幻龍《2》
空から降ってくる、学院の制服を着た男女の子供。
彼らからすれば、すごいシュールな光景だろうが……俺は何事もないかのように立ち上がると、警戒と共に、口を開く。
「そこのアンタら。悪いがその子龍、解放してもらおうか」
一人は、片手斧に盾を装備した、髭面の男。
もう一人は、短剣に弓、拳銃を装備した、顔面入れ墨の男。
弓と拳銃を、同時に装備しているのがこの世界らしいな。
魔法が乗りやすいため、銃器よりも弓の方が威力が高いそうだが、取り回しが良く即座に構えられるのが拳銃なのだろう。
華焔曰く、銃器という武器は「実力の足りん者が使うには、十分なものじゃろう。一定以上の実力を持つ者には、全く意味のないものじゃが!」という評価らしい。
まあコイツ、武器全般は悪し様に言うので、信用ならないのだが。
呆気に取られている様子の二人だったが、俺の言葉に再起動し、やはり警戒の眼差しでこちらを見ている。
特に、シイカを。
「その制服……学院の生徒だな。少年、何を勘違いしているかわからねぇが……俺達ぁ、別に法を犯してる訳じゃねぇぜ? 古の森は『エルランシア』の国土だが、学院より一定距離離れた地域は、一般に開放されている。その領域での依頼なら、合法だぜ」
「悪いんだが、俺達は今、余裕がねぇんだ。早いところ、どいてくれねぇか」
子供が相手だというのに、その顔には微塵も油断は無く、こちらの一挙手一投足をそれとなく注視している。
学院の制服が理由か、それともシイカの種族に気付いているからか。
いや、両方か。この仕事の、プロなんだろうな。
少し考えてから、俺は言葉を返す。
「こっちとしても、そうはいかない事情があってね。何も言わずに、その子龍をあきらめてくれると助かるんだが」
言葉を返してくるのは、入れ墨の方。
「少年、俺達は仕事を受け、ここにいる。何なら俺達のライセンスを見せてもいい。だから、偽善はやめるんだな」
偽善……そうだな、これは偽善だろう。
あの龍のことは、俺はよく知らん。
事情はあったにせよ、突然襲ってきたハタ迷惑な相手としか思えない。
それに、魔物は魔物だ。
種族にはよるが、基本的にはヒト種にとっての敵性存在であり、その駆除は喜ばれるものである。
男達の仕事の邪魔をしている、というのも確かなのだろう。
迷惑なことをしているのは、対外的に見れば、まず間違いなくこちら側である。
だが――いったいそれが、何だと言うのか?
俺の相方が、あんな顔をしていたのだ。
知り合い、だったらしいあの龍の様子に、悲しそうにしていた。
ならば俺には、それだけで十分である。
「……俺達もその子龍に用があるんだ。森にいたら、さっき、母龍と遭遇してね。それで、子供を取り返すって約束したんだ。返しに行かないと、俺達も狙われることになる」
「っ、何を――」
「バカなことを言ってるんだって思うか? 学生が、信じられないバカな嘘を吐いてるって」
勿論嘘だ。
あの母龍は、シイカが殺した。
流石に食べる気にはならなかったようで、かといってそのまま放置もかわいそうなので、魔法でその場に大穴を形成し、埋めていた。
そもそも、子供が捕まっていたということすら俺達は知らなかった。
だが、この男達はそのことを知らない。
その表情には、焦燥と若干の恐怖が宿っており、恐らく自分らも、あの母龍に追われていたという自覚があるのだろう。
だから、交渉するならば、そこだ。
と、そこで、刀状態のまま、こっそり華焔が俺に念を送る。
『お前様、龍族は強力な種故、ヒト社会では手出しを控えるのが通例じゃ。仕返しで街が破壊されては困るからの。それは、今の時代も変わらぬはず。男達が何か仕事を受けておるのは確かなのじゃろうが、いわゆる、ぐれーな仕事、という奴じゃろうの』
……なるほど、龍族を相手にするのは、グレーゾーンか。
良い助言だ。
「それに……龍族を相手にする仕事は、グレーじゃないのか? 実際あの母龍は怒り狂っていて、ヒトへの憎悪が募りまくっていたぞ。この近くには学院もある、仮にもし、今後そこに到達しようものなら……確実に調査されるぞ」
「…………」
「アンタら、ミアラちゃん――次元の魔女相手に、揉め事を起こすのか?」
そこまで言っても、男達はなおも逡巡した様子であった。
ここを押し通り、逃げるのか。
それとも、子龍を諦めるのか。
グルグルと思考を巡らし、悩み、何も言えなくなっている男達に対し、痺れを切らしたのは、シイカ。
「つまり――あなた達は、私と戦うのね?」
その一言は、劇的だった。
「……! クソッ、クソッタレッ! ジャバル、浮遊檻を解け!」
「お、おい、諦めるのか!?」
ジャバルと呼ばれた髭面の男は、相棒の入れ墨の方に向かって驚いたような声を出すが、入れ墨男は怒鳴り返す。
「うるせぇっ、さっさとしろ!」
「チッ……あぁもう、しょうがねぇな!」
髭面が宙に浮いていた檻に触れると、魔法が解けたのか、その場にドスン、と檻が落ちる。
……あの入れ墨男は、シイカが『トーデス・テイル』というヤバい種であることを、理解しているのだろう。
「命あっての物種。そうだろう、おっさん」
「あぁ、そうだな! その通りだよ!」
吐き捨てるように入れ墨男がそう言った後、二人は決してこちらに背を向けず、武器に手を掛けたまま、ジリジリと後ろへと下がっていく。
慌てず、だが素早く、確実に。
やがて、互いの距離が十分に離れたところで踵を返し、一目散に逃げて行った。
残されるのは、俺達と――子龍。
警戒の眼差し。
ただ、状況が変化したことをこの子龍も理解しているようで、まるで観察するように様子を窺っている。
『ふむ、此奴は色合い的に、雄じゃの。確か幻龍は、雌が桜色の割合が多くなり、雄が銀色の割合が多くなる。――む、お前様、気を付けよ。子龍とはいえ、龍族は龍族じゃ。こんなチビでも、お前様くらい簡単に殺せるぞ』
「あぁ、わかってる」
俺は檻に近付くと、あの男達が一緒に置いていった鍵を拾い上げ、檻の扉を開く。
すると子龍は、警戒するようにゆっくりと檻から出て来ると、一度身体を伸ばすような仕草を見せた後、飛び立ちはせず、こちらを見てくる。
「ごめんな。お前の親は……俺達が、殺しちまった」
そう言って俺は、ポケットから、尖った欠片を取り出す。
これは、あの母龍の、折れた角の欠片だ。
シイカとの戦闘で折れたものの一部を、拾っていたのだ。
「グルルルルゥ……!」
すると、子龍は唸り、瞳に怒りを見せ。
だが、攻撃はしてこない。
俺の顔を真っすぐに見て、俺が何を言うつもりなのか、耳を傾けている。
本当に、賢い種なんだな。
こっちの言葉を、どれだけ理解しているのかはわからないが……。
俺は、少し黙って考え――そして、言った。
「お前……ウチ、来るか?」
「…………」
「ウチんところなら、とりあえず安全だし……ミアラちゃん、俺達のお世話になってる人なら、お前のことも、悪いようにはしないはずだからさ」
完全にミアラちゃん頼りだが、あの人なら、何か考えてくれるはずだ。
子龍は唸るのをやめると、何か考えるように、じっと俺を見て――。
「……クルル」
「おわっ」
一声鳴いたかと思うと、突然ピョンと飛び上がり。
俺の肩へと、飛び乗った。
首筋に感じられる、くすぐったい毛の感触。
これは……俺の提案に乗った、ってことでいいんだろうな。
「はは、よろしく。俺はユウハ――って痛ぇっ!」
伸ばした俺の指をガブリと噛み――勿論、威力は加減されていたが――触られるのを拒む子龍。
そして、フン、と鼻を鳴らすように顔を背け、「クルル」と鳴く。
不思議なもので、大体何を言いたのかもわかり、「こっちとそっちは対等だ。だから、気安く触るな、ユウハ」といった感じの意思が伝わってくる。
「……お前、俺の肩に乗って来ておいて、よく言うぜ」
「クゥガウ」
すると今度は、「誘ったのはそっちだ。文句を言われる筋合いはない」と言いたげな感じの意思が伝わってくる。
この野郎。
賢いというか、強かと言うべきだな、コイツは。
なかなか生意気な子龍に、俺は苦笑を溢し、と、そこでシイカが口を開く。
「よろしく、小さい子。私は、シイカ」
彼女は遠慮なく子龍の身体を撫でるが、しかし子龍は、今度は拒まない。
「……お前、俺に触られるのは拒んだのに、シイカは拒まないのな」
「……クルル」
子龍は、「……この存在を、拒めるわけないだろう。そっちも一緒じゃないのか?」と言葉を返してくる。
……まあ、そうだな。
その通りだ。
……なかなか、わかってるじゃないか。
『お前様、名前を付けてやったらどうじゃ?』
「名前? そうか、そうだな……」
名前、名前か。
首を横に向け、子龍の身体を眺める。
桜が入った銀色。
怜悧な相貌。
同じように、こちらを見返してくる子龍。
「……よし、決めた。お前の名前は、『ギンラ』だ」
すると子龍、ギンラは。
「――クルル」
そう、鳴いたのだった。
こうして俺達に、ペットが増えた。
ペットって、面と向かって言ったらコイツ、多分キレるだろうが。
ずっと出したかった、相棒ペット枠。
冒険者の二人組は、今後また、出て来る、かな?