第5話 医療用語使いすぎて何が医療用語なのか分からなくなる
凪雲凜々という女は、人の役に立つのが小さい頃から好きであった。奉仕活動には喜んで行ったし、頑張っている人には労いの言葉を贈っていた。頼られるのも好きであったし、リーダーシップもあったため委員長、生徒会長も任されていた。そんな凪雲凜々を誰もが慕った。
だが、彼女には大きな欠点があった。
それは表情が無いことだった。奉仕活動の最中も労いの言葉をかけている時も、生徒会長として挨拶をしている時も、彼女の表情筋は死んでいた。病気という訳では無い。ただひたすらに、表情を作るのが苦手だった。特に笑顔が。
「あの、すみません!ごめんなさい!失礼なことを……!!」
目の前で可愛いリリィが謝っている。私はすぐに安心させる言葉を贈らなくてはいけなかった。だが、口から出てきたのは違う言葉だった。
「あの、リリィさん……。」
「は、……はい。」
リリィがさん呼びになったことにショックを受けている様子だった。そんな所も可愛い。だが今は確認が先だった。
「あれ、私、微笑めてない?」
私は恐る恐る聞く。聞きたくない。いや聞かなければ。いやだ知りたくない。駄目だ、確かめないと。私の中でアンビバレンスが起こっている。アンビバレンスとは、2つの正反対な想いが同時に存在し拮抗することである。いや、どうでもいい。
「あのぅ。その、はい。シャーロット様は、倒れられてから、ずっと、その、凛々しいお顔です……。」
ーー凜々しいか。そうかぁ。いや、わかっている。良いように言ってくれたんだ。
ーー要するに私はあの時もあの時もあの時も、ずっと微笑んでいるつもりで、少しも微笑めていなかったんだ。
私はワナワナと震えながら両手で顔を隠す。恥ずかしい。穴があったら入りたい。きっと顔は真っ赤だろう。いや、変わってないか……。
凪雲凜々はそうだった。どんなときもクールな表情をしていた。リリィと同じように良いように言ってしまった。いつも表情がなかった。
ーーそれは、でも凪雲凜々だからで。あれ、シャーロットだから。私は微笑めると思って。今までの分もいっぱい微笑もうと……。え、ずっとあれ無表情だったの??
「あの、シャーロット様?」
リリィが心配そうに私を見つめている。
可愛い。可愛いは正義だ。
「……大丈夫よ。リリィ。……あの、私はずっとその、凜々しい顔のまんまかもしれないわ。それでも私の事嫌わないでね……。」
ーー無表情のまんまかも、というのは怖いかもしれないと思ってリリィ風に言ってしまった……。
「はい!!勿論です!私がシャーロット様を嫌いなるはずがありません! ……でも、どうしたんですか? 私、よく笑って怒るシャーロット様も……。」
リリィは恋する乙女のように体をクネクネと揺らしている。
「ごめんなさい。リリィ。私は……そうね、大人になったのよ……。」
ーーきっと私は遠い目をしているのだろう。遥か先を見据えたような。
「シャーロット様……!」
感動した目で見つめるリリィの視線が痛い。
ーー私の鉄仮面は筋金入りなの、ね……。
今世こそあの子の笑顔素敵ね、って言われるのが夢だったなんてイエナイ。
ーーでも、出来ないものは仕方ない。無いものを悔やんでも前には進まない。あ、
「リリィ、言い忘れるところだった。今まで嫌な思い沢山させてごめんなさい。私も大好きよ。」
「っっ!!!? 」
リリィが茹でダコのごとく真っ赤に染まる。今日見た中で1番の赤だ。このまま倒れないか少し心配になった。
「もっ、勿体なきお言葉です!!」
「ふふ。あ、リリィ。少し喉が渇いたみたい。お茶を持ってきてくれる? なんでもいいわ。」
ふふ。なんて笑っても笑えてない矛盾。鉄仮面がふふって言っている様はさぞ滑稽か、おぞましいだろう。
「はい! すぐにお持ち致します。」
リリィは朝と同じように勢いをつけて礼をし、ドタドタと走っていった。
「可愛いけど、廊下は走っちゃダメよって教えなくちゃね。……さて。」
ーー本題に移らないと。少しショックが尾を引いているけど、切り替えが大事だ。
「国外追放を目指すとしても、手ぶらじゃ死と同じだ。」
ーー1人で生きていくとして、必要なのは1に金だ。今からでも貯金するか。それとも困らないよう手に職をつけるか。
凪雲凜々の中で手に職を、と言えばやはり看護だが、この世界は当たり前に魔法がある。治癒魔法があれば、看護などほとんど役にはたたない。だから、この世界には看護師なんて仕事はない。治癒魔法士だけだ。
「けど、シャーロットには治癒魔法の才はない。」
シャーロットは莫大な魔力を持つが、得意とするのは氷の攻撃魔法。
「アイシングとしては使えるか? いや、使えんな。」
ーーでは、やはり貯金かな。まぁ、金は後から考えよう。次に必要なのは、コネだ。
私は書棚から地図を出す。
ーーこの国を追放されるとして、行先は、ここか、ここ。この国には知り合いはいないしなぁ。しかもただの知り合いじゃダメだ。面倒を見てくれるような……そうだな神職の者。
「シスターだな。」
ーーと、なると必然的に私の行く先は、シスターか?シスターも人の為になる仕事。一石二鳥ではある。国外追放をされ、シスターになる元貴族も少なくはない。
「ほとんどのものが、質素な暮らしに逃げ出すか、文句を垂れて追い出されるか、だけど。」
コンコン
扉を叩く音が聞こえた。
「リリィです。お茶をお持ち致しました。」
「入って。」
爽やかなハーブの香りが鼻をつきぬけた。
「いい匂いね。ありがとう。」
「いえ。……? あ、こちらに置いておきますね。」
リリィは私が地図を広げているのを見て首を傾げたが、何も言及はしてこなかった。
ーーリリィのいい所はここだな。深い所までは突っ込んでこない。やりやすい。
「また、何か御用があればお申し付けください。失礼します。」
「あ、ちょっと待って。ねぇ、リリィ。貴女はシスターってどう思う?」
「え、シスター……ですか?」
ハーブティーを1口飲む。美味しい。リリィがまた腕を上げたようだ。毎日シャーロットに怒られてもめげずに、執事のセバスに淹れ方を教えて貰っているのを知っている。
「美味しい。……ええ、思ってるまま何も考えずにあなたの意見を聞かせてくれる? シスターと言えば、どんな印象を持っている?」
「そう、ですね……。私は好きです。実家の近くに教会があって週末にはクッキーをくれて。住民の悩み事とか困り事とか聞いてくれて。頼もしい存在、うーん、姉のような存在ですね。」
「そう、」
ですが、と付け加え地図の上を指さす。
「ここ、と、ここの教会はあまり良い噂を聞きません。なんでも、信徒の賽銭に手をつけて私腹を肥やしているだとか。」
リリィが指さした国のひとつが、私が先程追放先で考えていた国と同じだった。私は地図に丸をつける。
「……そう。分かったわ。ありがとう。下がっていいわよ。」
「……シャーロット様。私を、どこまでも貴女様について行かせてくださいね……。」
「……ええ。ありがとう。でもなんでもないの。聞いてみただけよ。」
「はい。……では失礼します。」
「あ、廊下は走っちゃダメよ。」
「っ!はい、すみましぇん……。」
リリィは恥ずかしそうな顔で出ていった。今度はドタドタという足音は聞こえない。
「ついて行かせてください、かぁ。」
ーー着いていきますからね。じゃないのがリリィらしいなぁ。それに、案外聡いようだな。
何をしようとしているかは気付いていないようだが、何かを感じた様子であった。
「行くなら、ここ、だな。」
私は丸を付けた国を指でコンコンと叩く。
「私は……凪雲凜々は結構、曲がった事が嫌いなんだ。」