝してるよ」
本当にな。
――こうして俺は、『杖』をゲットした。