第9話 何事にもエビデンスが必要
「貴女!! いきなり失礼ではないこと!?このお方を誰だと思っていらっしゃるのかしら!」
ーーそんな水○黄門みたいな。
「貴女が誰であっても食べ物を侮辱する人は許せません!」
目の前に突如現れたように見えたマリアは、私の斜め向かいの席で弁当を広げていた。ゲームにあったスチルで見たものとは少し違うようで、不器用さが弁当から伺える。焦げていたり、何かわからないものが入っていたり。
ーーあ。いきなりのことで思考が飛んでいた。え、なんて? 侮辱? 私が? いつ?
頭の上でたくさんのハテナマークが飛び交う。
「私のお弁当を粗末なものだなんて、言わないで!!」
マリアは頬を膨らませ、まるでぷりぷりっというような効果音が聞こえてくる。
ーーあざといなぁ……。
「シャーロット様が態々貴女のような方の弁当に興味を示されるはずありませんわ!? 貴女お耳を掃除してきたらどうかしら?」
取り巻きAの発言に他の取り巻き達がそーよそーよ、と援護射撃をうつ。
「皆さん。この方に失礼ですわ。貴女のような、なんて言ってはなりません。」
「シャーロット様、ですが……!」
「ええ、でも、私を守ろうとしてくれてありがとうございます。そのお気持ちだけで十分嬉しいです。」
微笑むことは出来ないが、心の中で取り巻きたちにほほ笑みかける。家のためだろうが、コネのためだろうが、私のために戦ってくれたのには間違いはない。
私はマリアに向き直る。
ーーマリア、ストーリーを進ませようと強行突破するつもりだな。なかなかのせっかちさんと見た。
「貴女。私は貴女のお弁当素敵だと思います。ご自分で作られたのでしょう? なかなか出来ることではないですわ。」
ーーだからもう、喧嘩をふっかけないで。カレーが冷めてきているのを私はジワジワと感じているんだ。
「ぅ……! ……ッキャアアア!!」
マリアはいきなり大声を上げ、弁当箱を床にひっくり返した。
「なっ!」
ーーちょっとちょっと、強行突破にも程があるでしょ!
「シャーロットさん! 何で! やめてください!」
「え〜……。」
マリアは涙を浮かべて胸の前で手を組む。神に懇願するかのような姿は、生徒の同情を買うだろう。叫び声を聞いて野次馬も増えてきた。
ーーはあ。勿体ないな。この弁当もう貴女食べないでしょ。
「私の! お弁当が! そんなぁ!」
マリアはわざとらしく声を上げる。悲しむマリア、呆然と立ち尽くす私たち。
ーーカオスだ……。
「なんの騒ぎだい?」
野次馬の間を割って声をかけてきたのは、もちろん
「コーラッド第一王子……。」
マリアはコーラッドの元に駆け寄り、シャーロットのされた仕打ちをさめざめと話す。肩を震わせ、涙をポロポロと流す様は事情を知っている者からしたら、オーバーすぎやしないかとも思う。
「そう。シャーロットさんが……。」
コーラッドは少し考えたように俯いた後、続けた。
「それは酷いね。マリア、可哀想に。怖かったろう?」
コーラッドはマリアの頭を愛おしそうに撫でる。
ーー攻略済みかよ!!!?
「そうなのコーラッド。怖かったわ。」
ーーそして名前呼び……。ゲームではまだお互いに敬称は付けていたはず。マリア・キョーダはなかなかに手が早いようだ。
どうしたものか、私は考え込みそうになるが当初の目的を思い出す。
ーーそうだ。そもそもこれはあるべきシナリオ。私は食べ物を粗末にしたくないからパスしようとしたけど、これはマリア本人がしたことだ。したくなかったことを向こうからしてくれた。願ったり叶ったりでは?
そうと決まれば、私は負けを認めた顔をすることにする。取り巻き達は、流石の王子には弁明もしないだろう。ただ静観している様子だ。
ーー謝って、散らかった弁当も掃除して早くカレーを食べてしまおう。きっともう冷めただろうけど。
「申し訳あ「違うだろ」」
私の渾身の謝罪の上から誰かが被せてきた。
まさか取り巻きが、と思ったが、どうにも聞きなれない男の声だ。
声の方に視線を送ると、赤い短髪の髪に鋭い目付き、眉間には年代もの皺が深く刻まれている。シャーロット以上に人をも殺せそうな目は、髪よりも深い紅色だ。
ーーえ、誰。
「……クラウス。君に口を挟んでいいとは許可していないよ。」
コーラッドは冷たく言い放つ。だが、赤髪の男に引く様子はない。
「弁当はその女が自分でばらまいた。周りの奴らも見てただろーが。」
「なん、だと? マリアがそんなことするわけない! なんの為に!」
「知るか。そんなもん女に聞け。」
「ちょ、ちょっと。」
ーーさすがに王族相手にその口調はまずいのでは。しかもどうやら、私の弁明をしてくれているようだし。
男は私の方を見て、更に皺を深くする。
ーーひぇっ
「てめぇも、してもねぇことに頭下げてんじゃねえよ。」
「……。」
男はそれだけ言い放つとその場を後にした。
その場を包むのは静寂だけ。
私は、目の前の冷えきったカレーをこの空気の中食べてもいいのかどうかに頭を悩ませていた。