第12話 偶にめちゃ注射が上手い新人がいる。
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公爵家に着くと、執事のセバスとメイドのリリィが出迎えてくれ、着替えとお茶の用意をしてくれた。着替えを手伝ったのはリリィだから、お茶を淹れたのはセバスだろう。私の顔色を見ただけで、察したように、はちみつの甘い匂いがする温かいお茶を淹れてくれた。
「ふぅ。」
お茶を両手で包み、ため息を吐く。
ーー正直言って、疲れた。
「お疲れのようですね、シャーロット様。」
「ええ。少し、色々とあってね。……あ、そうだ。リリィ、クラウス騎士団長って知ってるかしら。」
「国家騎士団団長のクラウス様ですね。ええ、存じ上げておりますよ。」
「そう。彼、学園に居てね。どうやら、第1王子のコーラッド様の護衛騎士らしいの。」
「王子の、ですか。そ、それは勿体ないですね。」
「そうなの?第一王子の警護なら、団長が適任ではなくて?」
「いえ、国家騎士団団長を任されるほどの強さを持つ騎士ならば、前衛で闘うのが妥当かと。それに、クラウス様はこの国に3人いる団長の中でも1番強いと言われていますから。」
ーー確かにそう考えると、学園に通う王子を護るにしては、大袈裟な人材だ。
「王子といえど、学園の生徒を護るくらいでしたら、いっても副団長レベルではないでしょうか。普通の護衛騎士でもよろしいのでは、と私個人では思いますけど。」
「そうねぇ。確かに。学園はセキュリティ自体しっかりとしているし。家よりも学園にいる方が安全かもしれないわね。」
ーー私は今日、学園の階段で突き落とされたんだけどね。
それにしても、半日家を空けただけで、リリィはハッキリと話すようになった。いい変化だと思う。
「お腹がすいたわ……。」
私自身もリリィの前では結構素が出るようになってきているのかもしれない。いつかは、転生のことを話す日がくるのだろうか。
「少し早いですが、夕食にしますか?」
「いいのかしら。シェフを急かすみたいにならない?」
「大丈夫ですよ。さ、行きましょう。」
背に腹はかえられない。セバスが淹れてくれたお茶も良かったけど、やはりギルガレッドの温かいご飯が食べたい。
私とメリィは広間に足を運ぶ。
広間には誰も居らず、沢山ある椅子の一つにぽつんと私だけ座る。
メリィは早めの夕食をシェフに伝えに行ってくれている。
ーーまた厨房の方からの好感度が下がったかもしれないなぁ。
数分も経たずに、次々と料理が運ばれてきた。今回も運んでいるのは何故かギルガレッドだ。
私は朝と同じように、戴きます、とギルガレッドに伝え、夕食に手をつける。
ーーあぁ、美味しい。温かい。
「しあわせ……。」
私に表情があったなら、きっともう顔は蕩けきっているだろう。
どんどんと手が進む。
味わいながら食べた後、また皿を下げようとするのはギルガレッドだったため、とうとう意を決して聞いてみた。
「何故、ギルガレッドが配膳と下膳をしているのかしら。」
ーーあれ、少し嫌味っぽかった?
話しかけられると思っていなかったのか、ギルガレッドの肩がビクッと跳ねた。持っていた皿を落とさなかったのは、プロ根性だろうか。
「あ〜、いや、」
頬をカリカリと掻き、言いにくそうな表情で明後日の方向を見る。
「いいのよ。何となく気になっただけだから。無理に言わなくても。今日も美味しかったわ。ありがとう。ご馳走様。」
私は紙ナプキンで口の周りを拭き取り、席を立とうとする。
「あっ、の〜……。」
「ん?」
「昨日の朝から、お嬢の様子が変だって、下のもんが言ってて。」
ーー私ギルガレッドにお嬢って呼ばれてたんだ。
下のものというのは、見習いかなにかだろうか。
「そんで、話聞くに、美味かっただのご馳走様だの言うって聞いて。」
ーーほうほう。当たり前のことだよね。
「ぜってぇ、うっそだぁって思ったから確かめてやろうと思って…んで……。」
「見に来たって訳ね。」
私がギルガレッドの言葉を続けると、さすがに怒られると思ったのか、ギルガレッドは肩を竦めた。
「申し訳ねぇです。見物のような真似して。」
「……言ったでしょ。気になっただけだって。それに貴方が配膳も下膳もしてくれたから、今日は戴きますもご馳走様も貴方に1番に伝えられたわ。」
「お嬢……。」
「でも、貴方は料理長でしょ。忙しいだろうし、皆を統率しなくてはいけない人がずっとここにいるのは良くないわ。明日からは使用人に任せなさい。」
「へ、へえ! ありがとうございます!」
「あっ!」
私の大きな声にギルガレッドは目を見開く。
「な、何か?」
「あの、お詫びだと思って一つ我儘を聞いてくれない? 明日お昼のお弁当を作って欲しいの。明日だけでいいから。」
ーー学園のカレーも美味しかったけど、やっぱりギルガレッドのご飯が1番だ。
「っ! そんな事でいいんなら、毎日でも! 喜んで!」
ーーえ、まじ?
「本当!? 嬉しいわ、是非!」
私は両手を合わせ口の前に持ってくる。
ーー明日から昼もギルガレッドのご飯が食べられるなんて、幸せだ……。
ギルガレッドは何度も頭を下げ、厨房に戻っていった。
私も自室に戻る。風呂を済ませ、倒れるようにベッドに入る。
「あー、マリアめ。明日から怖いなぁ。」
私は意識が飛びそうになるのを感じる。これは睡眠と言うより気絶に近いだろう。気絶だろうと眠れそうなら、と思い、身を任せる。
結果的に私は、この日も3時間ほどしか眠ることが出来なかった。
「これ、不眠症だな……。」
私のつぶやきは今日もまた、闇に溶け消えていく。




