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絶望と希望と無関心  作者: 花谷馨
2/6

第二章  侵略


     1

    -ロサンゼルスの戦い-


漆黒の宇宙空間を、六機の「アストラTR―3B」が地球に向かって進路をとっている。

機体全体が闇のように真黒であるため、宇宙空間にすっかり溶け込んでいて目を懲らさなければその姿を確認することは出来ない。四つの光点だけが、不気味に移動している。

編隊は、大気圏に突入するタイミングに、二機で一グループとなって三方向に展開していった。

時刻は、日本時間で午後八時になろうとしている。


「横田飛行場の航空総隊司令部より、浜松基地が緊急警戒態勢に入ったとの連絡が入りました。また、横田基地を発った米空軍のF―22ラプターが大阪上空にて戦闘配備を完了」

田村航空幕僚長は、市ヶ谷の航空幕僚監部(空幕)にあってその報告を聞くと、すぐに副長に命じた。

「予定通りだ。至急、鎌石防衛大臣に回線を繋いでくれ」

鎌石防衛大臣は田村幕僚長から、『TR―3B』六機が月方向から侵入してきており、航空自衛隊と在日米空軍が共同でこの撃墜の任にあたるとの報告を受けた。

「田村幕僚長、頼みましたよ」

鎌石防衛大臣にそう言われると、田村は自信ありげに返答した。

「この日のために、我々は訓練を重ねてきたのです。お任せください」

大西洋上空で三方向に散開した「TR―3B」のうち最初のグループはそのまま西に降下して、すでにアメリカ西海岸ロサンゼルスへと到達していた。

二つ目のグループは東に進路をとり、ヨーロッパに達している。

そして三つ目のグループは、ロサンゼルスを越えて太平洋に差し掛かっていた。


夜明けのロサンゼルス上空に達した「TR―3B」二機は急激にスピードを落とし、無音のままゆっくりと市街中心部を目指している。

ロス上空にはすでに、F―35戦闘機が25機、迎撃態勢で待ち構えていた。

機体下部のウェポン・ベイが開き、空対空ミサイルが機外に露出している。

「TR―3B」二機は悠然と、そのF―35編隊へと近づいていく。

有視界飛行で敵機が確認できる距離になって、F―35から一斉に空対空ミサイルが発射された。

ロックオンした「TR―3B」に向けて正確に、誘導ミサイルは幾条もの白煙を上げながら突進していく。

しかし、ミサイルは「TR―3B」に接近すると急にその推力を失い、下方のロス市街に落下していった。地表に墜落したミサイルによって、市街数ヶ所からほぼ同時に火の手が上がった。

防空の任にあたるF―35戦闘機が、ロサンゼルス市街を爆撃しているかのようである。

「TR―3B」は、迎撃戦闘機に構う様子もなく、市街中心に粛々と進撃し、その上空に静止した。

そして、一機の四つの光点のうち中心の薄赤い光が急激に輝きを増すと、次にそれは青白い巨大な球体となって光り輝いた。

その瞬間、光体は一直線に地表めがけて射出された。

ロサンゼルスの市民には、絶叫する暇さえない。

上空数キロにも及ぶ巨大なキノコ雲を巻き上げながら、ロサンゼルスの街はこの地上から一瞬で姿を消した。

爆風によって、F―35の機影もレーダーから消え去った。


「ロサンゼルスが、消えました」

田村幕僚長は、その報告を聞くと沈痛な面持ちで言った。

「やはり、ミサイル攻撃では防げなかったか……。自衛隊は、『オペレーションK』を発動する」

それから三十数分後、空幕に新たな報告が届いた。

「ミュンヘンも、やられました」


横田基地を発した在日米空軍のF―22ラプター二十機は、すでに大阪上空で迎撃態勢を整えている。浜松基地を離陸した航空自衛隊F―15戦闘機五機は、鈴鹿山脈を越えて大阪府の南東を飛行している。

「TR―3B」最後の二機は、ついに大阪市街上空に達しようとしていた。

堺市民の多くは、ジェット機の激しい騒音に驚き、屋外に飛び出して空を見上げていた。赤い航空識別灯を点して編隊飛行する米戦闘機の遥か先に、漆黒の巨大な三角形UFOがゆっくりと大阪市内に向け飛行しているのが目撃された。

夜空を見上げながら、あるものは絶叫し、あるものは手にしたスマートフォンのカメラで淡々と映像を録画していた。


F―22ラプターの機体から、次々と空対空誘導ミサイルが発射される。夜空に光を曳きながら進むミサイルは、その光景だけでいえば美しかったが、やがてそれは市民の上に降り注いでいった。米軍の攻撃は、ロサンゼルスの二の舞だ。

すべてのミサイルが方々に落下してゆき、そのたびに街は真っ赤な爆発に包まれていく。

米軍機は、全ミサイルを撃ち尽くすと、作戦行動を放棄して反転した。

「TR―3B」は、いよいよ大阪市街中心部に差し掛かろうとしている。


その時、浜松を発った航空自衛隊のF―15戦闘機五機が「TR―3B」の背後から一気にその距離を縮めて来た。

本多飛行隊長は、編隊に指示を与えた。

「誘導ミサイルは、敵にコントロールされて失速してしまう。20㎜バルカンを掃射しろ」

五機のF―15戦闘機は、隊長機を先頭に一列縦隊で突入し、順に機銃掃射を行った。

ミサイルとは異なり、銃弾は確実に「TR―3B」の機体を捉えた。しかしながら、ダメージを一切与えていないようだ。それは、想定内だった。

「よし! 命中したぞ! やはり敵機は誘導波を妨害しているだけのようだ。『オペレーションK』発動!」


そう号令が下ると、各機は急上昇し、「TR―3B」の後方上空に位置した。「TR―3B」は相変わらず悠然と飛行し、F―15の編隊に構う様子はない。すでに、機体は阿倍野駅上空に達していた。

次の瞬間、F―15は再び一列に並ぶと、またしても本多隊長機を先頭に、「TR―3B」

めがけて急降下を始めた。

本多機の突入を察知すると、「TR―3B」は▲翼の左側を下に傾けて旋回しようと試みたが、アフターバーナーを点火して急降下するF―15をかわすことはできなかった。

F―15は、八つのミサイルを全てをその腹に抱えている。本多機は、「TR―3B」の左翼先端に神風突入、その瞬間に大爆発が起きた。

さすがの「TR―3B」もダメージを免れない。

続けざまに二番機が、本多機がダメージを与えた左翼に突入。「TR―3B」は大爆発とともにその三角形の左辺を完全に失った。

バランスが維持できないのだろう。巨大な機体はよろめきながら徐々に高度を下げ始めた。

三番機以下は、突入を中止。

残っているもう一機の「TR―3B」めがけて旋回を始めた。

しかし、それは遅きに失した動きだった。

「TR―3B」の二番機は、その瞬間に青白く輝くと、一条の太い光を地上に向かって発射した。

あとは、ロサンゼルスやミュンヘンと同じであった。

大阪の街は、激しい爆音とキノコ雲とともに、地上から姿を消した。


     2

-守山UFO墜落事件-


大破した「TR―3B」は、若干右旋回しつつそのまま北上し、徐々に高度を下げて、遂に滋賀県守山市の市役所近くに墜落した。

巨大地震のような激震に、住民は慌てて戸外へ飛び出した。

住民は、墜落した巨大UFOを目の当たりにし、これを遠巻きにして近づこうとはしない。

そして、信じられない光景がこれに続いた。

住民がUFOと呼ぶ「TR―3B」の機体上部を、二体の宇宙人が歩いているのが見えたのだ。

闇の中、その姿は判別できず、二つの黒い影が素早く動いているのだけが確認できる。

「宇宙人だ!」

誰かがそう叫ぶが、周囲の人間は呆気にとられてなにも口にできない。

機体の端まで移動した影は、やおら空中に飛び上がり、十メートルはあろうかという高度を落下して、地表に着地した。

「逃げろ!」

そう言って、人々は二体の影から遠ざかろうと一斉に駆けだした。

この時、逃げ出す住民を尻目に、その二体に近づいてゆく初老の男がいた。

「やめなよ、おとうさん」

妻はそう叫んで止めたが、変わり者の旦那はそれを気にとめようともせずに言った。

「さっきの爆音と震動は半端やない。大阪の方の空があんなに明るかったやないか。それに、キノコ雲や。で、このUFO。どうせ、わしらもう長うないんちゃうか? せやったら、大阪潰した宇宙人を、この手でやっつけたんねん」

そう意気込んで、男はUFOに近づき始めた。

逃げ出した住民は、振りかえると男が宇宙人に近づいて行くのを見て驚いた。

「また、タダイのおっちゃんや」

男は、地元で「タダイ・レコード店」を長年営む名物オヤジだ。

そのタダイのおっちゃんは、果敢にも宇宙人の目の前にまで近づいた。宇宙人も、逃げ出すそぶりはない。

おっちゃんは、目の前に立つその宇宙人の、予想外の姿に仰天して声を上げた。


「なんや、人間やないか!」


二人の宇宙人は、非常にエキセントリックな顔立ちをした女性だった。

全身を白い宇宙服のようなもので覆ってはいたが、少なくとも顔や体格は人間そのものだ。

そして、その人間型の宇宙人は、さらに信じられない音声を発した。

「車を、貸してください。アキヨシダイに、行きたいのです」

タダイのおっちゃんは、急に怒り出した。

「なんで宇宙人に、車貸さなあかんねん! 意味分からへんやろ。なんや、日本人なんか?」

その二体は、ニコリともせずに言った。

「助けてください。お願いします」

おっちゃんは、お願いされると断れない性質である。

「なんや、宇宙人てのは低姿勢やな。どないしてん?」

そう尋ねると、一体が答えた。

「宇宙船が破壊されました」

「そんなん、見たらわかるがな」

おっちゃんは、即答した。

「アキヨシダイに行かねば、帰れません」

宇宙人とふつうに会話している姿を見て、彼の妻もまた近づいてきた。

「なあヨシエ、この宇宙人のネエちゃんが車を貸してくれ言うねんけど、どないする?」

妻のヨシエは呆れ果てた。

「おとうさん、アホちゃうか。なんで、若いネエちゃんにはそない甘いんや?」

「せやけど、助けて言われて、断れんやろ」

おっちゃんがヨシエにそう言うと、彼女も彼女だった。

「それなら、貸したったらええやんか」

そう言うと、ヨシエは、今度は宇宙人二体に向かって言った。

「ちゃんと、車は返してくれるんやろな」

宇宙人の一体が、すぐにこれに答えた。

「返すことは、できません」

「それは、貸す言わん。差し上げると言うんや」

ヨシエは冷静に言った。

「あげるわけには、いかんなあ」

タダイのおっちゃんは、そう言った。


その時、背後からプロペラ音がバラバラと響いてきた。

見上げると、航空自衛隊のC―47ヘリコプターが近付いてきていた。

二体はそれを見つけると、急いで「TR―3B」の残骸の方へと戻って行った。

走るスピードは、およそ人間のスピードからは程遠い。

「やっぱ宇宙人や」

おっちゃんがそう言うと、目の前にC―47ヘリが着陸してきた。

中から飛び出してきた兵士が、ヘリコプターのエンジン音に負けないくらいの

大声で叫んだ。

「ここにいた宇宙人は、どこに行きましたか?」

これには、ヨシエが大声で返事した。

「あっちの方に、すごいスピードで走り去って行ったで」

自衛官は、「ありがとうございます」とだけ言って、追跡を始めた。

ヘリコプターは再び離陸して、上空をホバリングし始めた。

住民が、そのあと二体の宇宙人の姿を見かけることはなかった。


     3

    -宇宙人、埼玉へ-


市ヶ谷の空幕にあって、田村幕僚長は副官から報告を受けていた。

「墜落機体より、二体を生存のまま確保。機体残骸より一体の死骸を回収致しました。生存している『標的』は、ヘリで入間基地に移送中。深夜一時過ぎには、入間基地にて取り調べが開始される予定です」

田村幕僚長は、言った。

「世界で唯一、わが自衛隊だけが成功した生け捕りだ。しっかりと監禁し、観察をするんだ。やつらの正体を、暴いてやろう。そしていつか必ず、ロサンゼルス、ミュンヘン、大阪の報復をしてやろうじゃないか」


二体は、埼玉県狭山市に広がる入間基地の地下核シェルター室へと幽閉された。

取り調べにあたるのは、四十代前半の富田空佐だ。

室内には、ほかに二十人ほどの自衛官が、八九式小銃で武装して取り囲んでいる。

二体は、宇宙服らしきものを脱がされて、全裸で直立している。

富田空佐は、その裸体を上から下までマジマジと見ながら言った。

「まるっきりオンナ、だな」

二体は黙って直立していて、表情を変えていない。

その顔立ちは、実に不思議だった。彫は深いのだが、西洋人の顔立ちとは違う。肌の色は日本人よりほんの少しだけ浅黒い。瞳孔の色はグレー。毛髪は、一体が黒髪、一体が金髪。黒髪の方は長髪で、金髪の方はショートカット。ヘアスタイルは、極めて地球上の文明国の流行に近い。

身長は二体とも百七十センチほど、全体的にほっそり痩せているのだが胸は豊満で、太股と二の腕の筋肉が発達している。

神々しいまでの美しさだ。


「もう服を着てもいいですか?」

金髪の方が、そう言った。

「ああ、構わない」

富田空佐がそう言うと、二体は下半身に下着らしきものを付け、ワンピース状の白い宇宙服をまとい、白いブーツを履いた。

富田空佐は、扱いに困っていた。

宇宙人と言うからには、TVで良く観る目のギョロっとしたグレイ・タイプを想像していたのだが、ここにいる「TR―3B」の搭乗者は、飛びぬけて美しいということを除けば、外見上はごく普通の人間そのものだったからだ。しかも、流暢に日本語を話す。

自然、エイリアンではなく、人間として扱いそうになってしまうのだ。

「ところで、君たちは、どこから来たんだ?」

富田空佐がそう訊くと、黒髪の方が答えた。

「あなたがたに、なにも答えるつもりはありません。アキヨシダイまで、連れて行ってください」

富田空佐は、驚いた。

「アキヨシダイって、秋吉台か? 山口県の……」

「そうです」

今度は、金髪の方が答えた。

「残念ながら、君たちはしばらくこの核シェルター室に隔離される。訊問と身体検査が完了するまで、ここから出すわけにはいかない」

黒髪は、一瞬困ったような顔をしたが、続いて宇宙人らしくないことを言った。

「今日は、疲れました。我々は、眠ることも許されないのですか?」

富田空佐は、完全に窮していた。

「眠るのか? 君たちも?」

取り囲む自衛官も、徐々に二体が普通の人間女性のように思い始めていた。

「もちろん、眠ります。その点では、人間と同じです」

金髪は、丁寧に話をしている。二体とも、常に感情が落ち着いていて、言葉が乱暴になることはない。

そして、自衛官は彼ら二体を「オンナ」だと認識しはじめ、次第に気が緩んでいった。

取り囲む自衛官たちは、謎の訪問者から目を離し、雑談を始めている。

その隙を、二体は見逃さなかった。

黒髪は、目に見えぬほどのスピードで身を翻すと、入口を警備していた自衛官を一撃で殴り倒し、小銃を奪うとそのまま扉を開けて外に出た。

ほんの一瞬の出来事で、だれもその動きをとらえることが出来ない。

続いて、金髪も目にもとまらぬ蹴りを横の自衛官に繰り出し、小銃を奪うと廊下に駆けだした。

「しまった!」

富田空佐はそう叫ぶと、咄嗟に部屋を出た。二体の姿は、すでに廊下にない。

慌てて地上に駆け出ると、滑走路のはるか向こうに、信じられないスピードで走る二体がスポットライトに照らされていた。

「乗ってください」

そう言われて富田空佐はジープに乗り込むと、八九式小銃を二体に向けて構えた。

ジープはアクセルをいっぱいに踏み込んで加速し、基地の外れでようやく二体を二百メートルの目視射程に捉えた。

富田空佐は、危害を加えるなと言う指令を忘れ、無我夢中で発砲していた。


「本多の恨みだ!」


そう叫んでいた。

F―15で「TR―3B」に神風特攻した本多飛行隊長は、富田空佐の同期だった。

引き金をひくと、弾層の三十発はわずか二秒足らずで空になった。

暗闇の中で、一体が飛び上がったように見える。

ジープで近づいて行くと、金髪が銃弾を浴びて倒れていた。

そのずっと前方で、黒髪がジャンプして軽々とフェンスを越えるのが見えた。

もはや、どうしようもなかった。

黒髪は、風のように基地外の闇の中へと消えて行った。


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