第13話 患者には規則正しい生活を送らせるが、自分はそうでもない
あつ森たのしすぎる
それから何日か学園に通って気付いたことがある。
1つ目は、婚約者の第3王子ルーメルドがあからさまに私を避けていること。たが、これは大した問題ではないから放っておく。
2つ目に、強制昼食イベ以来、反省をしたのか、大勢の前でクラウスに恥をかかされたからか、マリアからの動きはなく、身を潜めていること。これも良いことだから放っておく。少し嵐の前の静けさの様で恐ろしさはあるが。
3つ目に、取り巻き達が増えたこと。風の噂で聞くに、私は以前より話しかけやすくなったらしい。これは今後の身の振り方を考えなければ、めんどくさい事になりそうだ。
最後に、何故か毎日第1王子コーラッドの護衛騎士クラウスに見張られている気がすること。これは理由も目的も分からない。
「ふぅ。」
私は、学園の人気のないテラスでギルガレッドの弁当を食べていた。取り巻きは毎日何とかして撒いて、ひとりの時間を確保している。このテラスは、学園の隅の方にひっそりとあり、気付いていない生徒が多い。かく言う私も、取り巻きから逃げている途中で最近見つけたのだ。
ーー日がいい感じに差して、木漏れ日が気持ちいいし、静かだし、園芸が近くにあるのか花のいい香りがして最高の場所だな。
私は、取り巻きの方々が嫌いという訳では無かったが、苦手ではあった。心にもないお世辞、というのは相手の目を見れば分かる。これでも前世の仕事は看護師だ。人間観察は得意としていた。
以前の私は、取り巻きの方々にヨイショをされては高笑いをし、奨学金制度で通っている平民や位の低い貴族を馬鹿にしたりしていた。敵に回すのは厄介だと思って当然だろう。
「今日も美味しかった〜。ご馳走様でした。」
誰も居ないからつい気が緩み、シャーロットではなく凪雲凜々の口調が出る。
人前ではスラスラと貴族言葉が出てくるが、どうも1人になるとつい口調が汚くなる。
ーー日本でもよく同僚や母親から、男みたいな喋り方やめなさい!って注意されていたなぁ。
「ふふ、シャーロット・クリストスって素ではそんな感じなんだあ!」
「っ!?」
食後の紅茶が飲みたい、なんて考えていると背後から突然男に声をかけられる。
ーー誰かに見られた!
振り向き声の主を確認すると、見覚えのある顔だった。この記憶は、凪雲凜々の方の記憶だ。ということは、声の主は『暁夜のシンデレラ』のキャラである。
「怖いなぁ。そんなに睨まないでよ。」
男は態とらしく肩を竦める。髪は緩いパーマがかっている濃い茶色。猫のような丸い目は
母性本能を擽られる。まるで少年のような見た目をしているが、年齢は私と同じ15歳だ。
ーークルト・コーヘン。私と同じ公爵だったはず。
「まっさか、あのシャーロット・クリストス公爵令嬢がこんな辺境な場所で1人でご飯食べてるなんて、僕驚いちゃったぁ! 何でこんな所に1人で?」
こんな可愛らしい見た目をしておいて、ゲームでの彼のキャラは腹黒キャラだ。勿論、攻略対象の1人である。
ーーもう既にマリアに落とされているのか? マリアの差し金だろうか。
「……ですが、それは貴方も同じでは? クルト公爵ご令息。」
私はテラスの席を立ち、クルトに向き直り、真っ向から見下ろす。クルトは男にしては身長が低い。
「……へぇ〜。僕の名前知ってたんだぁ。光栄だなぁ。」
「ええ、勿論存じ上げておりますわ。それで、私の質問には答えてくださらないのかしら?」
クルトの眉がピクリと動いたのを見逃さない。
ーー知っているぞ。クルト。貴方は煽るのは好きだけど、煽られるのは大嫌いなことを。
「……君こそ、僕の質問に答えていないよねぇ? 質問に質問で返されるの、僕嫌いだなぁ。」
「答えるも何も、私はここで静かに昼食をとっていただけですわ。」
「へぇー。君が? 僕は君の事を勘違いしてたようだ。君は大衆を侍らすのが好きだと思っていたけど?」
「ええ。それは貴方の勘違い、ですわ。」
「……。」
「……。」
私達は暫くの間、熱い視線を交わす。否、睨み合う。
すると観念したように、クルトは両手を挙げた。
「怖いなぁ。もう。そんなに睨まないでよ。美人の真顔は迫力があるんだ。」
「あら、褒め言葉として受け取りますわ。」
クルトは、はは、と乾いた笑いを浮かべた後、両手を頭の後ろで組む。私もスイッチを切り替えるように、肩にかかった髪の毛を片手で払う。
「深い意味は無かったんだよ? よく目立つ令嬢が1人でコソコソとしているからさぁ。そしたら、弁当食べ出すし、美味しい〜っとか呟いてるし。はは、面白くて。」
ーー全部見られていたのか。少し恥ずかしい。
「そうですか。てっきり……」
「てっきり?」
「……いえ。」
「ふふ、あの平民の差し金かと思った?」
クルトは心底可笑しそうに表情を緩める。
「マリアさんのことをご存知なのですか?」
ーーやっぱり攻略済みなのか?
「最近、僕の周りをウロチョロしていてね。貴方の悲しみを知っています、だとか、孤独なだけなんですよね、とか。気持ち悪い事言いながら付き纏ってきてただけだよ。」
ーーあぁ。確かクルトは過去にトラウマがあったとか、なんとか。
私はクルトルートを攻略していなかったため、大まかなストーリーしか知らない。マリアは取り入ろうとしたようだが、この様子を見るに、クルトはまだ攻略されていないらしい。
ーーむしろ好感度が低くないか?
「んで、僕がずっと無視してたら、その平民が僕が振り向かないのは、シャーロットのせいだなんだと癇癪起こしちゃって。なんでそこでシャーロット・クリストスの名前が?って思ってたから、姿を見つけた時余計気になっちゃってさ。」
「そう、ですか。」
「君、何かしたの?」
「まさか。」
「ふふ、そう。」
身に覚えのないことで、私の名前を出されても困る。
クルトは私の顔をじっと見て、まるで獲物を見つけた時の肉食獣のような目をする。
「シャーロット。君、僕の悲しみって何か分かる?」
クルトの、悲しみ。クルトの性格を歪ませてしまう程のトラウマ。孤独。
ーーいや、知らん。
「いえ。見当もつきません。貴方、悲しいんですか?」
私はクルトルートは攻略できないまま、転生した。聞かれても値踏みされるような目で見られても、知らないものは知らない。
「ははは。いや? 悲しいどころか、今は楽しい気分だよ。」
ーー何故こっちをじっと見て言う。
「そ、そうですか。良かったですね。それではこれで。御機嫌よう。」
私はどこからともなく悪寒が走ったので、早口で別れを告げてさっさと居なくなることにする。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。私は平穏に国外追放されたいだけなのだ。
早足で去っていく私の後ろ姿を見ながら、クルトは口元に弧を描いた。
今日ワニがしぬみたいで……悲しいです




