幻龍《1》
名前をさぁ、『ハンターギルド』とか『狩人組合』とか、結構迷ったんだけど……まあここ、なろうだし、『冒険者』でいいよね!
「――クソッ、急げ!! 今頃あの親龍、怒り狂って俺達のことを探し回ってやがるはずだ!! ったく、二匹とも捕獲するのがパァになるし、やべぇ事態になるしッ!! それもこれも、テメェのせいでなッ!!」
「しょうがねぇだろっ、一匹暴れられたんだからよっ!!」
「テメェが雑にやるからだろうが、マヌケッ!! 今回の分は、きっちり報酬から引かせてもらう!!」
「なっ、ふざけんな!! あんなの事故だろうがよッ!!」
怒鳴り合う、二人の男達。
だが、その足だけは決して止めず、見る者が見ればすぐにわかるような、非常に鍛えられた確かな足取りで、逃走を続ける。
「グルルルゥッ!!」
そして、彼らの近くにふよふよと浮き、ひとりでに追従する檻。
その中には、若干の桜色を帯びた、美しい銀色の毛並みの、子猫のようなサイズの龍が閉じ込められており、しきりに唸り、魔法を放ち、体当たりを行い、噛み付いたりなどで檻を壊そうと暴れていた。
混乱系の魔法を浴びせており、能力は相当に落ちているはずの龍の子供だが……それでも、檻はミシミシと音を立て、一部が曲がりかけていた。
「チッ……おい、この檻、大丈夫なんだろうな! ガキとはいえ龍族だ、途中で檻が壊れて逃げられました、じゃあ、泣くに泣けねぇぞ!」
「用意可能な中での最高硬度だ、これで無理なら最初から無理だ!」
「……金に目が眩んで、早まったか!」
「だな! 早死にする典型例だ、無事に戻れたら、しばらく仕事はしねぇ! 宿に籠って浴びる程酒を飲んでやる!」
「腹立たしいが、同感だ!」
――男達は、『冒険者組合』と呼ばれる、魔物関連の仕事を中心に受ける組織に属する者達である。
魔物は野生生物であるため、共存が可能な種もいれば敵対的な種も存在している訳だが、後者に関しては、技術の進歩によって人の生活圏が拡大を続けている今でも、非常に大きな脅威として存在し続けている。
野生生物が、『魔法』という力によって武装しているのである。
中には、一国を脅かす程の、圧倒的な力を有する魔物などが、人の生活圏と隣接した地帯に潜んでいたりするのだ。
飛行船や魔導列車の出現によって、世界の距離は急激に縮まりつつあるものの、それでも常にヒト種が抱えているのが、魔物対策という問題なのである。
そして、その『魔物退治』という需要を満たす形で発展を遂げたのが、『冒険者組合』であった。
相手の強さにもよるが、魔物という『害獣』駆除に、一々軍を出動させては経済的な損失が大きく、何より無駄が大きい。
銃火器のような道具一つで殺せる相手に、ミサイルを撃ち込む必要はないのである。
故に、安上がりな戦力として、フットワークの軽い彼らは重宝され、現在では各国に広がる大規模な組織となっていた。
男達もまた、冒険者組合の冒険者として日々の生計を立てており――今回の獲物は、『幻龍キルシュバオム』。
龍族という、生物におけるヒエラルキーの頂点に属すると言われる種族であり、その中でも特に幻龍は目撃情報が少なく、五百年に一度目撃情報があれば珍しい、という程。
そのため、幻龍の存在には、討伐でも捕獲でも、莫大な報酬が出る。
特に後者ならば、たとえ幼体であっても、二十年は遊んで暮らすことが可能なだけの金額が手に入るのである。
そして今回、その目撃情報が『古の森』と呼ばれる、世界でも数少ない程の危険地帯より流れてきた。
数か月前、古の森に隣接している『エルランシア王立魔法学院』において襲撃事件が発生、例の魔女ミアラ=ニュクスが周辺の魔物の掃討を実行した。
つまり、宝の山の危険性が、著しく低下した訳である。
学院より一定距離内の森は、学院の敷地として立ち入りが禁止されており、即座に探知されて国の官憲に突き出されるのだが、それより奥の森ならば開放されているため、これ幸いと同業者達が森へと足を踏み入れ、そこで幻龍の目撃情報が出て来たのである。
しかも、子連れ、だ。
成体の相手は、男達では天地がひっくり返っても不可能であるが、子供ならば、まだどうにかなる可能性がある。
二人は入念な計画を立て、準備を行い、そのおかげで途中までは上手くことを運ぶことに成功していたのが――。
◇ ◇ ◇
シイカの本気の索敵により、クロ、と思われる人物は、意外とすぐに発見出来た。
ピン、と尻尾を自分の頭より高く立て、クルクルと周囲に向けている様子は、マジのレーダーみたいで、不謹慎だがちょっと笑いそうになってしまった。
お前の尻尾、ホントどうなってんだ。
万能だ万能だ、とはずっと思っていたが、逆に何が出来ないのかが気になるところである。
コイツなら、尻尾で空とかも飛べそうだしな。尻尾コプター、とか言って。
「…………」
「? 何、ユウハ?」
「いや……それより、見つかったって?」
「ん、あっちね。二人組と、何か囚われている魔物。他にヒト種は見当たらないわ」
「わかった、急ごう。逃げられて人のいるところにでも行かれたら厄介だ」
そう、駈け出そうとした俺だったが、シイカがそれを止める。
「いえ、ユウハの足じゃ遅いから……ユウハ、危ないから、動かないで」
「えっ――うおわぁっ!?」
ぐい、と彼女の尻尾が俺の胴体に巻き付いたかと思いきや、そのまま持ち上げられ――瞬間、ヒュウッ、という浮遊感が、全身を包み込む。
風圧。
まるで、質量を持っているかのように、全身にそれが叩き付けられる。
――俺は、空を跳んでいた。
飛んでいた、ではなく、跳んでいた、である。
シイカの本気ジャンプにより、森の木々を遥かに跳び越え、空を裂き……そして、重力に従って、落下を開始する。
跳んでいるので、当然の結果である。
『おー、すごいのぉ、姫様』
「おまっ、のんっ、くぅっ……!」
『お前様、言葉になっておらんぞ』
握っている華焔の、呑気な声。
全身に掛かる強烈なGに、俺の顔は引き攣りまくり、身体も強張りまくり、やがて木々を抜けて地面が近付き――激突。
しかし、俺の身体を駆け抜ける衝撃は、驚く程小さなものであった。
……どうやら、着地に合わせてシイカが尻尾を器用に曲げ、衝撃の大部分を逃してくれたらしい。
び、ビビった……!
し、死ぬかと思った。
こっちの世界に来てから色々とあったが、最も死を意識した瞬間が、今かもしれない。
「――なっ、何だ!?」
「き、来やがったかっ!?」
と、俺が生を強く実感していると、すぐ近くから聞こえてくる、驚愕の声。
――そこにいたのは、二人組のおっさんだった。
しっかりと武装をしており、今は驚きに硬直しているが、手だけは動き、腰の武器に添えられている。
その身のこなしから、それなりの実力者であるというのが窺える。
そして――何か魔法を使っているのか、彼らの傍でひとりでに浮いている、檻。
その中には、先程の龍を思い出すような色の体毛を持つ、綺麗な龍が囚われていた。
……あの母龍の子供は、連れ去られていたのか。
いや、あの怒り具合だ。
華焔の予想は外していないと俺も思うし、となると子供は二匹いて、一匹殺されて一匹盗まれた、ってところか?




