誘惑を断ち切るのは難しい
――時は来た。
現在、シイカはフィオのところへ遊びに行っており、華焔はギンラを連れて散歩に出かけ、ルーはそれに付いて行き。
部屋にいるのは俺と――俺の目の前の、クールな相貌を少し赤らめ、どことなく恥ずかしそうな顔のシェナ先輩である。
……この人にこういう顔をされると、ちょっとヤバいな。
そこはかとなくグッと来るものがある。
「え、えーっと……物が多めであんまり片付いてないんですが……どうぞ」
「結構片付いてる方だと思うけど。少なくともアリアの部屋よりは綺麗だし」
ウチは、計三人が生活しているし、何ならよく遊びに来るルーも合わせれば四人だ。
元々二人部屋故に、他の生徒達よりは広い部屋を貰えているものの、流石にちょっと手狭である。
私物が、どうしてもな。
別に言う程多い訳じゃないのだが、置き場所も限られているため、大分スペースを圧迫している感があるのだ。
「……アリア先輩、部屋の片付け、出来ない人なんです?」
「意外でしょ。ま、あの子はやらなきゃいけないことが他の生徒よりも圧倒的に多いから、自分のことが後回しになってる面があるし、その点情状酌量の余地はあるかな」
気安い様子で、そう言うシェナ先輩。
「で、見かねてシェナ先輩が片付けをしてあげてる、と」
「……何でわかったの」
「いや、まあ、先輩らの関係性と、シェナ先輩の性格を考えたら、そうかなと」
「……鋭いね、ユウハ」
図星だったらしいシェナ先輩は、ちょっと照れ臭そうに耳をピコピコさせ、それから話を誤魔化すように、オホンと一つ咳払いする。
「それで、ユウハはここで、シイカちゃんとカエンちゃんと一緒に暮らしてるんだ。学院で、女の子と同棲、ね」
「……そ、それを言われると何にも言えなくなるんですが、そこには色々事情もあったので……」
「ユウハって、真面目そうに見えて、実は女たらしな面があるんだね? こうやって、部屋に私を連れ込んで」
「先輩、言い方ってあると思うんです」
「女の子の身体を好き勝手するためなんて、そんないやらしい目的で、部屋に連れ込んで」
「先輩、言い方ってあると思うんです」
なお、彼女の言葉は一つも間違ってはいないのである。
――そう、今日はシェナ先輩に、『表彰されるくらいのとこまで行ったら、観念して耳でも尻尾でも、好きなだけ触らせたげる』という約束を守ってもらうべく、部屋に来てもらったのだ。
事前に決めていた訳ではないのだが、たまたま外で遭遇し、そしてたまたま今日部屋に誰もいなかったので、ちょうどいいからと、そういうことになったのである。
と、彼女の顔を見ると、先程までとまた別な感じで、何故か恥ずかしそうにしている。
「……あの、自分で言ってて恥ずかしくなってたら、世話ないっすよ」
「うるさい」
この人、ホントこういうところ可愛いな。
「もう、いいから……好きにしなさいよ。ほら」
ベッドに座っていた俺の隣にボフンと腰掛け、こちらに背中を向ける先輩。
目の前に、揺れる彼女の尻尾が置かれ、同時にフワリと良い匂いが漂い、思わずドキリと心臓が跳ねる。
「……そ、それじゃあ、失礼して」
実際のところ、俺の方も内心では緊張しているのだが、ここで臆していてはそれはそれで情けないので、遠慮がちに両手を伸ばし、触らせてもらう。
フワフワの毛並み。
しっかり手入れされているのだろう、非常に滑らかで触り心地が良い。
……うむ、うむ。
素晴らしい。最高と言っても過言ではない。
彼女はピクッ、ピクッ、と身体を反応させるが、特に何も言わず無言のままだったので、そのまま尻尾をスーッと撫でた後、次に俺は彼女の猫耳へと手を伸ばし――が、こちらの反応は違った。
「んにゃうっ」
触れた瞬間、先輩の口から漏れる、およそ先輩らしくないような、可愛らしい声。
俺の手から逃れるように、ビクン、と身体を捩らせる。
「……何でもない」
「先輩、それは流石に無理がありますが」
「何でもない。男の人に、こうやって触られるのが初めてだから。それでちょっと驚いただけ」
何でもない様子には毛程も見えなかったが、そう言い張る先輩。
……まあ、先輩自身がそう言うなら、何も問題はないな!
俺は、髪を梳くように猫耳に触れ、撫で、指先でコリコリといじる。
丁寧に、入念に、ゆっくりと。
「んっ、あっ……んんっ……」
その度に彼女の口から漏れる、艶やかで、ちょっとアレな声。
ぶっちゃけて言うと、すごくエロい。
時折尻尾の方にも指を滑らすと、腰をくねらせ、思わずといった感じで俺の腕を取り、密着してくる。
スラッとした細身の身体付きをしている先輩だが、それでもしっかり感じられる胸の感触。
――それから俺は、いったいどれだけ、彼女の耳と尻尾に触れていたのだろうか。
いつの間にか遠慮もすっかり忘れ、シイカの時に一回失敗しているのも忘れ、夢中で触り続ける。
ふとその時、シェナ先輩が、こちらを向いた。
背丈の関係で、自然と彼女が俺を見上げる形となり……潤み切った瞳に、紅潮した頬。
「…………」
「…………」
シェナ先輩はジッとこちらを見詰め、俺もまた、その顔から眼を離せなくなる。
彼女の頬に、そっと触れる。
滑らかな感触。
きめ細やかで、美しい肌。
淡い、ピンク色の唇。
先輩は嫌がらず、尻尾を俺の腕に巻き付け、その俺の手に頭を預けてくる。
どれだけそうしていたのか、もうわからないが……俺は、なけなしの意志を振り絞って、手を離し。
「えっ、えっと……そ、その……あ、ありがとうございました。とても良いものでした」
「……う、うん。満足してくれたなら、良かった。じゃ、じゃあまた」
深々と頭を下げる俺に対し、何故かシェナ先輩もまた、頭を下げる。
そして彼女は、少し慌てながら、逃げるように俺の部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
――その後。
「シェナのにおいがする」
「んっ、あ、あぁ。ちょっと先輩が来てな」
「ふーん」
何でもないようにそう言うシイカに、俺はさっきまでと別の意味でドキドキしていた。
……俺は、何をこんなに焦ってるんだろうな。
何故こんな、浮気がバレそうになった時の浮気男みたいな心境を味わっているのだろうか。




