古の森にて《2》
ちょっと短め。
『――あーあー、そんな斬り方をしては、儂でなければ曲がっておるぞ? ここまでに斬ったのは小物であったが、こういう大物は、腕の力だけでは斬れんものじゃ』
「フー……斬るっていう動作、奥が深過ぎるぞ」
『絵描きしかり、作曲家しかり。そこに、終わりなどない。日々精進するんじゃの』
寄って来たサイみたいな奴の首から華焔を引き抜き、ビュッと振って血糊を落とす。
刀を振る、という動作。
いつまで経っても、これが難しい。
華焔の斬れ味がヤバくて何でも斬れるのと、彼女自身が刃筋を立ててくれるおかげで何とかなっているようなものだろう。
ボックス・ガーデンでは、使っていたのは模擬刀だった訳なので、攻撃としては『斬る』じゃなくて『殴る』だった訳だが……うーん、まだまだだなぁ。
つっても、考えてみれば、俺は戦いの技術を覚えて半年も経っていないのだ。
この何でも覚えられる高性能な肉体と、華焔という直接肉体に教えられる教師のおかげで、もうチート染みた速度で戦いの術を覚えられているが、俺自体は特に才能がある訳じゃない平々凡々な人間だ。
である以上、気長にやっていくしかないな。
ちなみに、今のサイみたいな奴だが、俺に釣られてヨダレだらだらで現れたが、シイカを見て、わかりやすくぎょっとした顔をして逃げ出そうとしていたので、一度も攻撃して来ずに死んでいった。
普段の様子から、つい忘れそうになるが、シイカってやっぱりこの森の生態系の頂点にいたんだろうな。
「ユウハが、一人で今のお肉を倒せる日は、来るのかしら」
「お肉言うな。……その日は、来てほしい気もするが、来てほしくない気もするな」
人間やめてそうで。
全く、今生は摩訶不思議過ぎる。
楽しいからいいんだけどさ。
「…………」
俺は、シイカを見て、次に華焔を見る。
「? 何?」
『どうした?』
「いや……人生とは何なのかと思ってさ」
「じんせーの思索、というやつね!」
『お前様が意外と胆が据わっておるようで何よりじゃが、今は集中してもらわんと困るぞ』
「はい、すいません」
――そんな感じで、森の中を進んでいた時だった。
遠くから、ズゥン、ズゥン、と、何か荒れ狂うような音が聞こえてきたのは。
◇ ◇ ◇
遠くからの異音が耳に届くと同時、スッとシイカが尻尾を立て、華焔が俺の身体の主導権の過半を握る。
二人の、警戒のスイッチが入る。
……著しく、嫌な予感がするのだが。
「……いったい何があったのか、聞かせてもらっても良いでしょうか、お二人方」
『魔物じゃ。それも、そこそこの、じゃの』
「そこそこね。でもユウハだと、多分死んじゃうわ」
『うむ。お前様、決して姫様の前に出るなよ。儂がおっても、今のお前様では刹那の間に死ぬぞ』
……お前らが、ホント頼もしいよ。
俺は頬を引き攣らせ――次の瞬間だった。
カッ、と光り、遠くから飛んでくる、ビーム。
「うわっ――」
瞬きをする刹那の間に、それは森の木々をなぎ払い、吹き飛ばし、消滅させながら俺達へと迫り――だが、その攻撃は届かない。
いつの間にか、俺達の前に出現していた透明な盾が、ビームを完全に受け止める。
見ると、それはシイカの尻尾の先から形成されていた。
衝撃波だけが後ろへ駆け抜け、吹き飛ばされた彼我の間にあった障害物全てが、やがて重力に従ってドササと地面に落ちる。
微かに地揺れが起こると同時、向こう側に、ゆっくりとその姿が現れる。
――四足歩行。
『グルルルルゥ……』
理性を感じさせない瞳。
荒れ、具現化する程濃厚に立ち昇っている魔力。
ビームによって引火したのか、周囲の森が燃え始め、それが奴の魔力に呼応するかのように渦巻き、まるで怒りを表すかのように、揺れている。
それは、怒り狂った、という形容詞を付けるべき、ドラゴンであった。




