魔法を学ぶ《3》
それから数日、魔女先生の指導で魔法などの知識を学ぶ日々が続く。
魔力は万物に存在するが、基本的に生物が体内に有するものを魔力と呼び、それ以外の自然、例えば空気や水などに含まれる魔力のことは、『魔素』と呼ばれることが多いらしい。
本質的には同じものであるそうだが、水が『氷』、『水』、『水蒸気』なんて呼び分けられるように、違う名称が付けられているようだ。
そして、ヒト種は水月の辺りに『魔力器官』と呼ばれるものを有しており、空気中や食料などから吸収した魔素を、そこで使用可能な魔力へと変換するのだという。
俺も魔力を有している以上、ちゃんとこの器官があるのだろう。
魔法には『属性』と呼ばれるものが存在し、基本の属性として『火』、『水』、『地』、『風』の四つがあり、それらを中心に発展させた魔法が多いらしい。
ただ、基本属性はあくまで基本であり、それ以外にも複合属性や派生属性などと呼ばれる、基本属性を発展させたものや、もはや基本属性に含まれない特殊なものも存在するそうだが……これらの中で最も重要だと考えられているのは、全ての基となる『無』の属性であるという。
無属性とは何だという感じだが、これは『魔力』そのものを指し示す言葉であるそうで、故にどのような魔法も必ず無属性を有し、全てがその派生属性だとする考え方もあるそうだ。
基本の四属性にこの無属性を加え、それらを『五大属性』と呼び、これが魔法を学ぶ上で根幹に位置する思想なのだという。
五大属性なんて聞くと、五芒星で相互に作用し合っているような図が頭に浮かぶが、実際には一番上に無属性が存在し、そこから他の属性が枝分かれしている感じだろうか。
アレだな、意味合いは全然違うが、イメージとしてはセフィロトの樹みたいな感じか。
ちゃんと学べばどの属性の魔法も使用することが出来るが、本人が得手不得手とする属性はやっぱり存在するそうで、自身が何を得意とするのかを把握することは、魔法を学ぶ上で非常に重要だと魔女先生に教わった。
だが、逆に「これが得意でこれが不得意」という風に決めつけ、思考を硬化させてしまうのは良くないなんてことも、彼女は言っていた。
思考はそのまま魔法へと伝わり、不得意な魔法を不得意だと思って発動すると、実際に通常のものより効果の低い魔法となってしまうらしい。
魔法の規模が大きければすごい訳ではなく、全ては使いようであり、故に不得意な魔法ならば如何な状況で如何に活かすか、という風に考えることが一流の魔法士となるために必要な思考だと教えられた。
なかなか難しいことを言うが……多分、この学院の生徒になるならば、その程度は熟さないといけないのだろう。
ちなみに、魔法以外の一般知識も、魔女先生に「あなた達……本当に何も知らないのね」と大分呆れられながら、ある程度教えてもらった。
ここ『エルランシア王立魔法学院』は、『ガイア大陸』と呼ばれる大陸の中で、世界有数の大国である『エルランシア王国』という国の辺境に存在しているそうだ。
学院名に王立と付いているように、数世代前のエルランシア国王が設立したそうで、国内どころか周辺諸国の中でもトップクラスの魔法研究機関であると評価されているらしく、非常にバラエティ豊かな学生達が入学してくるらしい。
王族や貴族は全然普通な方で、五十年に一人の逸材だとか、人前にはほぼ姿を現さない希少種族だとか、そういう生徒が結構な数いるという話である。
とりあえず、貴族制が存在する世界なんだな。
……まあ魔女先生曰く、そのバラエティ豊かな中でも、シイカは特別希少な種族であるそうだが。
あと、学生と言うと、前世の感覚から同年代というイメージがあるが、寿命の長さが違う人種がいる世界であるためその辺りは結構曖昧で、その種族において少年から青年の範囲の者が生徒として入学してくるそうだ。
実年齢で百歳を超えていても、成人に至っていないとされる種族は幾つかあるそうで、そういう生徒もやっぱり一定数いるらしい。流石異世界。
「そういやシイカ、お前って歳は幾つなんだ?」
今日の授業が終わって部屋に戻り、自身のベッドでゴロンとしているシイカにそう問い掛ける。
「……さあ? 数えてないからわからないわ」
そう、どうでも良さげに答えるシイカ。
その尻尾が機嫌良さそうに揺れているのを見る限り、恐らくこの後の晩飯を楽しみにしているのだろう。
この数日で、コイツの尻尾が表す感情がちょっとずつわかってきたように思う。
表情筋はあまり動かないシイカだが、代わりに尻尾は動き回るので、コイツの機嫌を見るには一番の指標となる。
気に入った料理の時と、普通の料理の時の差とかはもう、今は百発百中でわかるな。
と言っても、ゴード料理長の作る料理、マジで美味いから大体全部気に入っているようなのだが、コイツは。俺もだけど。
酸っぱいものが、若干苦手らしいということがわかったくらいか。
それでも絶対に残したりせず、全てしっかり平らげるので、そういうところは良いと思うぞ、シイカよ。
「……暦のないところで過ごしてたらそんなもんか。つか、考えてみれば俺も年齢不詳だったな」
記憶があやふやだからな。
年齢不詳、もしくは生後一週間が俺の年齢だ。
「あとシイカさん、脱いだものはかごに入れていただけますかね。かごに」
「はいはい。ユウハは意外と、そういうところ細かいのね」
そう言って、自身の脱ぎ捨てたものを洗濯かごに入れるシイカ。
「細かいことを言ってるとはこちらとしても思いますがね、同居人として言わせていただくと、俺は男で、あなたは女なんですよ。そういうところはしっかりしていただきたいと言いますか」
「鋭意努力するわ」
「おう、それは、あんまりその気のない奴が使う言葉だ」
「前向きに善処するわ」
「お前、わかって言ってるな? というか、ホント、何でそういう言葉は知ってんだ」
そう言葉が上手い方じゃないだろうが、お前。
俺とてあんまり言いたかないが、コイツ、パンツとかも普通に脱ぎ捨てやがるんだよな。
女性の穿いていた下着を見たら、健全な男子としては嬉しく、ドキッとするものなのかもしれないが……ただ無造作に脱ぎ捨てられたそれを見ても、別に興奮などしないのである。
むしろ、だらしなさの方が目に付く感じだ。
お前、女なんだから、もうちょっと慎みを持ってくれないか。
何だろうな、シイカは文句なく美少女だし、距離感という概念の存在しないコイツに顔を近付けられると、心拍が跳ねることがあるのも事実なのだが……ここしばらく、それこそ二十四時間共にいる生活が続いていることで、流石に慣れたというか。
全裸じゃなければ、気にならなくなったというか。
コイツにヒト社会のイロハを教えることが大変で、それどころじゃないというか。
ちなみにだが、洗濯機とかも普通に部屋にあった。
前世のものとは形状が全然違うので、使い方がわからず四苦八苦したりとかもあったが、その辺りの家具類は全て部屋に備わっていた。
前も同じようなことを思ったが、『科学』ではなく『魔法』が中心として発展しているだけで、生活水準自体は相応に高いようだ。便利でありがたい限りである。
「全く。私はこんなに、頑張って色々覚えているのに。ユウハは次々に色々言うから、大変だわ」
「……そうだな、頑張ってはいるよな。うん、お前は頑張ってるよ」
もうお前、噴水の水は飲んじゃダメって学んだもんな。
大進歩なのは、シャワーを浴びた後、全裸で出て来なくなったという点だろうか。
濡れた身体を、ちゃんとバスタオルで拭うということもするようになった。
……うん。
「ハァ……」
「大きなため息ね?」
そんな、どうでもいいような会話を交わしながら、俺は最近日課にしている魔力制御の訓練を続ける。
魔力は、使えば使う程に増えていくし、魔力の操作も修練しただけ手際良く、複雑な制御も可能になっていく。
身体に備わった機能なので、その辺りは体力とか筋力とかと同じようなものなのだろう。
魔女先生から、魔力器官に効率良く負荷を掛けて成長させるトレーニング法を学んだので、空き時間を見つける度にそれを行っているのだ。
俺がド素人だから練習しないとヤバい、というのもあるが、単純に楽しいからな。
意識を集中させ、自身の内側にある力を活性化させ、巡らし――と、パシッと伸びてきたシイカの尻尾が、俺の胴に巻き付いてくる。
「……あの、シイカさん、俺訓練中なんすけど」
「そう。なら、こっちは気にしないでいいわ」
それはあなたが言う言葉じゃないですねぇ。
今日もう一本投稿するやで。