第11話 看護師は離婚率が高い
強制昼食イベからその後、話題のメインは私でもマリアでもコーラッドでもなく、謎の乱入者だった。
あれは一体誰だったのか、王子にあんな口をきいてお咎めはないのは何故なのか、シャーロット様にあんな失礼なことを言うなんて、などなど。
かく言う私も気にはなっていた。ゲームの攻略対象ではないし、私の知り合いでもないはず。なのに、私を助けてくれた。最後には私も怒られたが、恐らく正義感の強い人なんだろうと言う結論に至った。
ーー一応お礼言わないとなぁ。
だが、赤髪の男の名前も分からない。どう探そうか、考えながら馬車に向かう。午後の授業も終わったし、後は帰るだけだ。時間に正確な御者の事だから、もう来ているだろう。
早く帰って、温かい晩御飯が食べたい。あの後、残すのも勿体ないし食べない訳にもいかなくて、変な空気の中1人だけ冷たいカレーを食べた。皆に変な目で見られた。
ーーハートが強くなりそう。
そんな事を考えながら、学園の階段を降りていると後ろから誰かに突き飛ばされた。よろける体、目の前には床。
ーーあ、死んだ。
本気で自分の人生の終わりを悟る。だが、私の人生は終わることも無く、誰かに前から支えられ、事なきを得たようだ。
ーーどなたかは存じ上げませんが、ありがとう。命の恩人です。
と、どこか冷静な部分の私がお礼を告げながら顔を上げると、強制昼食イベの時の乱入者、赤髪の男だ。男は私を片手で支えながら階段の上を睨んでいる。
ーーあら、犯人見えました?私見なくても分かるんですけど。
いつまでも、心地の良い安定した赤髪の男の腕に抱かれている訳にも行かないので、そっと声をかける。
「あの、ありがとうございます。」
私の声で我に返ったように、男は目を見開き私を捉えた。
「……。」
「あ、お昼もありがとうございました。コーラッド王子からお咎めとか、ありませんでしたか?」
「……。」
男、固まる。
ーーいやいや、おーい。なんでそこで無言? 助けて貰っといて何だけど少し怖いぞ。
私は手を男の前で振る。
ーー私が落ちてきた衝撃で心臓止まったとかじゃないよね。え、ビンタいっとこうか。
私があと少しで命の恩人の頬にビンタをくらわすところで、男は私をゆっくりと立ち上がらせてくれた。
「……怪我は。」
「い、いえ。ありませんわ。」
「なら、いい。」
ーーゴーレムか? ゴーレムなのか? 決められた言語しか話せないのか?
思わず私の思考もトリップしそうになるが、呼び止める。
「あの、2度も助けて頂いたのですし、ちゃんとお礼がしたいわ。お名前伺っても?」
「……クラウス。貴族じゃねえから家名はねぇ。」
「そう! クラウス様。改めて、助けて頂いてありがとうございます。私の命の恩人ですわね!」
私は努めて明るくお礼を言う。顔は固まっているだろうから、せめて声色だけでも明るくしないと相手に失礼だ。
「クラウスでいい。」
「あら、そう? あ、私の自己紹介がまだでしたわね。クリストス公爵家長女シャーロット・クリストスですわ。私もシャーロットとお呼びください。」
私はスカートの端を持ち上げてお辞儀をする。
「お前は、貴族だろう。」
「ええ。公爵の爵位を持っていますわ。」
「……呼び捨てはダメだろう。」
私は思わず大笑いしそうになる。だが、声は笑っていて、表情は鉄仮面だなんて、怖すぎるだろう。何とか堪える。
「……お前とお呼びなのに今更ではありませんこと?」
「それも、そうか。」
クラウスは見かけの怖さに反して、案外天然なのかもしれない。
「あ、それよりも、お怪我はありませんか?」
「ねぇ。」
片手一本で階段から落ちてくる私を支えて、怪我ひとつも無いなんて何者なのか。
「クラウスは凄いのですね。」
一応埃が着いたかもしれないと思い、手でクラウスの服を払おうとすると、肩に三ツ星が付いているのが目に入る。
ーーこの三ツ星もしかして、
「私、貴方にぶつかりました?」
「……あぁ。」
やはり、あの時ぶつかったのは、クラウスだったのか。通りで、王子にあの口の利き方をしてお咎めがないわけだ。国において希少な存在の国家騎士団団長をそう簡単にクビにしたりしないか。
ーーということは、クラウスの護衛対象はコーラッド王子か。
「私、3度もクラウスに迷惑をかけたみたいだわ。本当にごめんなさい。」
私が深く頭を下げようとするとクラウスの大きな分厚い手で制される。
ーー謝らなくていい、ということかな。
「従者か護衛騎士はどこだ。」
送ってくれる、という意味だろうか。正義感のあるクラウスのことだ、つい先程突き飛ばされたばかりの私を1人にするのはしのびないのだろう。
「私、従者も護衛騎士もいないの。送ってくださるのなら、馬車までお願いできるかしら。」
「……わかった。」
私が歩き出すと、クラウスは三歩ほど後ろで着いてきた。
ーーまるで私の護衛騎士みたいだ。
馬車までは特に会話もなく歩いた。御者が私の姿を見つけると、流れるように扉を開け、手を差し出してくれた。
「それでは。御機嫌よう。」
私は御者の手を取り、馬車に乗り込むと1日寝ていないせいか、色々あったせいか、どっと疲れが襲ってきた。眠れるわけでは無かったが、座ると同時に目を閉じ、馬車の揺れを感じていた。
だから、私を乗せた馬車を見えなくなるまで見送るクラウスの姿には気が付かなかった。




