学院案内
新章開始!
魔法杯が終わった。
翌日には飛行船で学院に戻り、後片付けで一日が過ぎ去り――その翌日。
俺とシイカは、狐耳幼女ルーを連れて、エルランシア王立魔法学院の案内をしていた。
「おー。すごい」
言葉だけは平坦に聞こえるが、目を丸くし、両手をぐっと握り、内心の感嘆を示してみせるルー。
まるで犬のように、その尻尾もブンブン振られているので、わかりやすいというものだ。
彼女は、とてとてと学院内を歩き回り、興味の引かれるままにあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
そして、何か面白そうなものを見つけると俺達を呼び、服を引っ張り、「これ、おもしろい」と身振り手振りと共に表現するのだ。
気持ちはわかるよ。
最初のひと月は、俺もすげーワクワクしたもんだ。
いや、今もワクワクすることが多いがな。
というか、ホント広いんだわ、この城。
すでに四か月ちょいはここで暮らしているんだが、多分俺が知っているのは、まだこの城の五分の二くらいのことだろう。
下手すると、未だに普通に迷うし。
そんなんだから、俺達が見たことのないものも、まだまだここには溢れているのである。
機能としては、『魔法教育機関』としての施設が大半を占めるのだが、それと同じくらいに『魔法研究』のための施設も揃っており、だから普段行かない区画もこの学院にはあるのだ。
そのことを考えると、やはり形としては、前世の大学と同じと言って良いのだろう。
教育機関と、研究機関が同時に揃った場所だ。
日本では、土地の関係から学部によっては別の市区町村や、もっと言うと県も違うところに『分校』が造られていたが、ここではそれが一つに纏まっている、といった感じだろう。
――ルーは、流石に学院の授業に出すには幼過ぎるので、ミアラちゃん本人による預かりの下、少しずつ魔法を学んでいくことになったようだ。
日々の面倒も、彼女が大きくなるまではミアラちゃんが直接見ることになったようで、この夏休みから色々とちょっとずつ教えていく予定だと、幼女学院長が言っていた。
……考えようによっては、この学院において最も恵まれている環境かもな。
ルー本人は最初、どうやら俺達と一緒の部屋で過ごすことを望んだようなのだが、流石にベッド数と部屋の広さの問題でそれは無理であり、「学院にいる間なら、いつでも会えるから」という説得を挟むことで、「……むむぅ。じゃあ、それで」と納得してくれた経緯がある。
まあ、一人、元々過ごしてきた家を離れ、知り合いも少ない新天地での生活である。
彼女が不安に思う点があるのは当たり前だろうし、今後もなるべく、見かけたら声を掛けることにしようか。
そうして彼女を連れて、色々と歩き回った後は、シイカ一押しの、食堂への到着である。
ちなみにだが、今華焔はいない。
なんかミアラちゃんに用があるらしく、「儂、次元の魔女のところへ行ってくるー」と今朝の内に部屋から出て行った。
今更だが、自分で歩いて外に出かける剣とは、世界広しと言えどアイツくらいのものではなかろうか。
「ルー、ここが食堂よ! ごはんは、ここで食べるの」
「きれいなところ」
「ちょっと早いが、ちょうど良いし飯にするか」
そうして俺達が中へと入ると、すぐにこちらへと掻けられる声。
「オウ、オ前達。聞イタゾ、ユウハ。ボックス・ガーデン、三位ダトナ。大シタモノダ」
こちらに手を挙げ、挨拶してくれるのは、強面の魔族ゴード料理長。
夏休みで人がほとんど帰省し、いないためか、ちょっと暇そうだ。
「えぇ、かなり頑張りました。結果としては、出来過ぎですけどね」
「カッカッ、不満カ。ナラバ、満足出来ルヨウ、鍛錬ヲ重ネルコトダ。……ソレデ、ソノ娘ッ子ハ……」
俺達と一緒にいた、ルーを見るゴード料理長。
その強面の姿に、結構物怖じしない幼女である彼女もビックリしたようで、ビクッと反応した後、ちょっとわたわたとして、スッと俺の後ろに隠れる。
ゴード料理長にもルーにも悪いのだが、その可愛らしい姿に思わず笑ってしまった俺は、狐耳幼女に彼を紹介する。
「ルー、この人は、俺達の日々の料理を作ってくれるゴード料理長だ。ほら、ちゃんと挨拶しないと」
するとルーは、俺の後ろからちょことんと顔を出すと、良くない反応だと自分でも思ったのか、若干怖がった様子ながらも意を決して俺の後ろから出て、挨拶する。
「ルーは、ルー。こんにちは」
「オウ、ゴードダ。ヨロシクナ、ルーヨ」
安心させるためか、そう笑顔を浮かべて挨拶を返した彼だったが……再びビクッとルーは身体を跳ねさせ、俺の後ろに隠れる。
「……アンタ、その顔は俺でも怖いぞ」
「ゴード、脅かしちゃ、メ、よ」
「ア、イヤ……スマン」
少々情けない顔で、頬をポリポリと掻くゴード料理長だった。
◇ ◇ ◇
その後、彼の持つ最強の手札、『料理』によって「おじちゃん、とてもおいしい!」とルーの警戒と恐怖を取り払うことに成功した彼は、まるで孫を眺める祖父のような顔付きで、狐耳幼女の食べる様子を眺めていた。
この人が何歳なのかは知らんが……今までの様子からしても、多分この人は、子供が好きなのだろう。
気の良いおっちゃんだ。
ちなみにその隣では、シイカが同じように料理を堪能しながら、「ゴードの料理はすごいでしょ!」と何故かドヤ顔を浮かべていた。
「ルー、ここなら、毎日ゴードの料理が食べられるわ! だから、それに見合う分、頑張らないとね」
「がんばる!」
「シイカさん、あなたの方の頑張り具合はどうなのです?」
「? 私は頑張ってるわ。頑張って、日々ヒトの常識を覚えているもの!」
「……そうだな」
俺もそこは、否定できないのだが……なんかこう、釈然としないものがあることは否めない。
「ユウハも、これからも頑張らないとね! 魔法も、戦う力も」
「へいへい、そうするよ」
「ゆーはにぃ、いっしょに、がんばろ?」
「おう、頑張ろうか」
隣に座る彼女の頭をポンポンと撫でてやると、ルーはこちらを見上げ、小さくながらも、笑うのだった。可愛い。
――俺は、一度死んでいる。
自身の肉体の構造から見て、そのことはもう、疑いようがない事実である。
そして、前世に関しての欠けた記憶も……『魂』に情報として根付かなかった記憶は、もう思い出すことは一生ないのだろう。
俺はもう、前世には帰れず、この世界で生きていくしかないのだ。
この世界には、前世にあったものがない。
ゲームなどない。マンガもない。ネットもない。
そんな即物的なものでなくとも、ないものばかりだ。
が、魔法があり、前世のものとは違う類の娯楽がある。
まだ見ぬ面白いものも、きっと数多存在している。
そして――シイカ達がいる。
である以上、きっと……。
「ユウハ?」
「……いや、何でもない。それよりお前、今日は小食なのな?」
「そんなことないわ! 数日ぶりのゴードの料理だから、味わって食べてたの。だからゴード、私の食欲を、侮っちゃダメよ?」
「カッカッ、ワカッテイル」
「お前ホント、何でそんな、自信満々なんだ?」
百話だ。わーい!