種が違えど、オスとは変わらないもの
――ミアラちゃんの研究室にて。
ジリジリと、にじり寄るルー。
耳をピンと立て、好奇心に尻尾を左右に振り、両手を広げてゆっくりと距離を詰めていく。
対し、若干の焦り顔で、同じだけジリジリと後退る、ギンラ。
まるで天敵に出会ったかのような、どうやってこの場を脱するか必死に思考しているような、そんなことがありありと感じられる表情である。
マジで、龍なのに何を考えているのか丸わかりなのが、面白いところだ。
が、残念ながら、自然界では強者たる龍であっても、幼女には勝てない。それがこの世の真理。
シュバッと、捕食者が如き動きで伸びて来たルーの手から逃れることが出来ず、ギンラは小さな両手に確保される。
「おー、フワフワ」
「ク、クルル!」
「ギンラ、暴れたら、メッ」
「…………」
シイカに言われ、頬を引き攣らせながら、ルーに為すがままにされるギンラ。
恐らく魔物故、俺なんかよりよっぽどそういうものに敏感なんだろう。
別に特別何かをされた訳ではないのだが、すでにギンラは、シイカには一切逆らえないようになっているのだ。
野生生物の本能で、そうなってしまうんだろうな。
ルーと対面した最初、瞳を輝かせる彼女に対し、威嚇のポーズを取るギンラだったが、「ルーをケガさせたら、怒るから」とシイカに言われたため抵抗出来なくなり、ならばと逃げ出そうとしたところ「室内で、あんまり勝手に飛んだら、メッ」と言われ。
哀れ、幼女のおもちゃの完成である。
ちなみにだが、シイカに加え、擬人化した華焔にも逆らえない。
自分よりも、華焔の方が格上だと判断したのだろう。
本当に思いっきり確保され、流石にちょっと可哀想だったので、俺は苦笑しながら声を掛ける。
「ルー、ほら、嫌がってるだろ。生き物が相手なんだ、優しくしないとダメだぞ」
「ん……そっか。ごめんね」
テーブルの上にギンラの身体を解放し、謝るルー。
ウチの新入りは、「全く……」と言いたげな様子だったが、ルーが謝ったので良しとしたのか、ちょっと落ち着きを取り戻し、そこにペタリと座る。
「るーは、るー。よろしく」
「クルル?」
「そう。だから、るーがせんぱい」
「……クルル」
「ん、よろしい」
何やらこちらも上下関係が形成されたようで、鷹揚に頷いてみせるルーに、ギンラが「……もうどうにでも」と言いたげに嘆息する。
ギンラ、お前ホント、仕草がヒトっぽいよな。
というか、一定以上の知能のある生物だと、そういう風に表情が豊かになるのかもしれない。
と、そちらの様子が一段落したところで、俺は目の前で笑っていたミアラちゃんとの話に戻る。
「そういう訳なので、コイツ、ウチで飼いたいんですが……」
「君は、一歩歩けば、何かにぶつかるねぇ」
「自覚はしてます」
愉快げなミアラちゃんに、そう答える。
俺は、多分……今後もこうやって、何かに巻き込まれ続けるのだろう。
それはもう、受け入れたというか。覚悟は決めたというか。
そこで、もう一人の少女が口を開く。
「ルーちゃんといい、本当に……ちょっと見ない内に、って感じですね。とりあえず遅れましたが、ユウハさん、魔法杯のボックス・ガーデン三位、おめでとうございます。すごいですね、一年の内から、そんな記録を残して……」
「おう、ありがとう。ま、正直出来過ぎな結果ではあるな。かなり運が作用した部分はあるから、まだまだだ。華焔にも『これで満足するなよ!』って言われてるし」
「フフ、そうですか。二人のそういう姿勢は、相変わらずですねぇ」
クスリと笑うのは、フィオ=アルドリッジ。
羊角を持つ、そこそこ仲の良い、背丈が低めの少女である。
夏休みの間、一度国の方に帰っていたそうだが、早めに用事を済ませ、もうこっちに戻って来ていたらしい。
彼女も、色々あった訳だし……あまり、自分の国に長居はしたくなかったのだろう。
「お前の方は……どうだ? 色々は片付いたか?」
「はい、必要なことは全て済ませて来ましたから。もう、学院を卒業するまで向こうに帰ることはないですね。ここからは、勉学に励むのみです! 色々ご心配、おかけしました」
「そっか……なら、良かった。存分にシイカの相手を任せられるしな!」
「え、そういう理由ですか?」
「おう、勿論だ! 人身――仲の良い友人が何人もいることは、良いことだからな!」
「人身御供って言おうとしましたね、今。どう思います、シイカさん」
「必殺技みたいな響きね、ヒトミゴクー」
「必殺技じゃないです」
そんな俺達の冗談に、ミアラちゃんはやはり楽しそうに笑い、それから話を戻すように口を開く。
「ま、いいよ。君が責任持って見る限りは、許可しよう。それに龍族は賢いから、シイカちゃんとカエンがいれば、言うことはちゃんと聞くだろうしね。ただ……えーっと、どこだったかなぁ」
何やら部屋の奥に行き、ゴソゴソと探し始めるミアラちゃん。
「あぁ、あったあった! ――はい、これ、従魔用の識別プレート。これを付けてね」
「クルル!」
ミアラちゃんが持ってきた、何だかちょっとお洒落な首輪を見て、拒絶の鳴き声をあげるギンラだったが……。
「えー、でも、これがないと、野生の子と見分けが付かなくなっちゃうからさ。大丈夫大丈夫、一回着ければ、しっかり身体にフィットするよう魔法が掛けてあるから。維持に持っていく魔力も、本当に微量なものだし。身体の成長に合わせて、大きさも大きくなっていくからさ」
「クルル、クル!」
「子龍君、お願い」
「……ク、クル――」
「お願いだから、ね?」
「…………」
ギンラは、無言で自ら首輪に首を通し、するとちょっと大きめだった首輪の魔法が発動したのか、スッと縮んで、その小さな首にピッタリのサイズになる。
何と哀愁漂う背中であることか。
と、ため息を吐くような動作を見せた後、ポンと飛んで俺の肩に乗っかってくる。
「うんうん、しっかりユウハ君にも懐いてるみたいだねぇ」
「いやぁ、実はそうでもないんですよ」
どうやらコイツも、俺の魔力が気に入っただけで、俺に懐いている訳ではないのだ。
やたらと肩や頭に乗っかってくるクセに、俺が触ろうとするとやはりキレるのである、コイツ。シイカの尻尾じゃあるまいに。
……まあ、事情はあれども、俺達はこの子の親を殺した。それは、紛うことなき事実なのだ。
ならば、これくらいの距離感が、ちょうど良いのかもしれない。
「クルル……」
するとギンラは、「付いて行く場所を完全に間違えた……ユウハ、よくこんなところで過ごせるな」と、何だか同情的な声で鳴く。
俺にも色々あったんだ、色々。
これからよろしく、我が同志よ。
歓迎するぜ、同じ立場の身として。