華焔とミアラ
感想ありがとう、ありがとう!
――ユウハとシイカが、ルーを連れて学院を案内している頃。
華焔は、ミアラの研究室を訪れていた。
「君の方がこうやって、私のところに来てくれるのは珍しいねぇ。お茶でも飲む?」
「うむ、一番良いのを寄越せ」
「あはは、いいよ。ちょっと待ってね」
そうしてミアラは、慣れた手付きで紅茶と焼き菓子を用意し、勝手知ったる様子でソファに座っている華焔の前に置く。
華焔は、軽く礼を言ってから、手に持ったカップに軽く口を付ける。
「……おぉ、本当に美味いのぉ!」
「それは良かった。……フフ」
「……何じゃ、気色の悪い笑いをしおって」
「いやぁ、ユウハ君と一緒にいて、まだそんなに経ってないのに、もう随分素直になったなって思って。前は、私と話してる時はツンツンしてばっかりだったのに」
「……そ、それはお主の話が長ったらしかっただけじゃ! いつもいつも、興味もない研究の話ばかりしおって!」
「そう? それは悪かったよ。これからは、君も興味のある研究の話をすることにしよう!」
「そういうことを言っておるんじゃないわ!」
ニヤニヤと楽しそうなミアラを見て、自身の劣勢を悟った華焔は、コホンと咳払いし、表情を先程までより真面目なものに変える。
「――それで、今の時代は、お主の敵は何なんじゃ?」
「ん……やっぱり、それが聞きたかったんだね」
「儂は、今は我が主様の剣――いや、カタナじゃ。そして主様は、お主に協力するつもりじゃ。である以上、今回の魔法杯のように、お主の敵が主様の敵になりそうじゃからの」
「……生徒を巻き込まないようには、するつもりなんだけどね」
「しかし、お主の膝元だとこの世の誰もが知っている、この学院への襲撃が起こり、久しく見ておらんかった『杯の円』なんぞも出てきおった。……それだけ今の状況は、少々危ういんじゃろう?」
「……そうだね。実際、学院襲撃は危うかった。一歩間違えれば、大きな被害が出ていた」
しかし、何の導きか、そうはならなかった。
学院襲撃の際、ユウハが宝物庫での異変に気付き、故に敵の企てを阻止することに成功した。
ミアラは、話す。
「カエン、『フェネラ王国』って国、覚えてる?」
「む? 確か……魔族の国じゃったな。しかしそこは、アーギア魔帝国に滅ぼされたのではなかったか?」
「そう、あそこに滅ばされて、領土として組み込まれて、もう百六十年くらい経ってる。でも、まだ百六十年でもある。人間ならそれなりの期間だけど、魔族なら当時のことを覚えている子も多い」
「……なるほどの。その残党が、ちょっかいを掛けてきておるのか」
華焔の言葉に、ミアラは首を縦に振る。
「ここまでの情報から察するに、ね。……どうやら、アーギア魔帝国内部が、大分荒れてきているようなんだ。あそこは、征服によって国土を増やし、征服によって国を治めてきた。それが、私によって不可能になり、外に向けることが出来ていた不満が、全て内部に向くようになってしまった。結果、今あの国はバラバラになる寸前なんだよ」
「ヒュドラの頭が、別々に動き出した、と?」
「そういうこと。右手のしていることを、左手が知らない。今の魔帝の子、かなり優秀だから、そのおかげでまだ結束が保たれているみたいなんだけどね。そうして内部が荒れ始めたのに連動して、貯め込まれたモノが、吹き出そうとしている」
華焔は、しばし押し黙る。
――彼女は、ヒトではない。
肉体を生み出せるとは言え、それはあくまで疑似的なものであり、本質はどこまで行っても『剣』である。
剣とは、斬る道具。
斬り、戦い、相手を打ち倒すためのもの。
だが――同時に、ヒトに使われることで、初めて本領を発揮出来る。
使う者がいて、初めて『武器』となるのだ。
故に彼女は、本人がどれだけ無意識であろうが、所有者の性質に必ず影響されるのである。
「……のう」
「ん?」
「その……何じゃ。お主も……き、気を付けるんじゃぞ」
頬をポリポリと掻き、照れたような顔でそう言う華焔に、ミアラは少し驚いたような顔をしてから、次に本当に嬉しそうな顔になる。
「うん……ありがとう」
「……フ、フン! 儂の用はそれだけじゃ、せいぜい気張るんじゃな! それじゃあの!」
「はいはい。いつでも、遊びに来てね」
「……美味い茶を用意しておくなら、また来てやる!」
◇ ◇ ◇
――魔法杯が終わり、ちょっと経ったある日のこと。
俺のベッドで、ゴロゴロと寝転がっていた華焔が、言った。
「お前様、生き物が斬りたーい」
「ダメ」
「ねー、ちょっとだけだからー」
「あなたそう言って、絶対ちょっとじゃなくなるでしょ。我慢しなさい、我慢」
テキトーにそう答えると、華焔は寝転がったまま、俺の服を引っ張る。
「スミスちゃんのところなら、一日好きなだけ生き物を斬ってもいいのにー!」
「よそはよそ、ウチはウチよ。ダメなものはダメ」
あと、そんな物騒な家庭は、まず間違いなくこの世のどこにも存在していない。
「やだやだぁ、生き物斬るんじゃー! 返り血が浴びたいんじゃー! 生き物が散らす命を吸い取りたいんじゃー!」
「ダダこねるんじゃないの。……いやホント、物騒なこと言うのやめーや」
すると我が刀は、不満そうに唇を尖らせる。
「ぶー、良いではないか。儂、今カタナとしての本分を、全然果たせておらんもん。それにお前様。お前様が次元の魔女に課されておる課題も、あるじゃろう?」
「む」
その言葉に、俺はピクッと反応する。
ミアラちゃんの授業において、学院での四年間を通しての俺の課題は、『華焔の力を取り戻す』というもの。
現在の彼女は、全盛期からは程遠く、まだ十パーセントにも満たないくらいの出力しか出せないのだという。
その力を戻すためには、『血』――つまり魔力が必要になる訳だが……。
「ほれ、今お前様、長期休暇なのじゃろう? この機会に、魔物で良いから、斬って斬って斬りまくって、儂の力を多少なりとも戻しておくべきではないか?」
「確かに一理あるが……」
俺は、少し考えてから、答える。
「……ハァ、わかったわかった。しょうがないな」
「やったー!」
万歳する華焔。
お前その動作、マジでルーと変わらんからな。