古の森にて《1》
――鬱蒼と生い茂る、ヒトの手が一切入っていない、大森林。
陽は高く出ているが、木々で日光が遮られ、風も吹いているため、涼しい。
しっかり着ているのに、少し肌寒いくらいである。
久しぶりの森だが、訓練して魔力をよく感じられるようになったおかげだろうか。
今では、魔力の前の段階、『魔素』が周囲一帯に溢れているというのが、よくわかる。
ここ『古の森』は、精強な魔物が多く危険なので、生徒が自分達だけで行くことは原則禁止となっている。
だが、魔女先生に「森に行きたい」と相談したら、そのままミアラちゃんまで話が行き、「ユウハ君だけだったらダメだけど、カエンかシイカちゃんのどっちかが一緒ならいいよ」と許可を貰い、こうして出て来ていた。
「久しぶりの森……良い空気ね」
そして、俺と華焔が出るならば、そこには当然シイカも付いて来る訳で。
というか、ミアラちゃんはウチの奴らの「どっちかがいれば良い」ということだったが、華焔が「姫様も必要じゃ」と、彼女も呼んだのだ。
『今の儂では、本当の万が一が起きた際、お前様を守れぬ可能性があるでな』
刀状態のまま、そう念を返してくる華焔。
「意外と謙虚だな」
『阿呆。そこいらの森ならばともかく、この森では甘いことは言えん。濃密な魔が空間を占め、そのせいで動植物全てが強大になっておるような、原初たる大自然に最も近い土地じゃ。いくら儂らが付いておるとはいえ、油断しておったら死ぬぞ』
「そこに無理言って連れ出したの、あなたなんですが」
『さて、張り切って探索しようではないか!』
誤魔化すようにそう言って、先へと俺を促す華焔さん。
全く……お前は本当に自分に忠実だな。
いや、別に悪いことじゃないだろうけどさ。
『それにしても、お前様はほんに、魔物に好かれるのー』
実はすでに、二匹の魔物を斬っている。
俺の鍛錬も兼ねて、俺の実力五割、華焔のアシスト五割、といった感じの力具合だ。
ホント、楽。
今の俺なら、脳筋魔族もハルシル先輩も倒せるだろうと思ってしまうくらいの楽さである。
華焔使ってると、自分の実力を過信しそうだな。気を付けよう。
ちなみに斬った奴は、シイカの尻尾貯蔵庫の中だ。
後でゴード料理長に料理してもらうのだとか言っていた。
お前のその、命を大切にして、しっかり余さず食べようとする姿勢は、嫌いじゃないぞ。
「ユウハのお肉は、きっと美味しいわ。だって、こんなにも美味しそうな魔力だもの。いつも一緒だけど、いつ感じても素晴らしい魔力よ」
「シイカさん、褒めてくれるのは嬉しいんですが、こっち見ながらそう言うの、やめてもらえます? 怖いんで」
「失礼ね。私、ユウハを食べたりなんかしないわ」
「あなたの言葉とあなたの尻尾の動きが、どうやら違っているようなのですが、その件に関してはどうお考えで?」
現在シイカの尻尾が俺の片腕に絡みつき、ガブガブと軽く噛まれている。
くすぐったいくらいの、じゃれるくらいの甘噛みなので、勿論本気じゃないことはわかっているのだが。
「これは食べてないわ。味見よ!」
「そうっすか。とりあえず歩き辛いんで、離してくれませんか」
「魔物が来たら離すわ」
「……あ、ほら、ちょうど来たから。離せ」
展開し続けていた『魔力索敵』に引っ掛かる、生物の反応。
深い森と距離のせいで、目視では確認出来ていないが、確かにいる。
ん、こういう視界の悪いところだと、これはかなり便利に働くな。
草や木々も魔力を持っているため、その識別はしっかりやらないといけないが、目に頼らない分広く警戒出来て便利である。
するとシイカは、その魔物がいると思われる方向を一瞥し――次の瞬間、『ギッ……!!』っというくぐもった悲鳴のようなものが、奥から聞こえてくる。
同時、感じられていた生物の反応が急激に弱まっていき、やがて消える。
「……おい」
思わず俺が、咎めるような声を出すと、シイカは。
つい、とそっぽを向いた。
「あのですね、シイカさん。あなたが魔物を倒しては、この森にやって来た意味がないんですが」
「魔物? さあ、何を言っているのかわからないわ」
「へぇ? そうか。俺には今、お前が何かの魔法を使ったように見えたんだけどな」
「ただの気分よ、気分。急に、魔法を放ちたくなっただけ」
「そうっすか。それはそれで大分危ない奴だが、悲鳴っぽいのもさっき、聞こえた気がするんだが」
「この森は恐ろしいところだもの。断末魔くらい、聞こえることもあると思うわ」
「お前この森が恐ろしいとか、絶対一度も思ったことないだろうが」
何いけしゃあしゃあと言ってやがる。
と、いつもは俺を振り回すコンビの片割れである華焔も、流石に今回はこっちの味方であるようで、苦笑のような念を俺達に溢す。
『姫様、家に戻ったら主様をちゃんと返す故、今は貸してくれんか。こういう実戦の場でしか教えられんことも、数多くあるしの』
「むぅ……カエンがそう言うなら、しょうがないわ。我慢する」
「なんかそれが当たり前、みたいに最近なってるが、お前ら、俺の身体は俺のものだ。まず俺に許可を取れ」
「じゃあ、帰ったらいっぱい、がぶがぶって、していい?」
「……いいけどよ」
「ん、ありがと」
ニコッと、見惚れるような笑みを浮かべるシイカ。
……もうダメだ、俺はコイツには逆らえないのだ。
出会って数か月。
ここには、もうどうしようもないヒエラルキーが形成されてしまった。
いったい何故、こうなってしまったのか。
華焔、笑ってんじゃねぇ。




