第4話 看護師は気が強い。けど誰よりも優しい。
またもや偏見の題名です。あ、優しいのは本当だと思う。
綺麗に平らげた皿を厨房に持っていく。
ーー何気に初めてかも。厨房に行くの。
途中で何人かの使用人にすれ違ったが、驚いた表情を浮かべるだけで近寄ってはこない。
シャーロットに話しかけられるのは決まった使用人だけ、とルールがある。使用人も下手に話しかけて罰をくらいたくないため、自分から近寄っては来ない。
ーー触らぬ神に祟りなし、だな。
厨房の扉を開けると、外からでも聞こえてきていた話し声が止まる。全員がこちらを見て、青い顔で冷や汗を流している。
「シャーロット、お嬢様……。」
若い調理人が呟くように私の名を呼んだ。皆がここまで焦っているのは、普段来ない私が顔を見せたからだけではない。先程まで大きな声で私の悪口を言っていたからだ。
ーーそうだよなぁ。普段来ないんだもん。気を抜いてるわなぁ。
こんな時間に朝食を作れだなんてふざけているのか。いつも飯を残しやがって。我儘女王。この前は飯が熱すぎるって怒鳴り散らして床にばら撒きやがった。
悪口の内容はこんな風だった。
ーーいや、仕方ない。言われても仕方なさすぎる。逆にごめん。暫く話が終わるの待とうとしたんだけど、全然終わらないから入っちゃった。
今すぐ床に頭を擦り付けて謝りたいところだったが、私の中にある公爵令嬢の血がそうはさせなかった。
ーーとりあえず、さっさと居なくなった方が良さそうだな。
「これ、ご馳走様。悪いけど洗ってもらえるかしら。」
一番近くにあった調理台の片隅に皿を重ねて置く。
調理人たちは、ただ私の動きを目で追って動こうとはしない。このままだと業務に支障をきたしそうだ。
私はクルリと体の向きを変えて、厨房を出ようとする。扉に手をかけたところで、大事な一言を思い出す。
「あ、今日も美味しかったわ。お昼も楽しみにしているわね。」
それじゃあ、と伝えて私は厨房をそそくさと脱出する。
「間の悪い時に入ったなぁ。」
私が長い廊下を抜けて自室に戻ろうとすると、後ろから髪を掴まれる。
「いた」
「おい、シャーロット!」
掴んだ正体は振り返らずとも分かった。こんな事をするのは1人しか居ない。
「お兄様。」
クリストス公爵家長男ユリウスだ。
ユリウスはニタニタと口角を上げて私を見下ろしている。シャーロットと同じブロンドの髪に同じ三白眼。この家はどうも母親の遺伝子が強い。私と母親と違う点と言えば、両側にある八重歯だろう。シャーロットは、この兄の八重歯が獣の様で怖かった。
ーーこの性格でなければ、イケメンなのに。シャーロットが言えることではないけど。
「お兄様、手を話してください。痛いですわ。」
「いつからお兄様に口答えするようになったァ? なァおい。」
口調を荒らげると同時にグィっと髪を引っ張られる。
ーーあ〜。抜けてる抜けてる。
いつものシャーロットならここでキーキー大声を上げて暴れまくり、最後には母親か父親に泣きつく。
ーーだけど、今日からは違うぞ。負けないぞ。私はユリウスの性格は分かってるんだからな。ゲームで。
ユリウスも『暁夜のシンデレラ』の攻略対象である。ゲームでユリウスは所謂ツンデレキャラなのだ。
「おっまえ、朝食前に倒れたんだってなァ。俺はお前より早く起きて早く飯食うから知らなかったけどよォ?フン、軟弱な女ァ。」
ニタニタと笑いながら私を煽るが、今の私にはホンニャクコンニャクがついているようだ。心配した、と言っているように聞こえる。
「お兄様、心配かけたのは謝るわ。ごめんなさい。もう何ともないから、離して。お願いユリウス兄様。」
涙を浮かべて、兄に願う。
「っな!!!? ばっ、べつに俺はァ!」
その瞬間ユリウスの手が緩むのを私は見逃さなかった。
ーー面倒臭い、逃げよ。
走り出すシャーロット。一拍遅れて追うユリウス。驚愕する使用人たち。
ーーもう少しで自室だ。戻って作戦会議したいんだ。邪魔されたくない。
「あっ、お嬢様!?」
部屋の近くにはリリィが居た。
ーー勝った。
「リリィ! 私とお兄様の間にウォール作って!」
「えっえっ。」
「あっ、てめェ! 使用人邪魔すんなァ!!」
もうすぐ後ろにはユリウスが迫っている。
「リリィ!」
私がリリィの名前を強く呼ぶとリリィは口の端をぎゅっと下げ覚悟の決めた顔で魔法を叫ぶ。
「魔法壁!!」
「がァッ!!」
ユリウスは顔面から見えない壁に突っ込んだ。
ーー普通の人間なら頸部骨折、脊髄骨折免れないな。
だが、ユリウスは身体強化魔法の才がある。ダメージをくらうと皮膚を鱗のように硬くできる。あの程度の衝撃なら5秒後には笑ってるだろう。
「ユリウス坊ちゃんごめんなさい〜っ!!」
「いいから!! では、お兄様。またお茶でもご一緒しましょう。」
私は狼狽えていたリリィの首根っこを掴み、自室の扉を固く閉める。
ーーいくら、お兄様でもレディの部屋に突撃はしないわ。お母様のお叱りをくらうものね。
「はは。久々に走った気がする。」
「あ、あのぅ…。」
リリィは自分がしでかしたことに、徐々に気付いたようで、半泣きで私を見ている。使用人が主を傷付けるなど、クビ以上のことが起きてもおかしくはない。
「大丈夫よ。リリィ。私が命令したんだもの。誰も咎めないわ。咎められたら私の名前を出せばいいし。それにしても、意外だったわね。言ってはみたものの本当にするなんて。」
リリィなら狼狽えて出来ないだろうとダメ元で言ってみただけだった。
「えっ、それは、だって……えっと……。」
リリィは縮こまりながら声もどんどん小さくなっていく。
私は朝と同じように頭に手を置き、安心させるために撫でる。ピクリとリリィの肩が揺れるが、嫌がっている様子はない。
「……だ……ら。」
「ん?」
小さい声で何か言ったようだったが、聞き取れなかった。威圧しないよう出来るだけ優しい声で聞き返す。リリィはバッと顔を上げて、頬を赤く染めながら意を決したように叫んだ。
「シ、シャーロットお嬢様が名前を呼んでくれたから、です……!」
ーーあっ、シャーロットの時は、使用人かメイド、としが呼んだことがなかったんだ。
「嬉しくて。それに、朝も、今も、こ、こうやって、頭を、撫でてくれて。いつもの、お嬢様と何かちがくて……。あっ、えっと、ごめんなさい。」
「違う?私。」
「えっ、と……。」
リリィは目線を左右に動かす。
「いいのよ。正直に言って?」
「は、……はい。変わられた、と思います。でも、私……。」
「うん。」
「えっと……。」
私は頭を撫で続けながら、話を待つ。ゆっくりでいいのよって想いを込めながら。
リリィは紅茶を掛けられても、責められても、シャーロットのお付を辞めなかったただ一人のメイドだ。気も弱いのに、何故かずっと傍で仕えてくれた。
「あ、の……。前のシャーロット様は少し、その、怖かったけど。それでもお慕いしていました。誰よりも努力されてて。自分の意見を自信を持って言えて……。私には出来ない事だから……。」
「……そう。」
「それでも、あの、やっぱり、怖くて……。だから、今のシャーロット様は前よりももっともっと大好きです……!!」
リリィは萎縮し涙を流しながらも、今まで見せた中で1番の笑顔を浮かべた。
「そう。ありが「笑顔が無くても!!」…と、う……?」
リリィの頭を撫でる私の手がピタリと止まる。それと同時にリリィがガタガタと震え出したのがわかった。
「あっ、あ、いえ、あの。ごめんなさいいい!!」