第3話 コミュニケーションにも種類がある
言語的コミュニケーション(ex:話す、手話)と非言語的コミュニケーション(ex:笑顔、距離、身振り)があります。現場では特に非言語的コミュニケーションが重要と言われています。
「あらあらあら、シャーロットちゃん!目が覚めたのね!」
広間に行くと出迎えてくれたのは、母親のガーベラだった。シャーロットの三白眼は、母親譲りだ。
ーー母もまた、悪人顔だな。
だが、美人には間違いない。近寄り難い高嶺の花というか薔薇には棘ある、だからこそ美しい というタイプの美人だ。
「ええ、お母様。ご心配おかけしましたわ。」
私は服の端を持って、綺麗に礼をする。看護師時代にはしたことのない動きだが、やはり身体に染み付いているようだ。
ーー今更だけど、記憶はシャーロットと凪雲凜々が混ざった状態で人格を凪雲凜々が乗っ取った、という風なんだな。
「? 何かシャーロットちゃん、今日いつもと違うわね? 」
ーー……やはりさすがは母、と言ったところか。鋭いな。所作や言い回しはシャーロットと何ら変わらない筈だが。
「そうかしら。私、変?」
私は上目遣いで尋ねる。少しぶりっ子を混ぜて。
「いえ、いえいえ!気のせいね、今日もシャーロットちゃんは世界一美しいわ。変なところなんてどこにもないもの!」
「ありがとう、お母様。お母様も今日も美しいわ。」
私はニコリと微笑む(つもり)。
「さぁ、お腹が空いたでしょ。お食事にしなさい。今シェフが作り直しているはずよ。」
「えっ。わざわざですか? 」
「えっ?」
「あっ。」
ーーしまった。
シャーロットならば、残飯を温め直して提供するなの有り得ない。今までなら間違いなく新しく作り直させた。
ーーいきなりキャラが変わったら病気とか頭を打ったのでは、とか言われそうだなぁ。
「いえ、なんでもありませんわ。」
ーーうーん。今後どうしていくべきだろう。
今まで通りなんて、私には無理だ。使用人に紅茶をかけたり、出された料理に文句を言ったり、あれが欲しいこれが欲しいとわがままを言ったり、ヒロインに足を掛けて転ばせたり。
ーー出来るわけない。でもいきなり変わってもなぁ。……ま、いいか。
人の為に尽くしたくて、凪雲凜々は看護師になったのだ。転生したからといって、その信念は変えられない。それに。
ーーこのまま悪役令嬢の道を突き進めば、処刑、もしくは国外追放だしなぁ。
私は『暁夜のシンデレラ』のストーリーを思い出す。悪役令嬢は、ヒロインに邪魔をしまくり、人を騙し、魔法を使って傷つけたりした結果、ヒロインとヒロインの運命の人によって報復を受ける。
ーー処刑は嫌だ。でも国外追放ならワンチャン?いや、そんなに世間は甘くない。
「お嬢様、朝食の準備が出来ました。」
使用人が机の上に朝食を並べてくれる。朝食といってももう朝と昼の間だからか、少し量が多い。それとも、リリィが多めに、と言ったのかもしれない。
「ありがとう。下膳は自分でするから下がっていいわ。」
私は微笑みを浮かべた(つもり)。
使用人はそんなことをさせる訳には、と言ってきたが、なんとか言いくるませ、下がらせた。1人で考え事をしたかったのだ。
母もいつの間にか消えているし。
シャーロットは、どのルートでも良い未来はなかった。処刑か国外追放のどちらか。国外追放のその後は描かれていないため、どうなったかも分からない。
私はナイフとフォークを使って、魚の切り身を口に運ぶ。ふわりと口の中で蕩けるように消えた。
ーーうっっっま。
つい、思考が止まる。
ーーいけない。えーっと。
ーー処刑、国外追放を避けるために、悪役令嬢として生きなければどうなる?
カチャリとナイフとフォークを置き、スープに手を伸ばす。
ーー間違いなく、第3王子、もしくは他の貴族と結婚をするだろうな。
スープの温かさが身に染みる。ふぅ、と息を吐くと鼻にスープの香りが抜ける。落ち着く味だ。
ーー令嬢としては、当たり前の必然的未来だ。子供を産んで、家を繁栄させて、領地を築いて、贅沢三昧。そんな未来が私に。
「絶対嫌だ。」
ーー楽しい訳が無い。
考えながらも、手を動かし、口に運ぶ。野菜は茹でられソースが掛けられている。これも絶品だ。
ーー今この体を動かしてるのは凪雲凜々の意識だ。
私は、仕事が楽しかった。生き甲斐だった。時には患者が死んでいくのを目にした。それでも最後まで全力を尽くした。患者にも患者の家族にも寄り添った。涙を流しながら感謝の言葉を口にする人、恨み言を言う人、たくさんの人を看てきた。
ーーやっぱり私は、ここでも看護がしたい。いや、看護じゃなくてもいい、誰かの役にたって生きて、死にたい。
最後の一口を口に運ぶ。
ーーそのためには。
「公爵令嬢じゃ駄目だ。」
ーー私は国外追放を目指す。
「それも徹底的に準備をして。」