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絶望と希望と無関心  作者: 花谷馨
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第一章  シドニー・ツングースカ


    1

-退職願-


「また、唐突だね。本気か、西岡ちゃん?」

KYTVの西岡美津夫ディレクターは、梅田局長に辞表を手渡したところだ。

「新卒から十四年、長い間お世話になりました。すでにチーフ・ディレクターの森山さんには相談して、理解いただきました」

梅田局長は、椅子に深くもたれかかったまま、話を続けた。

「例の『シドニー・ツングースカの真実』って企画の件だろ? いまはまだ無理でも、そのうち番組にできるチャンスがあるかもしれないじゃないか。短気起さないで、気長に構えたらどうだ?」

美津夫は、入社当時、梅田局長がまだチーフ・ディレクターだった頃に彼から番組作りに関するイロハを教えてもらっていた。

それだけに気心も知れていて、退職に関してはありのままの理由を伝え、遺恨を残すことなく辞めようと思っている。

「『シドニー・ツングースカ』の惨劇からまだ二年。それなのに、今ではまるで何事もなかったかのように事件前と同じようなバラエティ番組ばかりを制作させられています。地上波TV局という最も影響力のあるメディアに勤務する我々が、こんな体たらくを続けていて良いものでしょうか?」

美津夫は、バラエティ班では影響力あるディレクターに成長している。しかしながら、以前と変わらぬ番組作りを続けていることに、ある種の罪悪感さえ覚え始めていた。

「何を言ってるんだよ、西岡ちゃんがDしてる『世界びっくり教室』は、時間帯ナンバーワンの視聴率だ。自信持てよ、自信を。バカ正直に考え過ぎるのが、西岡ちゃんの悪い癖だ」

美津夫は、「梅田局長が軽く考えすぎなんです」と言ってみたかったが、それを飲み込んだ。

社内的には、バブル世代といわれる十六歳年上の森山チーフ・ディレクターがその軽薄なノリを揶揄されがちだったが、実際のところ彼らは三十代後半から厳しい経済状況の中でサヴァイヴしていて、しっかりとした芯ある考え方を持っている。三十七歳の美津夫から見れば、さらに年上の梅田局長ら五十代後半から六十代前半の経営者世代の方が、よっぽど呑気でお気楽に見えるのだった。

「二十代から三十代に支持されるお笑い芸人を司会にして、ちょっとおバカなセクシー美女とイケメン俳優、そして流行のお笑いタレント並べて珍回答させとけば、誰だって簡単に視聴率取れますよ。自信持つほどのことじゃないです」

梅田局長は、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「謙虚と言うか、四十近くになろうってのに、相変わらず青いこと言うね」

美津夫はTV局の「社会的責任」について最後に論じておきたかったのだが、それを「青い」と一蹴されてしまっては、話の続けようもなかった。

梅田局長は、椅子にさらに深くもたれかかると、ふんぞり返った状態で話を続けた。

「当社は、この二年間でオーストラリアに一五億円もの義捐金を送っているんだよ。知ってるだろ? きっちり視聴率をとって経済効果を上げることで、立派に社会貢献してるじゃないか。それに、番組で集めた視聴者からの義捐金だって、すでに累計四十五億円にも達している。『シドニー・ツングースカ』を忘れたわけじゃない」


シドニー・ツングースカ爆発。

それはおよそ二年前に起きた災害の名前だった。

その夜、シドニーの街は一瞬にして消滅した。半径三十㎞にも及ぶ地域が、大爆発とともに地上から跡形もなく吹き飛んだのだった。正確な数は判明していないが、推定で四百五十万から五百万人が犠牲になった大惨事だ。

原因は、いまのところ「巨大隕石説」が定説になっている。周辺地域で、大量の「イリジウム」が検出されたからだ。

イリジウムというのは原子番号七十七の白金属元素で、比重が重いため地表付近ではほとんど採掘されないレア・メタルだ。そのため、隕石によって地球外からもたらされた物質だと考えられた。

しかしながら、シドニーの爆心地付近では一切隕石の破片は見つからず、また衝突痕であるクレーターも認められていない。

これと非常に似た原因不明の大爆発が、百年以上前の一九○八年六月三十日に中央シベリアのツングースカで発生していた。それを、ツングースカ大爆発と言う。そのため、シドニーの大爆発は、「第二のツングースカ」と捉えられ、メディアを通じて「シドニー・ツングースカ」という呼称が定着したのだった。


「『シドニー・ツングースカ』は、隕石衝突と結論づけていいものとは思いません。我々がなすべきことは、『真実』から目をそむけることでしょうか? 第三のツングースカが起きないよう、真実を調査し、問題提起することではないでしょうか!」

「でもねぇ、君の言うような『とんでも説』を真面目に番組にしたんじゃあ、それこそ局の社会的信用はガタ落ちだよ。わかるだろう?」

梅田局長は、美津夫には遠慮なく本音をぶつける。

「だから、報道班ではなく、私のバラエティ班での制作を提案したんです。あくまで、バラエティとして」

梅田局長は、椅子から上半身を起こして机に両手をついて断言した。

「なにがバラエティだよ、なにが。企画書のキャスティング、ちっとも面白くないじゃないか。司会は、うちの報道キャスター。パネラーは聞いたこともない大学教授のオッサンと、防衛省の役人? 平日のゴールデンタイムにオンエアする内容じゃないだろう」

美津夫は、この件に関して議論するつもりはなかった。番組の企画がポシャったから辞めるわけではないからだ。真相を究明しようという姿勢を『とんでも説』と決めつけられてしまうことが耐えられないのだ。

「『アストラTR―3B』の目撃者が、事件直前にたくさんいました。それこそ、数万人規模のUFOフラップです。目撃者による写真や映像も数多く記録されています。それをしっかりと検証しようとしないのは、怠慢です。いまは、珍回答のバラエティ番組でお茶を濁している場合じゃないんです」

梅田局長は、呆れるように言い放った。

「大丈夫か、西岡ちゃん。五百万人からの人間が亡くなった大災害を取り上げて、UFO番組としてオンエアしたら、それこそ視聴者からクレーム殺到だよ。西岡ちゃんは、本気でUFOがシドニーを攻撃したと信じているのかい?」

「目撃者が多数いる、それは事実です。検証の結果『アストラTR―3B』の攻撃だと結論付けられれば、喜んでそれを受け入れますよ」


シドニー大爆発の直前、オーストラリアの各地で巨大な三角形のUFO編隊がシドニー方面に向かって無音で飛行しているのが目撃されていた。地上から見上げるとUFOは二等辺三角形で、頂点部分の三箇所と中央の重心部分の計四箇所が発光している。既知の飛行物体ではないのでUnidentified Flying Object(未確認飛行物体)として各国が認めているのだが、日本国内ではこのUFOフラップに関してはほとんど報道されていない。そのUFOが、「アストラTR―3B」と呼ばれていた。


梅田局長は、諭すように優しく語りかけはじめた。

「西岡ちゃん、疲れているんだよ。何年もの間、ほとんど休まずに番組制作に集中してたからな。少し休めば、気も落ち着くだろう。もうすぐちょうど改編期だ。あと一ヶ月間なんとか頑張って、四月になったら長期休暇をとってみたらどうだ?」

美津夫の心はすでに決まっている。

「お気遣い、ありがとうございます。けれどもこれ以上、『シドニー・ツングースカ』以前と同じような番組を垂れ流し続けるのは、耐えられません。今月末日付で、退職させていただきます。自分が成すべきことは何か、じっくりと考えてみます。長い間、お世話になりました」

こうして美津夫はあてもなく局を飛び出した。


-渓へ-


三月になっていた。思い切って辞めたのはいいものの、美津夫はまず何をすべきかさっぱり分からないままでいる。

中目黒に借りている2LDKのマンションにひとり閉じこもり、この一週間というもの考えを巡らせているのだが、どうも気が沈むばかりで、なすべき目標が一向に定まらない。

TVを点けると、どのチャンネルに変えてもタレントがバカ騒ぎしているバラエティ番組ばかりで、不愉快になってすぐスイッチを切った。

「この国は、本当に大丈夫なのだろうか?」

そう思ってはみたものの、TV局を辞めてしまうと、個人の無力さを痛いほど思い知るのだった。

友人は多忙なTVマンばかりなので、平日に時間を割いてわざわざ美津夫に会う者は皆無だ。

奥さんもいなければ恋人もいない。仕事一筋でやってきた結果がこれだ。

美津夫は、気分転換に趣味の渓流釣りに出かけようと思いついた。

時間だけは、たっぷりとある。キャンプ道具を積み込んで、気が済むまで泊まり込みでヤマメ釣りに専念しようと決めた。

山に入って渓流釣りだけのことを考えて過ごすのが、ささやかな美津夫の夢でもあった。

思い立ったが吉日。

美津夫は、キャンプ道具とフィッシング・ギアを愛車の四駆に積み込んだ。

長年愛用しているテント、タープ、テーブル、エア・マット、シュラフ、ランタン、ツーバーナー、食器セット、調理器具セット、カトラリー・セット、クーラー・ボックス、すべてこだわりのギアばかりだ。一人分のキャンプ道具ではあるが、トヨタFJクルーザーの荷室はいっぱいになった。

社会のことはすべて忘れ去ろう、そう思った。

パソコン、スマートフォンの類はすべて置いて行き、持っていく機械は愛用のニコン一眼レフカメラだけにした。

変わることを畏れる社会と、しばしのお別れだ。

美津夫は、黄色いFJクルーザーに乗り込み、意気揚々とステアリングを握り、アクセルを踏んだ。

「さあ、どこに向かおうか!」

すべてが、自由だった。


良く晴れた午後だ、風は冷たい。

好きな福島県や新潟県の山深くは、まだまだ雪に覆われているだろう。

午後二時を回っていることもあり、美津夫はひとまず行き先を埼玉県ときがわ町のキャンプ場に定め、ナビに入力した。

関越道東松山インターを降りるルートでおよそ一時間半、到着予定時刻は午後三時四十五分と表示された。

これならば、完全な暗闇になる前にテントの基礎部分は設営できるだろう。

ときがわ町を流れる都幾川は都心から近い上に水の透明度が高く、釣り客も比較的少ない絶好のポイントだ。

都幾川に到着してみると、キャンプ場はまだ営業開始前であることが分かった。管理事務所の看板には、営業期間は四月から十月までと明記されていた。

場内に、人影はまったくない。

「まあ、いいや」

美津夫は気が大きくなっている。

テントを設営してしまうことに決めた。もし管理人が来て苦情を言われたら、そこで謝って撤収すればよい。年齢を重ねると、人間と言うのはどうも図々しくなっていく。

適当な場所を見つけて、まずは落ちている石や木の枝を除ける。日没が近づくと、空気はまだまだ真冬の冷たさだ。

「釣りは明朝にして、今日は設営終わったら焚火をして暖をとろう」


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