子熊のゴロー。
その日……
けたたましい音ともに目覚めた子熊はいそいそと穴蔵から出る。
「お母さん、どこに行ったの?」
すんすんと臭いを嗅ぎ廻るも何処にも見当たらず、僅かに残されていた足跡だけを目当てに辿ってゆく。
繁みを掻き分け、遠目にした惨状は決して子熊からしては予想もつかない。
「これなら……高値で売れるだろうて」
「そうだな……。 それにしてもコイツめ。散々手こずらせよって……」
少し前に母親から聞いたことのある生き物はいやらしく口許を歪め、悪魔のような武器を片手にしていた。
猟銃は辺りの鳥たちでさえ息を飲み、綺麗に咲き誇る草花でさえ黙ってしまうほどだった。
「お母さん……。 お母さん……っ!!」
「やめろ! もう……君のお母さんはこの世界から消えたんだ! なにも君まで逝く必要はない!!」
咄嗟に飛び出そうとした子熊を制したのは、その森の賢者とも謂われていたキツネだった。
「コン爺……。 だって、お母さんが!!」
名をコン爺と呼ばれたキツネは首を振り、まるでそれはどうしようもないことだと告げているようであった。
いつの間にか子熊に寄り添い、コン爺はその肩へと手を掛ける。
「良いかい、ゴロー。 これはどうしようもないことなんだ」
立て続けて彼は告げる。
「私達が生きていく上で彼等は欠かせない生き物であり、それを覆すことなんて出来やしないんだ」
まだ子熊であったゴローからしては真意は汲み取れなかったが、ただ、自分が暴れたところで何の解決にもならないであろうことは明らかだ。
涙を流しながら、ゴローはコン爺へと目を合わせずにポツリと呟く。
「ぼく……これからどうしたら良いの……」
乳飲み子をようやく過ぎた頃。
それでも獲物を狩る技術など無く、況してや離れている兎にすら怯えるほど。
子熊のゴローは野生で生きて行くには、この森で生きて行くにはあまりにも不似合いで優しすぎた。
母親亡き後、これからは独りで生きて行かねばならない。
便りになるコン爺はこの森では確かに他の誰もが認める人生の大先輩ではあるが、その毛並みや表情なども生気を失う一方で。
最早寿命も残り少ないであろう。
「さて……どうするよ? 察するに、多分子熊がいる筈なんだが……」
「あぁ、後の憂いは絶っておくべきだな……」
口ぶりから察するに、どうやら密猟者といっても過言ではない。
ふたつの銃が歴戦の掌に収まり、片っ端から駆逐すべく身を乗り出してきたのだ。
「……ったく、これだから人間は……」
コン爺は忌々しげに睨みつけるも空を見上げ、何処か納得したようだった。
その様子に気付かず、子熊のゴローは沸々と沸き上がる衝動に身を委ねてゆく。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!!」
「おい……ゴロー? 自棄を起こすんじゃあないぞ……??」
そう言われても止めることはおろか本能だけが己を支配し、遂には誰の声も耳には届かない。
まだ幼いというのに、もって生まれた力は今まで見もしなかった生き物でさえ葬る事が出来た。
気配を殺し、俊敏に獲物に近付いたゴローは咄嗟の出来事に反応しきれなかった密猟者へと襲い掛かる。
一際甲高い銃声が森を貫き、悲鳴が轟いた ── ……
「……ったく……いったい何だったんだ……」
「多分、あの親のこどもだろうさ。まぁ、これでこの辺りも静かになるだろうさ」
「ちげえねぇ!」
大量の報酬を獲得した彼等は込み上げてくる笑いを止められないでいた。
だが、数日後の報道番組で行方不明とされるのは予想していなかったであろう。
彼等の骨が程よく見える頃、奇跡的に助かった子熊のゴロー。
彼には最早幼かった様子や不甲斐なさなど欠片も無かった。
それは新しい味覚に目覚めたようであり、人里を餌場として眺めていたのである。
「お母さん……良いよね?」
亡くなった母親はなにも語らない。
たとえ悲劇が繰り返されようとも ── ……。
何が言いたいのかなんて考えないように。
≡3 シュッ