憑依士の朴
憑依っていう言葉の響きも漢字もかっこいいですよね。
2月15日朝のホームルームでクラスメイトの三波 香織が亡くなったと連絡があった。クラスがざわつき、泣き出す生徒もいた。担任の高梨先生もショックを隠せないという状態で報告していた。だが、クラスで一人だけ平然としている少年がいた。彼は誰にも聞こえない声で呟いた。
「………仕事かな…」
彼は家に帰ると黒服に身を包んだサングラス男性が立っていた。
「朴様、お勤めご苦労様です、お荷物お持ちします」
「いいって、それより何か新しい仕事は入ってきてない?歩」
黒服の男の名は『黒船 歩』少年の家の執事兼ガードマンだ。体もがっしりしていて後ろ姿など日本人の体格ではない。歩は内ポケットから手帳を取り出し、パラパラとページをめくりながら話し始めた。
「はい。数件ありますが、どうしても朴様に、という案件が一件あります」
「もしかして……いや、後は仕事場で聞くよ」
コツコツコツ……
深い地下へと降りる階段。重い扉を開けると広がっているのはオカルトチックな器具ばかり。例えば魔法陣や赤く染められた骸骨……数え始めたらキリがないが、特に印象的なのは部屋の中心に配置してある小さな円卓、そこの上に大きな水晶とそれを原点に綺麗に並んでいる5つの虹色の小さな水晶だ。
────憑依士それは6つの水晶に霊を憑依させ、生前の未練から解放させる国家公務員。
昔この国には『祟り』というものがあった。未練を残したまま死んでいった者どもの憎悪が積もり積もって災害となる。それを防ぐために設けられた職業である。また、最も危険な職業とも言われている。なぜなら期限いや、締め切りがあるのだ。当たり前だが、もしも幽霊に体があるのだとするのならば、自分の未練を成し遂げたい、という欲求が大きくなるものだ。それは日に日に大きくなっていき、やがて莫大な憎悪となり国に脅威を及ぼす。なので、国が定めたのだ、『3日』と。
更衣室から制服を脱ぎ捨て応援団の団長のような薄手の外套を羽織った少年が現れた。彼こそがこの地区を任された国見家第47代当主『国見 朴』。
朴は親指の腹を小刀で傷をつけ、たらたらと血を滴らせる。
およそ今の人間では理解できない言葉を使い、円卓に血で新たな魔法陣を作成する。
「さぁ、報われぬ魂よ、目を覚ませ」
中心以外の5つの水晶が光り、宙に浮かぶ。ジジッ……ジジ……ジ!
雷光、邪気、その他普段感じることのないものが体にずっしりとのしかかってくる。
最後に中心の水晶が光り、その裸体をプロジェクションマッピングのように映し出す。そう、昨日亡くなったと朝のホームルームで言われていた『三波 香織』の裸体が……
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
バチーン!と朴の頬に香織のビンタが炸裂した。
「どうして会った瞬間ビンタするんだ……」
朴はため息を零しながら歩にお願いして彼女のサイズに合った服を用意した。それをせっせと着替え、香織は頬を染めながら何かを話そうとしていたが、ふと、何かに気づいたように朴に質問を投げかけてくる。
「ねぇ、朴くん、なんで私ここにいるの?」
憑依士の最初の課題。対象者に『死』を認識させることだ。簡単に見えるだろうが例えばどうだろうか、自分が死んだ夢を見た後にいつも通りに電車に乗って、仕事をして、さぁ、帰ろうと思ったら、隣の友達に「そうだ、お前死んでいるよ」と言われたら大抵の人間は鼻で笑うだろう。「そんなはずはない」と、たとえそれが本当であっても。
「三波さん。どうしてここにいるか分かる?」
「え……?」
何を言っているのだ。と言いたげな表情だったが、段々記憶が戻ってきたようだ。顔がみるみるうちに青ざめていく。
「まさか私って死んだの?」
朴はコクリと首を縦に振る。
「歩、資料ある?」
話し声程度の声なのに彼は反応し、重々しい扉が開く。
「もちろんでございます、少々お待ちを」
三波 香織の死に関するデータがびっしりと乗っている資料を歩は渡してきた。
「うん。昨日学校が終わった後、大型トラックに引かれて、それで……」
「嘘……」
静寂が空間を支配する。朴と歩にしかない鼓動の音がうるさく、耳障りに感じる。
何でこの時に他の憑依士に無理やりにでも押し付けなかったのだろうか。何故か彼女を見捨てることができなかった。
もしできていれば
「…だったの」
こんなにも
「ん?」
「好きだったの、国見くんのことが!
だから、昨日のために手作りでチョコレートも作って、告白しようと思ったのに!」
残酷な運命になることは無かったのに。
彼女に告白されて、イエスと答えれば全てが解決するなどいう簡単なものではない。それは音読と同じだ。かといって、好きになれと言われて「分かりました」と彼女にぞっこん。というのもロボットと同じである。
「ごめんね、いきなり変なこと言って、でもこれですっきりした。もう大丈夫、言いたいことはもう言えたから」
「そっか……」
朴は死というものは『仕事』として見てきた。未練を拭えば彼らは解放される、と。だが、今回は違う、『憑依士の朴』ではなく『この僕』が彼女を救うんだ。
「じゃあ、どこ行きたい?か、香織」
「え?」
「今日一日だけ、僕はか、香織…の彼氏になるよ」
ふふ、と香織は口に指をあてて優しく微笑む。
「無理しないで、その仕事観満載の自然体風の演技大好き」
黙れ、僕もこんなことしたくない。と朴は思った。
「じゃあ、遊園地行きたい、ジェットコースター乗って、お化け屋敷行って……」
「幽霊がお化け屋敷行くってなんだか不思議だなぁー……」
朴は香織に聞かれないように、小さな声で話したが
「ねぇちょっとひどくない?朴君聞こえてるよー!」
どうやら聞こえていたようだ。
「ウッ…。歩、車出して」
「承知いたしました、少々お待ちください」
金属の塊がただローラーの上で転がり、滑るだけの遊具。と朴は思っていた。だから、それの何が面白いのだろうと、そして
「うわぁぁぁぁぁ!」
未だにその楽しさの真意に気づけない。
重力をここまで憎んだのは久しぶりだ。というか、普段からそれを恨む生活などとしてきてもいないのだが…
だから、本当にわからない、なんで隣の幽霊はこんなにも笑っているのかを。
「楽しかったね、ジェットコースター。もう一回乗る?」
────悪魔か!
「ちょっと休ませて、頼むから」
今頃鏡で自分の顔を見たら、絶対に紫色になっているだろう。
「冗談だよ、そんな唇紫色の人を乗せるほど、私悪魔じゃないから」
腕を後ろに組んで踊るように笑っているその姿の奥から夕陽が見えた。
「ねぇ、観覧車乗らない?」
何かを決心したような表情に香織はなった。
「観覧車、別にいいけど、てっきりあそこのバイキングとか乗るのかと思ったよ」
朴は振り子のように揺れる船を指さしながら、内心胸を撫で下ろしていた。
「今日はありがとうね、朴君。好きな人と遊園地なんて、夢みたい」
彼女は頬杖をついて、夜景を眺めている。その瞳には色とりどりに輝くそれらを見ながら、スーと涙を流した。
「もうこの夜景ともおさらばかぁー……」
小さく息を吐いてから、彼女は嗚咽を我慢しながら、言葉を噛み締めるように言葉を続けた。
「ねぇ、なんで私じゃなきゃダメだったのかな、なんで死ななきゃいけないの?なんであの時だけ私左右確認しなかったの?どうしてあの時トラックが走ってきていたの?
私は……どうすればよかった?」
遂に彼女は泣き崩れてしまった。
「後悔してもしきれない、まだパパにもママにもお礼できてない、まだ我儘しか言ってない、いっぱい、いっぱいあるのにまだやりたいことが。未練もありすぎてどうすればいいのか分からない!」
分からない、その言葉が朴の心に強く杭を刺した。朴は香織の顔を優しく抱え、おでことおでこを重ねる。
「分からないよ、僕だってどうすればいいのかなんて、でも、僕は香織の悲しみを拭ってあげたい、苦しみを、絶望も何もかもを」
香織はゆっくりと朴を抱きしめた。反射で朴も彼女の背中に手を回す。
「でも、やっぱり一番の未練は朴くんのお嫁さんになれなかったことかな」
香織は優しく微笑んだ。いつの間にか朴は水晶を抱いていた。
「お勤めご苦労様です、朴様」
車の中で待っていた歩が朴を出迎えた
「ああ」
朴は無気力に返事をした。
────僕は香織の悲しみを拭ってあげたい、苦しみを、絶望も何もかもを────
「包み込んであげたかったのかもな……」
「何か仰いましたか?朴様」
「あ、あぁ何でもない出してくれ」
あれから朴はチョコレートが少し嫌いになった。
コツコツコツ、地下へと通じる階段を少年と青年が下りていく。
ここは亡くなった者たちが集う最期の希望。
「────はじめまして僕は憑依士の国見 朴です、あなたの未練を拭いましょう」
ん?人工知能とその回収業者の話に似てる?
し、知らないなぁー……うん。