属性診断
まあ、いつものことで正直もう慣れているので、尻尾に巻き付かれたまま気にせず訓練を続け――という時。
コンコンと部屋の扉をノックされる。
「おい、人が来た。離れろ」
「嫌」
「…………」
しょうがないから巻き付かせたまま返事をし、シイカをズリズリと引きずって、部屋の扉を開ける。
「やあやあ、ユウハ君、シイカちゃん。みんなの学院長、ミアラだよ。……うん、仲が良さそうで何よりだ。ここでの暮らしは慣れたかい?」
現れたのは、幼女学院長だった。
「あ、どうも、ミアラちゃん。快適に過ごさせてもらってます」
「ん、ご飯がとても美味しいわ、ミアラちゃん」
「そうかいそうかい、良かったよ。二人の様子はアルテリアちゃんから聞いているけれど、とても真面目に学んでくれているようで何よりだ」
「いやぁ、単純に楽しいっすからね、魔法学ぶの。なあ、シイカ」
「ご飯の方が楽しいわ」
「……そうだな。飯は楽しいとかそういう概念で語るものじゃないと思うが、お前はそういうヤツだ」
実際、気持ちはわかるのだが。
ゴード料理長の料理は、それだけでモチベーションになる美味さである。
「あはは、ゴードの作る料理は本当に美味しいからね。私も、彼をこの学院に引き込むことに成功したのは、我ながら良い仕事をしたと思ってるよ」
「ん、ゴードは、すごい」
楽しそうに笑う学院長に、俺は問い掛ける。
「それで、ミアラちゃん、どうしたんです? 何か用事があるんですよね?」
「うん、ユウハ君がある程度魔力操作を覚えたようだからね。ちょっとだけ、研究に付き合ってもらおうかなと思って。すぐ終わるから、どうかな」
「あぁ、わかりました。約束ですし、何でもしますよ」
「助かるよ。じゃあ、はい、これ」
てっきりどこかに移動するのかと思っていたのだが、そう言って学院長は、こちらに水晶のようなものを渡してくる。
「……これは?」
「それは、属性検査用の水晶だよ。魔力を練って流し込むと、対象の魔力の質から、どの属性の魔法に適性があるかをある程度判断することが出来るんだ。シイカちゃん、試してみてくれないかな」
「ん」
シイカは俺に巻き付かせていた尻尾を解き、左手の手のひらに水晶を乗せ、そしてそこに尻尾を翳す。
すると、水の中にインクを垂らすかのような感じで、水晶内部に三つの色がジワリと生み出される。
火のような赤色と、川のような水色と、鉱石を思わせるような鈍色。
三つとも澄んだ、とても綺麗な色だ。
ただ……少しだけ、色に強弱があるな。
微妙な差だが、赤が一番強い、だろうか?
これは……そうか、基本属性の『火』、『水』、『地』を表しているのだろう。
「おぉ、優秀だね、シイカちゃんは。一番得意なのは『火』なんだろうけど、他の二色もこれだけ濃く、色鮮やかに出るってことは、そっちの適性も普通の魔法士より高いんだろうね。これだけとなると……『風』の適性がないのは、単純にほとんど使用してないだけかな?」
「風は効率が悪いもの」
「なるほどねぇ、森での暮らしが、自然と効率の良い魔法を選択した訳か」
研究者らしい興味を顔に覗かせ、何事か納得した様子を見せた後、次に幼女学院長は俺へと顔を向ける。
「さ、ユウハ君、使い方は見てたね? 今みたいな感じで、やってごらん」
「ユウハ、はい」
「おう、ありがと」
内心で若干ワクワクしながら、シイカから水晶を受け取る。
俺でなくとも、この状況はワクワクすることだろう。
いったい俺は、何の属性が得意なのだろうか。
この身体、そういうところで不自由しないようになってるっぽいし、楽しみだな。
そんな高揚と共に、俺は多少慣れてきた魔力操作で水晶へと魔力を流し込んでいき――。
…………。
…………。
…………。
「……ん?」
何も反応しない。
シイカの時と違い、何の色も生まれない。
一度魔力を止めてから、再度同じことをやってみるも、やはり結果は同じだった。
「……シイカ、俺、もしかしてちゃんと魔力を流し込めてない?」
「いえ、問題ないわ」
ということは、この水晶は正常に稼働しているはずだ。
適性を見る機器に応答がないということは……つまり俺には、得意な属性が存在しないということか?
「……お、俺、才能ないのか……?」
「残念、ユウハ」
励ますように、シイカが俺の肩にポンと手を置く。
彼女の尻尾も、その反対の肩にポンと乗ってくる。
眼前の結果に、思わずがっくりと肩を落とした俺だったが……しかし幼女学院長は、俺とは逆に、何故か満足そうな様子で頷いていた。
「うん、やっぱりこういう結果になったか」
「……ミアラちゃん、これは、俺に適性が存在しないってことっすか?」
「いや、多分そうじゃない。その可能性も無い訳じゃないけど、私はもう一つの方の可能性が高いって思ってるよ。――既存の属性ではない属性に対する適性を、君が持っている場合だ」
既存の属性ではない属性……。
「この前言っただろう? 君は面白い魔力をしていると。あくまでこの水晶が示すのは、今まで確認されたことのある魔法の属性のみだ。基本の四属性以外のものにも反応を示すけど、当然未知のものには反応しない。今回の場合も、恐らくそれが理由だろう」
「……じゃあ、俺は、何に対して適性があるんすかね」
俺の言葉に、彼女はニコッと笑う。
「それを、これから一緒に解き明かしていこう。この学院は、子供を育てるための教育機関だけど、同時に未知を探求するための研究機関でもあるのだから。――あ、そうそう、今回のことはあんまり口外しちゃダメだからね、そこだけは気を付けて」
この時俺は、学院長がサラッと軽く言うので、特に深く考えず返事をしていたのだった――。