古の森にて《3》
大体ナルガ〇ルガです。
何たって、ドラゴンかっこいいからね、ドラゴン。どんなフォルムのドラゴンも好き。
ドラゴン、と言っても、四足の他に背中から翼が生えているようなタイプではなく、前足と胴の間に被膜のある、言わばモモンガに近いような形状の翼をした奴だ。
狼や豹、チーターといった動物のような、スラリとしたフォルム。見るからに、素早そうな奴だ。
体躯は、2トントラックより一回り大きいくらいだろうか。
肉体を覆っているのも、鱗ではなく毛皮で、銀の入った桜色をしており、角は後頭部から後ろに、真っすぐの白く美しいものが二本生えている。
非常に美しい肉体をしているドラゴンであり――だが、今、奴を特徴付ける最大のものは、その目だ。
怒り、憎悪し、瞳孔の開き切った瞳。
まるで、ぐつぐつと煮え滾る炎がその瞳に具現化されているようで、見ているだけで怖気が走る。
回れ右して、一目散に逃げ出したい気分なのに、その眼光に射すくめられ、瞬きすら出来ない。
ツー、と自身の額から、汗が流れ落ち――。
「いっ――!?」
俺は、目が良い。
だから、奴が動いたのは、見えた。
しかし、あまりにも速過ぎて、脳が出した回避の命令が身体へと届く前に距離を詰められ――が、今俺の肉体の主導権を握っているのは、俺ではなく華焔だ。
無理やり魔力で俺を縛って操り、もう俺自身ですら追えぬような速度で防御の構えを取らせ、刹那、ダンプカーにでも激突されたかのような重い衝撃が、構えた華焔の刀身から腕へ伝わり、全身へ駆け抜ける。
「ぐぎっ……!!」
五体の全てが、バラバラに砕け散りそうな感覚。
これ、俺の腕、折れてないだろうな。
『気張れよッ、お前様ッ!!』
華焔のおかげで一撃を受け切ることに成功し、と思った次の瞬間、バシュンッ、という風鳴音が聞こえたのと同時、シイカの尻尾が狼ドラゴンの横っ面を殴り飛ばしていた。
バキバキと大木を圧し折りながら、冗談みたいに吹き飛ぶ巨体。
片方の角が折れたようで、飛び、岩にドン、と突き刺さる。
……奴もヤバいが、ウチの奴の方がもっとヤバげだな。
ヘビー級ボクサーも真っ青な打撃である。
と、そこでシイカは、ただ排除ではなく、珍しい行動に出る。
「やめて」
『グルルルルゥ……』
「これ以上来るなら、殺さなくちゃいけなくなるわ。だから、やめて」
『グラアアァァァッッ!!』
「……そう。残念ね」
狼ドラゴンは、シイカへと向かって跳びかかり――ゴキリ、という音が響き渡る。
シイカの尻尾が、首筋を的確に捕らえ、百八十度に折る。
ビクン、と身体が震えたかと思うと、数瞬後には、瞳から色が消え、動かなくなった。
力を失った肉体が、糸の切れた操り人形のように、地に横たわる。
わずか、一分にも満たないような時間。
それでも、ここにいたのが俺だけだったら……恐らく十数回は死ねただろうな。
ただ、シイカの表情は、優れないものだった。
「……むぅ」
「……どうしたんだ?」
「……龍族は、とても賢いの。だから、私を見たら攻撃なんてしてこないし、今までも、私と遭遇すると『見逃して』って言いたげに全身で平伏してたの。そういうことをされると、私も食べる気にならないから、見逃してた。お礼に美味しいお肉くれたし。この子も、数回見たことがあるわ」
……シイカは、そういうところは、優しい奴だ。
初めて会った、何も知らない、何もわからない男に、色々教えてくれ、守ってくれたような奴だ。
「それだけの高い知能を持つ魔物が、あれだけ怒り狂って襲って来た、と?」
「ん。何か、あったのかしら?」
腕を組み、首を捻るシイカ。尻尾も首を傾げている。
すると、少し考えるような様子を見せてから、華焔が口を開いた。
『……魔力に異常は感じられんかった。つまり、外部から何かをされて我を忘れていた訳ではない。となると――密猟、かもしれんの』
「密猟?」
『うむ。自然界の生物がこれだけ怒る理由は少ないが、どんな生物でも逆鱗に触れるであろうものがある。――子供を奪われた時、じゃ』
「……なるほどな」
この狼ドラゴンは、何となく、本当に何となくだが、雌っぽく見える。
そして、本当に綺麗な桜色の身体で、美しい毛並みをしている。
成体には勝てないから、幼体を。
これだけ怒り狂っていたのだ、よっぽど愛情深く、我が子を育てていたのだろう。
『シイカとお前様に反応した。もっと言うと、姫様がいても攻撃してきた。である以上、犯人はヒト種じゃろう。……もしかすると、部位を切り落とされた子供の死骸でも、寝床に転がっておったのかもしれん』
ヒト種であるとまでは特定出来たが、関係のない俺達にまで襲い掛かってきた。
足跡か、何かだけ残っていたのだろうか。
「……良い気分じゃないな。けど、恐ろしい恐ろしいって言われ続けてるこの森に、そんな密猟者なんて入って来んのか?」
『お前様、忘れたのか? 学院の襲撃を』
「……あ、そうか」
あの時、ものすごい数の魔物が学院に押し寄せて来た。
そしてその全てを、学院は撃滅した。
ミアラちゃん主導で、安全確保のために、何か魔道具でおかしくされた魔物達は徹底的に排除されたと聞く。
この広大な森からすれば、それは一部に過ぎないのだろうが……それでも近辺の魔物は、大体が死滅したことだろう。
『この森は、魔物が精強である、ということを除けば、宝の山じゃ。今は、そういう者達にとっては絶好の稼ぎ時じゃろう』
「けど俺、この森入ってからすでに三回接敵したけど……」
『それはお前様がおかしいだけじゃ』
……なるほど。
改めて、俺の魔力って、特殊なんだな。
俺は、少し考える。
――これも、巡りあわせか。
「……シイカ、華焔」
「ん」
『うむ』
「あんだけ怒り狂ってた親の思いだ。俺達が……継いでやるか」
作者的にも、もうちょっと書くつもりだったんだけど……シイカ、強くないか?




